勘違いと盲目、夢中で恋
まさみくん、私大好きなの。21年間生きてきて初めて呼吸をしたのかもしれないって思うほど、大好きなの。
そんなこと言うとあなたは、少しだけ訛りのある柔らかい声でありがとうと苦笑いするだろうけれど。
初めて会ったのはいつだったっけ。大学の語学の授業で教科書を買っていなかった私の隣に座ったまさみくんが口にちょっと手を当てて笑みをこぼしながら見せてくれた。
とぼけてごめんね、本当はちゃんと覚えてる。切れ長の目、硬質な雰囲気を持ってる癖笑うと柔和で私は一発でノックアウト。
ねえ、まさみくん。一目で人を好きになるなんて馬鹿らしいと思う? でも言い訳ばかりして認めないよりずっといいと思うんだ。
私って奴はキラキラネーム。外国でも通じるようにと出産ハイのテンションで名付けられたのはローラ。純日本人なのにローラ。私はこの名前が大嫌いだった。けれどね、まさみくん。あなたが絶対忘れないと言って、私を呼んでくれたから私はちょっとだけ。嘘、本当はとんでもないくらい嬉しくなって、幸せになっちゃったんだ。あなたの穏やかな声は私をいつだって世界で一番幸福にしてくれる。
ねえまた笑うでしょ。大げさだなって髪をなぜてくれる? そうしたのならば私、忠犬ハチ公よりも誠実になれる。あなたの言うことは例え多分に嘘が含まれてたって真実になるの。馬鹿みたいでしょ。そんな私を見てやっぱり笑って。
まさみくんは大して可愛くもない私を女の子扱いしてくれた。今までだって恋愛沙汰が無かった訳じゃあないけれど。早く大人になりたかった私は年上とばかりと付き合って、見合わない12センチヒールを履いた時みたいに背伸びばかりしていた。
自分を持って依存心の無い子を演じて演じてちょっとばかり疲れた。等身の二倍より大きく見せようと躍起になっていた。会いたいのに意地を張って理解ある彼女のふりをした、完全自業自得。
けれども、まさみくん。あなたの前じゃ何の役にも入れない。クール振ってみたって表情筋が緩んじゃう。
口は真一文字。不機嫌な顔をしても10秒持たない。だってあなたの姿を見留めた瞬間、頭の中でぐるぐるしていたわだかまりが氷みたいに溶けていって無意識、唇が綻ぶ。
あなたはいつも分かり易すぎるとからかうけれど、そんなのまさみくんの前だけだもの。対人向け愛想笑いフィルターが消えてしまって、ありのままの私になる。
ローラなんて、英語が得意そうなキャラクターをかなぐり捨て、小走りであなたの元に向かう。この変貌ぶりが自分でも怖くってあれこれと理由を考えたけれど止めてしまった。
だって勿体無いでしょう。折角まさみくんといるのに気もそぞろだなんて。猪突猛進、単純明解結構。だって幸せなんだもの。
恋なんて一過性のもの。燃え上がった恋情など時間が経過すれば鎮火する。妙に悟った風にまさみくんは言うけれど、私はちょっと違うと思うんだ。きっと丸まっていくんだよ。焚き火した時の大きな炎は薪が無くなればちょろちょろと小さなものになっていくけれど、私の燃料はあなたの笑顔だからきっと無くならないよ。寂しいよりも会った時の喜びの方が大きいから大丈夫。
現実的、ややもすれば悲観的なあなたと能天気な私はちょうど良い。百の心配事があったとして、二百の喜びがあれば帳尻が合うんじゃないかと思うの。
つまり何が言いたいのかと言うと、私あなたがいれば何でもいい。言葉が信用ならないのなら不言実行致しましょう。と言っても私の調子良い口が塞がることは無いのだけれど。ほらまた馬鹿にする。
不変的普遍など無いし、季節が移り変わる様に心も移り変わる。当たり前だね。だって生きているんだもの。けれどもあなたを好きになったことを私生涯後悔しない。もしも二人が別っても心の奥深く精神の底にあなたは残る。
無機質な記録なんかにしてやらない。多分に多分を含んだ憶測でしか無いけれど、先ばかりに気を遣って、今繋いでいる掌のあたたかさをぞんざいにするなんて私には出来ない。
眉根寄せ、憂いを帯びたまさみくんも嫌いじゃ無いけれど、いつもの憎まれ口の方がずっと好き。
頭が悪いとか浅はかだとか本能のまま生きているだとか。些細なことだ。どんなに揶揄されたって出会ってしまったのだから仕方ない。
けれども私だって人間だ。諦めることと甘んじて受け入れることは少し似ているが全然違う。恋愛なんかに現を抜かして今に馬鹿を見るぞと言われれば腹が立つ。
確かに不相応かもしれないけれど最初から諦めて涙を呑むよりずっと良い。
勝手に線引きして遠巻きに見ているだけなんて耐えられない。だって知ってしまったのだもの。
ねえ、まさみくん。お喋りな私でもこれだけは恥ずかしくて口に出せない。玉虫色に変化する言葉を厭うあなただから、怖くって言えない。咽喉に引っかかっていて、うっかりくしゃみをすれば飛び出てしまいそうになるけれど必死で抗っている。
苦しくって幸福。思えば思うほど重たくなる。 私はあなたに会うため生まれてきた、だなんて。陳腐過ぎてどこのメロドラマかと鼻で笑われてしまう。
でもね、それでも。本当じゃなくても私にとって真実。今までの挫折や苦悩もこれからの辛苦もあなたに会うためだったなら致し方ないと苦く笑えるのだと思うの。欲張りでは無いと思うんだ。
ねえ、まさみくん。惚れたもん負けって言うけれど負けるが勝ちでしょう。私は業突く張り。見返りを求めないなんて出来ないからあなたを愛すことはきっと有り得ない。隣人愛だとか神さまでも聖人でも無い俗人には遠い話だ。
と言っても学の無い私だからうっかり愛してるなんて言いそうになるけれど、軽口にはしたく無いんだ。同じ分好きになって、なんて言えないけれど傍に居て。
本当のことがどれだか全く見当もつかないけれどあなたと一緒にいる時が一番幸せ。これ以上のことなんてあるはずもないわ。
変わらないことなど一つもない、だから君を明日も好きでいる保証はない。
柔らかに笑う癖、時折鋭いナイフみたいな言葉をくれるまさみくん。そんな時私は決まって笑うの。解りきったことでしょうと背の高いあなたの腕の中に入って、背中に手を回す。刹那主義と言われても大事な今を蔑ろに出来ない。
私が珍しく神妙な表情をして言えばあなたはちょっと目を見張ってやっぱり笑う。まさみくんにとって、私は運命の人では無いのかもしれない。明日になったら解消される関係なのかもしれない。でもねまさみくん、やっぱり私はあなたが大好きよ。
うすぺらな私だけれど玉虫色の言葉が大好きな私だけれど、あなたを好きになったことに嘘偽りは無い。私だけの真実とか、あなただけの真実とかではなくて。多分を多分に含まない事実で本当。
ねえ、まさみくん。今日は今日で私、世界で一番幸福よ。これが思い違いだって言うならばきっと一生勘違いしたままだわ。
だって、理由なんて思いつかないくらいあなたに夢中なのだもの。




