第4話 小次郎立ち会う
さて村人に剣術を教える訳だが、人に物を教えるときに大事な事が一つある。教える側は決して舐められてはいけないのだ、素直に指導を受けてもらう為に最初が肝心なのだ。最初から最後まで馬鹿にされる指導者は3流である。それを小次郎は長年の師範代生活で学んでいた、今回も最初は厳しく指導する気満々であった。
村の広場に集まってきた村人は50人程、どうやら暇の様で村人の半分が集まって来ていた。この世界では珍しい小次郎の外見を興味深そうに皆見ていた。
「小次郎殿、宜しくお願いする」
「うむ、心得た」
村長に紹介された小次郎は村人の前に堂々と立った。小次郎は当時の日本人としては大柄であるのだが、村人と比べると極普通の背丈の男だった、当然そこまで強そうには見えない。村人の中には2m近い背丈の者もいて小次郎よりは余程強そうだ。村の男達は殆どが猟師であり気が荒い者も多かったので小次郎の事を胡散臭い男だと思っている者が多かった。勿論小次郎は男達の視線から自分が余り良く思われていない事を敏感に感じ取っていた、ここら辺は貧乏な道場の門下生をやっていた為に名門と呼ばれる道場の門下生から馬鹿にされていた経験から良く分かっていた。強さとは見せる物なのだ、黙っていて分かるのは実力のある強者のみ、極普通の人間には相手の強さ等分かるはずも無い。
「この村で一番強い者は誰でござるか?」
「一番強いのは熊殺しのエドワードであろうな」
「では其者と拙者が立会いましょう、そうすればこの疑いの目も晴れるでござろう」
村人の疑いの目を晴らすべく、村人に自分の強さを見せることにした小次郎。村人全員と戦っても勝つ自信は有ったが、怪我でもさせると後が厄介なので強そうな男と立ち会う事にしたのだ。
「良いのかい?俺は強いぜ。村長の客人に怪我をさせたく無いんだがな」
村人の中から一際大きな男が出て来た。身の丈は2mを軽く超える巨人のような男だ、以前人食い熊を独りで倒したと言う武勇伝の持ち主らしい。確かに強そうだ、腕など女の腰位の太さが有る、力比べをしたら小次郎が負けるだろうが小次郎は力比べをする気は無かった。
「ハハハ、その様な心配は無用でござる。拙者が負けることは万に一つもあり申さぬ」
「なに!俺より強いつもりか?」
「当たり前でござる、月影流師範は伊達ではござらん」
大男が怒り狂っている、村一番の男として尊敬されていたのに、いきなりよそ者の小男に馬鹿にされたのだ、怒り狂うのも納得である。しかし小次郎にとっては体の大きさ等は何の意味も無い、体の大きさと強さは別のものである、体の大きさだけで強さが決まるならば武術はいらないのである。
「さっさと掛かってくるでござる、時間が勿体無いでござる」
大男に向かって指をチョイチョイと振って掛かってくる様に促している。まあハッキリ言って大男など歯牙にも掛けない態度だった。勿論大男は更にヒートアップする、顔は既に真っ赤になって顔には青筋が立っている、普通の男なら恐怖で体がすくみそうな状況だった。
「!!!!」
大男が右の拳を叩きつけてくる、大きな拳だった、馬位なら殴り殺しそうな大きさだ。そして体が大きな割には速い、しかし小次郎からすれば欠伸が出る程遅いのだ、大男の拳をヒラヒラ躱してかする事もない。
「てめー!ちょこまかと!」
「よく見て殴るでござるよ、無駄に動くと疲れるだけでござる」
大男の攻撃を躱しながら小次郎は男に言葉をかけている、2人の戦いを見ている村人からしても小次郎が余裕を持っているのは一目瞭然であった、なにせ小次郎は息も切らせていないし汗もかいてないのだ。
「さてと、遊びは終わりでござる。斧を使うと良いでござるよ」
「正気か!お前!当たればただじゃすまんぞ」
「ハハハ~!当たるわけ無いでござる」
大男の腰に吊るしていた大斧2丁、普段はこれを使って狩りをしているのであろう。男のバカ力で振り回された斧の威力は凄かろうが、当たらなければ意味が無い。そしてそれは剣術も斧術も打撃術も同じである、普段から厳しい修練を積んでいる小次郎にすれば相手の大きさや武器など眼中に無いのだ、小次郎が恐るのは相手の技量だけだった、そしてこの大男の技量は低かった。
ブンブンと音を立てて振るわれる大斧を軽々と躱して小次郎は涼しい顔をしている。当たれば体が真っ二つになるのだが、まるで気にした風も無かった。ここら辺が普通の人間と武芸者の違いである。死線を何度もくぐり抜けてきた小次郎にとってはこんな物はそよ風なのだ、緊張する道理は無かった。
「それじゃ、終わりでござる」
