第8話 小次郎アルムの街へ
アルムの街に着いた小次郎は困っていた、街の門番が中に入れてくれないのだ。
「武器をこちらに渡せ!」
「嫌でござる!」
馬に乗った怪しげな男、見れば男はかなりの武装をしていた。腰には剣を2本、背中にも馬鹿に長い剣を背負っている。こんな怪しげな人間をそのまま街に入れる訳にはいかないのだ。門番は小次郎を武装解除して街に入れようとしたが、小次郎は刀を手放すのは頑なに断った。刀は小次郎の生命線であり武士の魂なのだ、門番如きに言われたからと言って手放しては武士の沽券に関わるのだ。
「なあ君、街中で暴力は困るんだ。大人しく武器を渡してくれ」
「あの者達は剣や槍を持ったまま街に入っているでは無いか、何故それがしだけが武器を渡すのだ?」
門番は小次郎以外の者は武装していても街に入れているのだ、小次郎の前にいた5人組の男たちも全員武装していたのだ。何故自分だけ武器を取られるのか道理がさっぱり分からないので小次郎は文句を言っているのだ。
「アイツ等はこの街の冒険者だから武器を持っているのは当たり前だ、お前は他所者だから武器を持ってたら街には入れないのだ」
「ぐぬ~」
街に入れてくれないならしょうがない、諦めて違う街に行くしかない。村の皆のお陰で干し肉やパン等を沢山餞別に貰ったのでもう少し位なら旅も出来るのだ、嫌な場所に無理して入る必要も無いだろうと思い小次郎は馬を街とは逆の方向へと向けた。
「ちょっと待て!馬に大量の荷物が有るが、それはどうした?まさか盗品では無いだろうな?」
警備の兵士の中から少しばかり偉そうな者が出てきて小次郎に言い放った。小次郎が村人から貰った餞別に目を付けたらしい。
「貴様、拙者を愚弄する気か!返答次第では死んでもらうぞ!」
「何だと!貴様逆らう気か!」
こう見えても小次郎は旗本の出である。将軍に直接会える程の身分であるのだ、それに騎馬に乗り馬から降りる事なく関所を通れる程の身分である。ハッキリ言って門番風情が口答えするなど無礼なのだ、元の世界なら無礼討ちが当然なので有る。
門番がワラワラと集まって来て小次郎を取り囲む。6人程に囲まれたが小次郎としてはこの程度の兵士など大根が6本立っている様なものなので余裕の表情である、全員斬り殺して馬で逃げようかと思っていたところに門番の責任者の様な男が出て来た。
「まあ待て!落ち着け」
小次郎は出て来た男をジロリと睨みつける、また大根が1本増えたな程度の感じである。
「失礼だが馬に積んである荷物はどうやって手に入れたのか教えて貰いたい。気を悪くしたなら謝るが、これが我々の仕事なのだ、勘弁して欲しい」
「隊長!謝る事なんかないですぜ!胡散臭い野郎ですぜ、きっと荷物は盗品に違いねえ」
「馬鹿やろう!お前ら皆殺しになるぞ!少しは相手を見てみろ」
小次郎は既に殺る気満々である、後のことを考えると穏便に済ませたいが。後先などどうでも良い、理不尽には理不尽で返すのだ、理不尽と戦うために必死で剣術の修行をしてきたのだ、頭を下げて暮らすためでは無いのだ。
「あんまり強そうに見えないんだがな~大きくないし」
「腕だって俺の方が太いしな」
「バカ野郎!弱い人間が俺達に囲まれて余裕の表情をする訳ね~だろうが!普通俺達警備兵に囲まれたら青くなるだろうが。この人は多分俺達全員より強いに違いね~んだよ」
「成程!流石隊長、頭の出来が違うぜ」
「で?・・・・・・どうするのだ?こちらは何時でも構わん、かかって参れ」
「いやいやスマン、馬の荷物の話だけでも聞かせてくれ。門番の仕事なのだよ」
小次郎を取り囲んでいた兵士たちはいつの間にか後ろに下がって遠巻きに見ていた。何だか良く分からないが小次郎の強さが分かった様だった。下手に出られては仕方ない、相手も仕事なのだから小次郎も相手に協力する事にした。勿論武装したまま警備小屋へと付いていった。
そして村を襲った野盗100騎を斬り殺したり、村人に剣術を教えたり、森の魔獣を狩りすぎて居なくなったので村を出て来た事等を門番に話した。そして馬や荷物は村人が餞別にくれたと言うことを話した。
「おいおい、そりゃあ幾ら何でも盛り過ぎだろ!独りで盗賊100人殺すとか、森の魔獣を全滅させるとか、それじゃお前さんは英雄か勇者になっちまうぜ」
「本当の事なのでござるがな~」
門番小屋に行った時の小次郎は極めて不機嫌だったのだが、門番がお茶と食物をくれたので小次郎は機嫌を直して話をしだしたのだ。そして小次郎と言えば実は話好きな男である、折角聞いてくれる相手がいるのだからだと、村での話を少しばかり大げさに面白可笑しく話したのだった。
「幾ら何でも騎兵100人を殺るのは無理が有るぜ、3騎位にしといた方が良いな」
「森の魔獣を狩り尽くしたってのも大げさだぜ、せめてワイバーンを殺した位にしとかないと誰も信じないと思うぜ」
「いやいや、それよりも俺が気に食わないのは村の女達にモテた話だ。俺なんて女にモテた事なんか一度もね~のにコイツがモテるのは可笑しいだろ」
小次郎の話に門番たちがツッコミを入れてくる。どうやら全て造り話だと思っている感じだった。一部に私怨が混じっている様な気がするが概ね疑って居る事は確実だった。
