第15話 小次郎護衛クエストを受ける
風呂を近所の人達に任せて1年、小次郎はすっかりこの街とこの街の人達に馴染んでいた。ココも栄養状態が良くなったせいで少しふっくらとしてきた。もはや外見から男の子に間違われることは無いだろう、それどころか将来美人に成りそうな気配がしていた。
「おじちゃん、冒険に行こうぜ」
「こら、又男言葉を使っておるな、女言葉を使うのだ」
「え~、そんな事言ってもな~」
「全く、結構美しくなったと言うのにあいも変わらず男言葉とは情けない」
小次郎が1年間手塩に掛けて育てたココは、今ではD級の冒険者になった。流石にオークには勝てないがゴブリン相手なら3匹位までなら捌ける実力を持っていた。2人でチームを組んで討伐すればすぐにでもココをB級位に出来るのだが、実力も無いのにランクだけ上げても本人が苦労するだけなのでやらなかった。
「相手をよく見て剣を振るのだ、そして常に周り全体を見ながら戦うのだ。正面の相手だけを見ていると後ろから不意打ちを受けるからな」
「分かった」
小次郎の剣術は実戦を常に想定している、よって1対1等と言う贅沢な戦い方は教えない。戦場では常に周り全てが敵なのだ、油断は死につながる。
「おっちゃん、難しい!後ろなんか見えないよ」
「後ろは見るのではなく感じるのだ、ココ!目で見るな、心で感じろ」
小次郎も無茶を言ってることは分かっている、心で気配を感じる等ココに出来る訳は無いのだ。実際に小次郎が気配で周りの様子が分かる様に成ったのは、実戦で殺されかけてから覚えたのだ、生きるか死ぬかの状況で鍛えられなくては到底覚えられる技では無い。だが、ちゃんとそう言う技が有る事を教えるのに意味が有ると思うからこそあえて無茶を言っている、こう見えて小次郎は中々良い師匠なのだった。
「よし、剣術は其れくらいで良かろう。次は読み書き算盤の時間じゃ」
「分かった」
剣術だけではなく小次郎はココに読み書き算盤も教えていた。元々武士の識字率はほぼ100%、小次郎も当然ながら読み書き算盤はかなり出来る、更に旗本家に生まれているせいか漢詩、和歌等の素養にも通じていた。小次郎は戦士としても優れていたが、この世界の平民や貴族達よりも遥かに優れた文化人でもあったのだ。
ただ一つ難点を上げると小次郎が書いているのは元の世界の文字でありこの国の文字では無かった、つまりココが書いた字を読めるのは小次郎しか居なかったのである。しかし全くの無駄かと言えばそうでもない、教養や素養という点では日本のカナ混じりの文章は非常に思考力をつけるのには具合が良かった。
「おじちゃん、読み書き終わった」
「よしよし、それでは冒険者ギルドに行って明日のクエストを探しに行こうかの」
この世界の冒険者は毎日働かない、金が無くなるとクエストを受けて生活するのだ。毎日クエストを受けて金を稼いでいるのは金が必要なものや、上を目指す野心がある者だけだった。この世界の平民達も貯蓄をすると言う考えはあまり浸透していないのだ。もっとも、現代の様に税金や社会保障費が馬鹿に高い事もないので、食って行くだけなら1日2時間ほどの仕事で生活出来たのは小次郎の元の世界と同じであった。そいう者達の中で小次郎は異端であった、毎日狩りに出かけて稼いで来るのだ。ココを養う為でも有るのだが小次郎の特技は剣術、趣味も剣術である。剣術の修行の為に毎日実戦が必要なのだ、そこで毎日森に入って魔物を狩っているのである。
「ちょうど良いのが無いでござるな」
「俺はこれが良いな」
「それは難しいでござるな」
ココが選んだのは護衛のクエスト、首都まで積荷を護衛する仕事だ。小次郎もこの国の首都を見てみたい気がするのだが、護衛はかなり疲れる仕事なのだ。特に少人数で行う場合は精神の疲労が甚だしい、少なくとも信用できる人間が6人程いなくては1日中護衛を続けるのは無理なのだ。
「小次郎さん! お願い」
「なんでござるか?」
「そのクエスト受けてくれないかしら、あと一人か二人で人数が揃うの」