斧を持った手をピシピシと手刀で打ち、斧2丁を叩き落とし一瞬で大男の懐に飛び込んだ小次郎は男を投げ落とした。今で言う大外刈りである。戦闘時には首から落として相手の首を折る技なのであるが、弟子を一々殺すわけにはいかないので手加減をして受身を取らせない投げ方で背中から落とす。
「グワ!」
受身を知らない男に上からのしかかる様に倒れ込んだ小次郎は、追撃で肘も相手の鳩尾に打ち込んでいる、本来は喉に打ち込むのだが今回は大サービスである。
「「「「「おお~!!!」」」」
試合を見ていた村人からどよめきが起こる、小次郎が大男を破るとは思って無かった様だ。村の英雄は小次郎の前で泡を吹いて気絶していた。
「あらま、少々やり過ぎたでござるか?手加減はかなりしたのでござるがな~」
村人の視線が変わって来た、馬鹿にする様な視線から畏敬を伴った視線へと。しかしまだ足りない、信頼してもらわないと上手く指導出来ないのだ、だから更に小次郎は強さを見せることにした。
「そこの御仁、次の相手をお願いするでござる」
その男は自然に立っていただけだが、小次郎はこの男がこの中で一番強い事が分かっていた、何故と言われると困るのだが、背筋に一本筋が通った立ち姿とバランスの良い体型から分かるのだ、ここら辺は数え切れない立会いの経験としか言い様が無かった。
「俺かい?良いのか、俺は弓を使うが」
「分かってるでござるよ、それもかなりの腕前と見たでござる」
小次郎は今度は飛び道具相手の腕を見せる様にしたのだ、多分この村の男達は猟師だ、弓を使うか罠を使って狩りをするはず、ならば弓に自信が有る者が多いはずだ、だからその得意なものを粉砕して強さを示すのだ。
20m程の間をあけて2人が対峙する、村人は少し興奮して見ている。娯楽の少ない村での一大イベントなので当然である、また男は強いものに憧れるのだ。村一番の力持ちを一蹴した小次郎に村人達は興味深々であった。
「何時でも良いでござるよ」
「先に布巻かなくて良いのか?当たると死ぬが・・・・・・」
「ははは、矢如きに当たる拙者ではござらん」
「ム!」
男の気配が変わった、自分の武器を馬鹿にされて怒った様だ。ここら辺がナチュラルな小次郎の煽りかたである、常に自分だけは冷静に、相手はには正気を失ってもらう。一度の敗北が死を意味する世界で生き抜いてきた武人による流派、月影無限流はどんな手を使っても勝つ無敵の流派なのだ。
小次郎に向かって放たれた弓は一直線に小次郎の右肩に向かってきた、村人の目には見えなかったかもしれないが、小次郎には良く見えていた。弓は大きくて長いのでとても見やすいのだ。
「「「「「おおおおお~!!!!!」」」」」
自分に向かってきた矢を軽く掴んで見せる小次郎、村人からどよめきが起こる。
「肩を狙う必要は無いでござる、当たらないでござるからな。今度はちゃんと本気で来ると宜しかろう」
掴んだ矢を投げ捨てて相手に言い放つ、この程度では小次郎の強さは見せられないのだ、そして相手も本気の半分も出してない事は明白であった。
「そんじゃ、本気を出させてもう。当たっても俺を恨むなよ!」
男が本気を出す気になったようだ、目にも止まらぬ速度で今度は2本の矢が飛んできた。先ほどとは段違いの速度で喉と鳩尾を狙ってくる。しかし小次郎には通じない、パシパシと手刀で2本の矢を打ち落とす。そしてニヤリと笑うと男の方へ歩き出した。
「行くでござる」
「くそ!化物か!」
男は小次郎に更に全力で矢を打ち込むが、小次郎は歩きながら矢をパシパシ打ち落とす。村一番の弓使いの矢をまるでハエを落とす様に落とすのだ。小次郎に取って矢を落とすのは簡単だった、何せ相手はたったの一人、戦場では無数の相手から矢を放たれるのが普通なのだ、相手がたった一人の矢など蠅が飛んでいるのと同じなのだ。
「くそ!俺の負けだ」
相手の目の前まで言って笑っている小次郎を見て相手が降参した、懸命な男だった。この男が何をしようが小次郎に勝つことは無理なのが分かった様だ。
「「「「「うお~!!!サムライすげ~!!!!」」」」
村人から賞賛のどよめきが起こる、これで小次郎の指導も上手くいきそうだ。さてそれでは、村人達に稽古をつけようかと思っていた小次郎だがそうは問屋が下ろさなかった。
「チョット待つでござる!」
「「「「ワッショイ!ワッショイ」」」
戦いに興奮した村の男衆に捕まった小次郎は、先ほど気絶させた大男に肩車をされて村中を練り回された、そしてその後は男衆と飲み会である、稽古をするはずが何故か宴会に成ったのである。変化の無い村なので宴会の口実を探していたのであろう、酒は飲めないが食べるのは大好きな小次郎は宴会で有り難く食べ物を頂いいたのである。
こうして小次郎はこの村での居場所を腕で勝ち取った。