「それじゃ立ち会ってみるでござるか?拙者の強さを見せるでござるよ」
「ふむ、それが一番速いな、やるか」
門番達と小屋から出て、城壁の外へとやって来た。門番の中から一番腕が立つらしい男が大剣を持って出てくる。
「それじゃ、腕前を見せてもらおうか。俺は元冒険者、あと少しでBクラスになれそうだった男だ、覚悟しろよ」
「?・・・・・・Bクラス?・・・・・・なれそうだった」
「お前冒険者を知らないのか?知らないで冒険者に成りに来たのか?」
「うむ。全く知らないでござるな。村の人達が勧めるのでやって来ただけでござる」
「あのな、冒険者って言うのはだな・・・・・・」
冒険者って奴は一番下がFランクとか言う奴から始まって、段々強くなっていくと呼び方が変わるのだそうだ。ここら辺は武士の世界と同じなので納得した。そしてBランクの冒険者とは1流の冒険者の事で稼ぎも腕前も凄いのだそうだ、そしてAランク冒険者ともなれば全て人外の強さを持っていて騎兵隊100騎に独りで勝てる程凄いのだと言う話だった。
「ほ~っ、Bクラスとは凄いのであるな」
「そうよ!凄いのよ!」
「でも、Bクラスになり損なってるから、お主はCクラスなのであろう?」
「ぐへ!気がつきやがったか、成程馬鹿じゃね~ようだな」
「まあ何でも良いから掛かって来ると良いでござる、あっ、全員一度に来ると良いでござる、一々相手をするのも面倒でござるからな」
「「「何~!!!!」」」
門番達の雰囲気が変わる、皆真剣な顔になっている。流石に自分達が馬鹿にされている事に気がついた様だ。もっとも小次郎に取って雑魚が幾ら本気になっても何の問題もない、それどころか油断して負けた等と言われるのも面倒なのだ。
「遠慮は要らん、掛かって参られよ。一手ご指南仕る」
門番達は2人一組になって小次郎を囲んだ、右前に2人、左前に2人、後ろに2人。中々に考えられた囲み方である、どの組みが仕掛けても小次郎が反応すれば後ろから斬りかかれる隊形なのだ。もしかしたこの門番達は優秀なのかも知れない。
1対多の戦いは難しい、攻められる方も難しいが攻める方も難しい。同時に攻める事が出来る人数は決まっているのだ、100対1でも100人同時に一人に斬りかかることは出来無いのだ、現実的には一人に斬りかかれる人数は6人くらいが最大なのである。そして斬りかかる方法も限られる、横に大きく振る様な斬り方では味方を斬ってしまうので、上から斬るか突くしか無いのである。
「「死ね!!」」
後ろの2人組が小次郎に斬りかかって来る、これに反応して小次郎が振り向けば左右の2人組が斬りかかって来るので小次郎が斬られてしまう必殺の攻撃だ。だが小次郎は後ろに反応せず、右前の2人組に突進する。
「「ぐわ!何~!」」
右の2人組とすれ違う瞬間、小次郎の手刀が兵士の小手を打ち砕く。兵士2名は利き手を砕かれて剣を落としてしまった。そして一瞬の隙を付いて今度は左側の2人組に接近する小次郎。
相手が切りかかろうとした瞬間に小次郎は相手に向かって膨大な殺気を叩きつける、殺気を受けた兵士2名は恐怖で棒立ちになってしまう。何人もの人間を斬り殺した者にしかできない本物の殺気を受けた兵士は素人では無いが、恐怖に飲み込まれてしまった、小次郎とは踏んだ修羅場の数が違うのである。
ドス!ドス!
棒立ちになった兵士の鳩尾を拳で打ち抜き気絶させる。そして残りの2人にゆっくりと向き直る。小次郎に取って相手の人数等は問題に成らないのだ。相手よりも早く動き、囲まれない様に立ち回るだけの作業なのだ。そして大勢の人間に切りかかられるのは、小次郎にとっては日常茶飯事の事であったのだ。
「さて、後は2人だけでござるな。面白い物を見せてやろう」
残りの2人は小次郎の余りの強さに驚いていた、アッという間に仲間が4人倒されたのだ。それも小次郎は素手である、何か魔法でも使った様な様子も無かった。
ゆっくりと歩いて来る小次郎、散歩をしてる様な感じで近づいて来る。そしてすれ違う瞬間、キラっと何かが光った様だった。余りに自然な歩みに兵士達は反応が出来ない。そして小次郎がすれ違った途端にそれは起こる。
「うわ!」
「うあわ。俺の剣が!」
兵士の剣が2本とも半ばから断ち切られていた。だが小次郎は素手で立っているだけだった。兵士達は何が起きたのか全く分からなかったのだ。
「見えたでござるか?」
「「何がだ!」」
「歩きながら2人の剣を斬ったでござる。月影流抜刀術、中々に難しい技なのでござるがな~」
「何だか分からね~が、出鱈目に強い事はわかったぜ。俺たちじゃお前さんを止められないから、街に入って良いぜ」
こうして小次郎はアルムの街に力ずくで入って行った。だが本人は不満である、せっかく見せた歩きながらの居合術が受けなかったのだ、停まって居合をする連中は幾らでもいるが小次郎の様に歩きながら居合術を使う剣術家は極少数なのだ。
「凄く苦労して身につけたのでござるがな~、受けなかったでござる」
この世界で始めて見せた月影流の奥義の一つは受けなかった、だが仕方ないのだ、並の兵士では抜く瞬間も刀を仕舞った瞬間も見えなかったのだ。小次郎の抜刀術を目で追えるのは超1流の剣術家だけなのだ。