第6話 小次郎激怒する
野党のアジトらしき所にたどり着いた小次郎。両手に刀を持ち目を爛々と輝かせている、ここまで全力出走してきたが息も切らせていない、この程度のことは戦場では日常茶飯事、これで疲れる様では武士とは言わない、それは唯の雑兵である。
建物の中からは女の悲鳴やくぐもった声がしている、男達の笑い声等も聞こえて来る。それが益々小次郎の怒りを大きくする、建物の中の連中を皆殺しにしたいが、建物の中では刀が振りにくい。それではどうするか?
「うおおお~!!!!!!」
小次郎は建物に向かって吠えた。鍛え上げた小次郎が腹の底から出した声である、安っぽい作りの建物の壁がビリビリ震えている。声に殺気を乗せて居るので、寝ている人間でも飛び起きる様な大音響だった。
「なんだ?一体」
「何の声だ、獣か?魔獣か?」
建物の入り口から顔を出し男が二人。濡れた布に何かを叩きつけた様な音が2回すると、その男達の首がゴトリと落ちた。勿論小次郎の仕業である、悲鳴を上げる事さえなく首を切り落とす、そして再び入口の陰に隠れる。
入口に倒れる2人、首が無くなっているので動脈からドバドバ血が流れている。声を上げる暇もなく一撃で頭を落とされているので痛みが無かった事だけが救いであろう。そして小次郎は入口の横で中の気配を黙って探っている、腹の中は怒りで猛り狂っているが行動は極めて冷静である。ここら辺が一流の武芸者の強みである、普通の人間ならこんなことは出来る訳が無いののだが、小次郎は極めて慣れていた。
そして入口の異変に気がついたらしい男が又一人、入口から顔をのぞかせた瞬間に首が落ちる。
ドズ! ゴトリ! そして首からけたたましい勢いで血が吹き出す。
「なんだ!何か居るぞ!」
「敵襲!武器を取れ!」
仲間が3人殺られた所でやっと小次郎の奇襲に気がついた様だ、折角の大声は動物の吠え声だと思っていたのか、それとも自分達が襲われる事は無いと勘違いしていたのか、小次郎には分からなかったが、奇襲の時間が終わった事だけは分かった。
小次郎はゆっくりと入口に立って中を見渡した、慌てて入らないのは目を室内の暗さに慣らす為だ、そして部屋の天井の高さを確認して刀を振る大きさを決めなくては成らない。そして更に中の人間の数と殺る順番を一瞬で決めるのだ。戦い始めたら考える暇はない、ただ事前に決めた通りに戦うだけだ。
「何だ!おめ~!」
「独りで俺たちとやる気か!」
又一人首が落ちる、小次郎は無言で室内に入り、一番手前にいた人間の首を落とす、その表情は全く変化せず、ただ目だけは異様に底光りしてる。歩く早さも一定でまるで悠々と外を散歩している様だ。そこで始めて野盗たちは小次郎が異常な人間だという事に気がついた、これは人の形をした恐ろしい者、死が人の形をとった者、いわゆる化物だと気がついた。
「うわ~!」
恐怖で我を忘れた者が小次郎に斬りかかって来る、小次郎の濃密な殺気を浴びて理性が消し飛んだのだ。そして理性の無い力任せの一撃は小次郎にアッサリ躱されて、すれ違いざまに又首が落とされる。首が無くなった体は天井に届くほどの血を吹き出して、そして力なく倒れる。小次郎はチラリとも見ることもなく、次の獲物の方を見ている。見られた人間は次に死ぬのである、死神の視線という物が有れば、此れこそがそれであろう。
「これを見ろ!この野郎、こいつがどうなっても良いのか!」
少し理性の残っていた男が村の女の首筋にナイフを当てている、逆らうと殺す! と言う定番である。勿論小次郎が何をしようが女を殺す事に違いなどある訳は無い。
「お前のせいで女が死んでも良いのか!剣を捨てろ!」
「は、早くしろ!」
小次郎は全くの無表情だ、男達は固唾を飲んで小次郎を見ていた。これが通用しなかったら自分達が確実に殺される事が分かっていた、この男と戦うのは無理だ、そもそも人間なのか魔物なのかも良く分からない異様な雰囲気を纏っているのだ。この恐ろしい者は見た事も無い髪の色をして、見た事も無い剣を2本手に持っている。そしてその剣の切れ味は恐ろしく鋭い、多分魔剣と呼ばれる類の物に違いない。
ビュン!ビュン!