護衛のクエストの掲示板を難しい顔で見ていたらギルドの顔見知りの受付嬢に声を掛けられた。明日出発する予定なのだが人が集まらないので困っているのだそうだ。
「しかし、拙者だけならかまわぬが、ココがなあ・・・・・・」
「俺、頑張るから、受けようよ」
小次郎としてもココに首都を見せて見聞を広げたい、過保護よりも色々な経験を積ませる事が子供には必要な事は分かっているのだが、護衛は長時間の緊張と襲撃の撃退という非常に難度の高い仕事なので迷っていた。
「おいおい、こんな餓鬼が護衛とか舐めてるのか!」
「あらマークスさん」
どうやら今回の護衛を依頼した商人らしい、ギルドが子供を護衛にしようとしたので怒ってるようだ。しごく最もな事だと小次郎は思った、大事な荷物や命を子供に預けるのは真っ当な商人なら誰でも嫌がるだろう。
「もっとまともな奴を紹介しろ! 冒険者ギルドにクレームを入れるぞ!」
「あらマークスさん、この子の事を知ったら泣いて喜ぶと思いますが?」
「何だと! この餓鬼に何か秘密でも有るのか」
「有ります! この子は回復魔法の使い手なんですよ。あんな安い護衛料で雇える冒険者じゃ無いのですよ、隣のお人は独りで冒険者10人に匹敵する剣の使い手ですし」
ココはこの一年で回復魔法を使える様になったのだ、毎日シン爺さんの治療の手伝いをしているうちに覚えたのだ。魔法使いの中でも貴重な回復魔法の使い手であるココは冒険者としても非常に貴重で価値があるのだ。それに彼女は魔法の才能が有ったのか最近では簡単な火魔法や水魔法も使うようになってきた。
ただ小次郎に不満が有るとすれば、冒険者10人に匹敵すると言う言葉である。多分褒め言葉で使ったのだろうが10人どころか100人位なら勝てると思ってる小次郎であった。
「本当か! 回復魔法が使えるなら有難い。ぜひ頼む」
「へへ、おっちゃん。良いだろ?」
「まあ仕方無いな、何事も経験でござるからな」
その後の話し合いで、貴重な回復魔法の使い手と言うことで、旅の間の食事は向こう持ち。更にココは荷馬車に乗せて貰う事で契約した。ココに毎日徒歩で護衛は無理なのだ、もう少し鍛えなければ歩きながら1週間護衛する体力も気力も続かない。護衛任務はこの街から首都までの1週間、1日の移動距離は約40キロ、希に盗賊や魔物の襲撃が有ると言う事だった。
次の日、食事は向こう持ちだったが、勿論小次郎たちは3日分程の保存食を用意した。完全に他人に頼る気もないし、自分の身は自分で守るのだ。小次郎は何時もの様に3本の剣を装備し、さらに今回は弓まで持参している、護衛ならば相手が接近する前に迎撃する必要があるからだ。そもそも騎馬武者である小次郎は弓兵としての腕前も破格であった、馬の上から正確に相手に当てるのだから普通の弓兵の何倍も腕が良いのだ。ただしここには和弓が無かったので、この世界の小さくて威力のない弓を使っていた。
そしてココは2人分の保存食を背負い、治療師用の杖と護身用の小ぶりな小刀を腰に下げていた。この小刀、ナイフよりも長くて鍔が付いている、小次郎が特注してココ用に作らせたものだった。そもそもナイフと小刀は使い方が違うのだ、突いた時に血や汗で手が滑って刃で手を傷つけない様に鍔が付いているのだ。
「さて、準備は良いなココ」
「うん、俺頑張るよ」
「うむ、1週間の長丁場だ。緊張しながら休むのだぞ、中々難しいが直ぐに慣れるでござる」
1週間緊張状態を保ちながらの生活は非常に厳しい。これは経験したものにしか分からない、しかし経験すれば人間は直ぐに慣れる、経験しなければそいうい事がある事事態を知らない薄っぺらな人間に成ってしまうのだ。
平和な時代に生きていたハズの小次郎は何故こんな状況に慣れているのだろうか、小次郎の時代には合戦は無かったハズなのに緊張状態に慣れきっている様だった。昔一体何が有ったのか? ただ小次郎は追われながらの放浪や迎撃に慣れていたのだった、主に師匠の無茶に付き合わされたせいだったが、それがこんな事に役に立つとは世の中は誠に不思議なものである。