第14話 小次郎の恩返し
魔石が金子に成る事を覚えた小次郎は嬉々として毎日森の中に入って行った。そして毎日魔石で腰の袋をいっぱいにして冒険者ギルドに帰って来るのだ。
「アリス殿、魔石の買取をお願いいたす」
「まあ小次郎さん、今日も大漁ですね」
毎日大量の魔石を運んでいると小次郎は勝手に冒険者のランクが上がって行った。冒険者ギルドの規定ではゴブリン3匹狩ればF級からE級、そしてオークを3匹狩ればE級からD級へと昇格するのだそうだ。そしてD級からC級に上がるのはギルドのクエストを10回成功させれば良いのだそうだ。小次郎は魔物を狩りまくっているので直ぐにD級冒険者に成ったのだ。
「今日は8万2千ゴールドですよ。すごい稼ぎですね小次郎さん」
「うむ、森の中に入ると金が向こうから寄ってくるのでござる。笑いが止まらないでござるよ」
薬草採取から僅か2週間、小次郎の所持金は100万ゴールドを軽く超えた。そして見習い冒険者から普通の冒険者へと昇格、C級に上がるのも時間の問題だった。
「あっ小次郎さん、今晩のオカズは魚の塩焼きだそうですよ」
「おお。アリス殿の母君の焼く魚は美味いから楽しみでござる」
冒険者ギルドの受付嬢アリス、彼女はご近所さんの娘さんであった。井戸の水汲みでオバちゃん達の人気者となった小次郎はその娘達からも好かれていたのだ。親切で礼儀正しく、そして強くて稼げる小次郎は婿に迎えたい男ナンバー1なのだ。
「シン師匠只今帰りました」
「おう、又近所の女衆から差し入れが来ているぞ、モテモテじゃの~」
「何をおっしゃいます、師匠もモテモテでは有りませんか」
シン爺さんは最近では年のせいで外を出歩くのが辛うなってきたのだ、そこで自宅で近所の人たちに回復魔法を掛ける商売を始めた。教会等で回復魔法を掛けてもらうより安いのでご近所の評判は上々である。安いのでわざわざ遠くから来る人も居る程繁盛していた。小次郎はそれを見て恩返しの方法を思いついたのだ、年寄りは確か風呂を好む、元の世界でも湯屋は大繁盛していた。ならばここでも湯屋を造れば儲かるのではないだろうか? 儲からなくてもシン爺様が喜べばそれで良いと。幸い湯屋の大きな問題点である水汲みと薪割は小次郎の大得意の技である、自分で水を汲み薪を割って火を起こせば安く出来るはずである。
「という訳なのじゃ、分かったかココ」
「成程、爺ちゃんの為に風呂を造るつもりなんだね。でも俺は何をしたら良いんんだ?」
「そうだな、風呂を造るのは職人に頼むとして、拙者は水汲みと薪割りをするからココは火の番とか湯屋で爺様の背中を流したりすると良いぞ」
「分かったよ、俺頑張るよ」
小次郎は今まで儲けた金を全て使って小さな小屋を建てた。中の広さは6畳程、そして3畳程の洗い場と3人程が入れる風呂を造った。最初は水汲みと薪割りの労力を考えて蒸し湯にする事も考えたのだが、やはり疲れを取るには湯に浸かった方が良いと思ったのだ。そして湯屋が完成して世話に成っているシン爺を一番最初に入れる事にした。
「師匠、湯屋が完成いたしたでござる。どうぞ一番風呂にお入りくだされ」
「俺が背中を流してやるよ」
「なんじゃと、庭に何やら変な物を作っていると思ったら風呂だったのか。しかし、人が入る風呂とは珍しいな、お主の元の世界の風呂なのじゃな」
「拙者の国でも昔は蒸し湯ばかりでしたが、世の中が豊かになってからは人が入れる風呂に変わったのでござるよ。一日に何度も入る者もいましたぞ、それが元で垢抜けると言う褒め言葉まで出来たくらいでござるよ」
さて恩返しの風呂に浸かったココ爺さんは大層喜んだ、日頃からこわばっていた体が軽くなったのだ。ココに背中を流して貰うのも心地よかった、他人に背中を流してもらうと言うのは贅沢な事なのだ。信用している人間が居ると言い変えても良いかも知れない。
「いや~、思いのほか気持ちよかった。良いもんじゃな風呂とは」
「喜んで貰えたなら結構、頑張った甲斐が有るというものでござる」
「また俺が背中流してやるよ爺ちゃん」
「わははは、長生きはするものじゃの。まだ新しい経験をするとは思わなかったぞ、世の中の事は大概経験したと思っていたが唯の勘違いじゃったようじゃ」