小次郎は刀を振り、血糊を払って刀を鞘に収めた。そしてのんびりと立っている、完全に殺気を消した立ち姿はまるで無害に見えた。それを見た男達はホット息を吐く、自分達が賭けに勝ったと思ったようだ。
「そうだ、それで良いんだ!大人しく刀を床に捨てろ!そうすりゃ女を返してやる」
「そうだ!早くしろ!」
小次郎の右手が一瞬霞んだ様に見えた。そして女の首筋にナイフを当てていた男の絶叫が響く! 男の右目には深々と小柄が刺さっていた。武士の武器は大小2振りの刀だけではない、太刀の柄本には小柄と呼ばれる小型のナイフが装備されているのだ。此れは普段はナイフの様に工作に使ったりするものだが、非常時には投擲する事も出来るのだ、何百年も戦う為だけに存在した武士に死角は無かった。接近戦も遠距離戦も完璧にこなすのが武士なのだ。
相手を油断させる為に刀をしまい殺気を消す、そして相手が油断した瞬間に攻撃する。武士とは綿密に計算して勝ちを拾う、そこには冷静な計算と日々の研鑽が有った。そして相手が驚いている隙に接近して蹂躙開始である。再び莫大な殺気を放ち、相手を金縛りにして首を落としてゆく、何の躊躇いも慈悲もない、ただただ決めた通りに行動する、まるで機械の様な動きに敵は怯える事しか出来なかった。
「ふ~・・・・・・」
最後の一人の首を落とし小次郎は大きく息を吐いた。何とか女達を守れた様だ、狭い中の接近戦なので全員を守れるかどうか分からなかったのだ。少々の犠牲はしょうがないと思っていたが、思いのほか上手くいって安心した小次郎であった。
「無事でござるか?」
「うん、なんとかね」
「ちっと汚されたけど、大した事無かったよ」
「犬にでも噛まれたと思うしか無いでござるな、一人二人生かして於けば良かったかも知れんな」
「この手で殺せたら少しはスッキリしたかも知れないね~、まあスッキリしないかも知れないけど」
「余裕が無かったのでそこまで出来なかったでござる、すまんかったでござる」
彼女達の気持ちを思えば、身内を殺され攫われたのであるから、男たちをなぶり殺しにしたかったであろうが、余裕が無くて仇討ちをさせてやれなかったので小次郎は素直に謝った。
「あんたが謝る事は無いよ、私たちを独りで助けに来てくれたんだ。感謝しか無いよ小次郎」
「ホント、ホント、あんたは良い男だよ!」
その後野盗の身ぐるみを剥いで村に帰る、野盗達は馬を持っていたので残らず頂いた。この時代の馬は大変高価な物だったので少しは気が晴れた様だった。それに野盗とはいえ、武器や革の軽鎧を着ていたので全て村の貴重な財産となった。
村に戻った小次郎達は犠牲者を弔い、万が一野盗の仲間が仕返しに来た時に備えて小次郎や村の若い衆が備えて居たのだが、1週間たっても襲撃は無かった。元々仲間が居なかったのか、それとも襲撃しても赤字になるので村に興味を無くしたのかは分からないが、一応危機は去った様だった。
また小次郎が帰った日から、村人達は皆熱心に小次郎に剣術を習う様になった。そして万が一に備えて村には護衛として武器と鎧を着た人間が警戒体制をしくようになった。平和とは時分達で勝ち取るものだと学んだようだった。