ココを助けて貰った上に、何故か一緒に生活させて貰っている礼に風呂を作ったのだが、予想以上に喜んで貰えたので小次郎は嬉しかった。毎日風呂を沸かして入れてやろうと思っていたのだが、ここで思わぬ事態が起こる。
「ちょっと、ちょっと小次郎さん」
「何でござる?」
「聞いたよ!何でも体をお湯につける風呂を造ったんだってね!大層気持ち良いらしいじゃないか!」
「うむ、その内ご近所にも宣伝しようと思っていたのでござるよ。3人だけで入るのは勿体無いでござるからな」
さてそれからが大変だった、近所のオバちゃん達の情報伝達能力は凄いのだ。次の日にはココ爺の庭に近所のオバちゃん達が並んで風呂が開くのを待っているのだ。仕方無いので小次郎は朝から水を汲んで薪を割って風呂を沸かして近所のオバちゃん達を入れたのだ。
「風呂代は幾らだい? 小次郎さん」
「う~む、そうでござるな」
小次郎の居た世界の湯屋の値段は大体蕎麦の値段の半額位であったので、ここでも同じ位の値段を取ることにした。昼飯が大体500ゴールド位なので200ゴールドを風呂代にしたのだ、最も小次郎の水汲みと薪割、ココの風呂番の手間を考えると安すぎるのだが、冒険者で稼いでいるので別にこれで儲けようとは思って無かったのだ。
そして風呂は近所のオバちゃん達に大受したが、一度に3人しか入れないので待ち時間が長くかかるようになってしまった。そこで小次郎は又冒険者で稼いだ金で風呂を増築した。今度は隣に5人入れる風呂を作ったのだ、そして男湯と女湯を分けた。3人用が男用で5人用が女用、これで近所の男衆からも文句を言われない様になった。
「おっちゃん、俺疲れた~!」
「うむ、拙者も疲れたでござる」
調子に乗って風呂を増築した小次郎、思いのほか評判が良く客足が一日中絶えないのだ。風呂で食っていくなら嬉しい事だが小次郎は冒険者である、一日中風呂の水汲みと薪割りと薪集めをするのにホトホト疲れていた。ココも同じく風呂の火の番と代金受け取り、更に風呂場での背中流しで一日中働いていたのでヘトヘトだった。そして一日の収入は2万ゴールド程なのである、小次郎が森で稼いでくる金の半分にも成らない稼ぎだった。
「おいおい小次郎、最近疲れた顔をしておるぞ。どうした?」
「いや~、風呂が思いのほか忙しくてですな・・・・・・」
風呂のせいで疲れたとは中々言い出せないのであるが、一緒に住んでいるのだからモロバレで有ると思い素直にシン爺に打ち明けた。
「なあ小次郎、素直に周りを頼れば言いのじゃぞ。お主は強すぎて何でも独りでやってしまう癖が有るからな、何でも独りでやれるのは凄いことじゃが、良い事では無いのだ」
「・・・・・・何だか良くわからないでござるよ」
「お主は出来る人間故の悩みを抱えているのじゃ。人に頼むことを覚えるのも大事な事なのじゃ」
その後小次郎はシン爺様の助言を受けて、風呂の水汲みや代金回収、火の番等の雑用に近所の人を雇うことにした。例えばココがやっていた火の番等は近所の子供、番台でのお金の回収や風呂掃除等は近所の暇そうなオバちゃん、小次郎がやっていた水汲みや薪集め等は体力のある年長の子供達、各人を雇って少しばかりの給金を払うことにしたのだ。
そうすると近所の人達に思いもかけぬ現金収入が出来る事になった、近所の子供達は小遣いが出来て大喜びである、また、客が増えたのでココ爺の庭で屋台を出す強者まで現れてシン爺の家は近所の憩いの場として益々発展していった。
「小次郎、オカズ置いとくよ」
「何時もすいませんね、おかみさん」
「な~に、家の子供が何時も世話になってるからね」
風呂関係で近所の子供や金に困っている人達を雇っていると小次郎は益々近所の人達から感謝される様になった、シン爺様の治療院もそれに釣られて大繁盛である。成程これが人に頼った結果なのかと今更ながらに思う小次郎であった、確かに独りで全部やってしまっては稼ぎも独り占めで周りに利益が回らないのだ、周りを頼れば周りも仕事が出来て金に成ると言う事なのだと爺様に教えられたのだな~等と気がついた小次郎であった。
人は頼り頼られて絆が出来て行くことをシン爺さんに教えてもらった小次郎は、一つ人として大事なことを学んだ様な気がしたのだった。