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ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
第2章
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『俺は反対だなあ』


 電話の向こうで不満げな声が言った。鳴海はその反応に、心持ち眉間の皺を深くする。相手が難色を示すだろうことは、話すまえからわかっていた。


『りょうちゃんさあ、ホント優しいよね。俺は好きだよ、そういうりょうちゃんの優しいとこが』


 褒めていながら、声のニュアンスは少しも褒めていない。非難というほどのものではないにせよ、最初に口にしたとおり、わずかなりとも賛同の意思がないことはあきらかだった。


「べつに優しくはない」

『そんなことないよ。りょうちゃんは充分優しい。俺はちゃんと知ってる。だけどさ、今回の件は、それが逆に、よくないほうに働いてない?』

「よくないほう?」


 訊き返した鳴海に、相手はうんと頷いた。


『自分の傷を、わざとひろげるような真似してる』


 断言されて、鳴海はすぐには言葉を返すことができなかった。


「……そんなことはない。考えすぎだ」

『そうかな。俺にはそうは思えないけど』

あさひくん」

『りょうちゃんが黙ってられなかったの、俺にもわかるよ?』


 鳴海の言葉を遮って、相手は言い募った。


『もともとそういう場面で見て見ぬふりできる人じゃないし。ましてやいまのりょうちゃんならなおのこと、知らんふりなんてできるわけないんだから』

「あさ――」

『だけどさ』


 相手は頑として鳴海に口を挟ませなかった。


『働き口まで提供しちゃうって、それってなんか違くない?』


 手を差し伸べるにしても、行きすぎている。きっぱりと告げられて、鳴海は言葉のぎ穂を失った。


『怒ってるんじゃないよ? りょうちゃんを責めてるんでもない。そうじゃなくてさ、俺、心配なんだよ』


 黙りこんだ鳴海に、相手は声のトーンを落として言った。


『最初に言ったよね。りょうちゃんは優しすぎる。だから他人を恨んだり憎んだりするんじゃなくて、全部自分が悪かったんだって、その罪をまるごとかぶろうとしちゃう。けど、それって間違ってるよ。悪いのは被害に遭ったほうじゃなくて、罪を犯した人間なんだから』

「それはもちろん、わかってる」

『わかってないよ。全然わかってない。そう言いながら、りょうちゃん、結局自分のこと責めつづけてるじゃん』

「そんなことは……」


 そんなことはないと言いかけて、鳴海は結局口をつぐんだ。

 悪いのは罪を犯した人間。それはむろん、言うまでもないことである。だが、そこまで追いこまれていく人間の苦衷くちゅうを、うすうすそれと察しながらなにもしなかった自分に、果たして非はないと言えるだろうか。

 時間が解決してくれる。そんなふうに甘く考えて、真剣に向き合おうとはしなかった。そのツケが、まさかあんなかたちで払われることになろうとは。


 せめてその鉾先を向ける対象が、自分であってくれたならどんなによかったか――


 だからやはり、とがは自分が追うべきなのだ。鳴海はそう思う。大切な者を守り抜こうとする責任を果たすことができなかった。その罪は、生涯償ってなお、ありあまるほどに大きい。


『ごめんね、俺なんかが余計な差し出口挟んで』


 電話の向こうで、消沈した声が言った。


『りょうちゃんが頑張ってるの、俺、すげえわかってるし応援してる。でもさ、だからこそ余計に、りょうちゃんにこれ以上、しんどい思いしてほしくないんだよ』

「わかってる」

『りょうちゃんが自分で決めたことなら、外野があれこれ言うことじゃないって俺もわかってる。でも俺、いつでも気にかけてるから』


 気にかけ、つねに心配している人間がいるのだということを忘れないでほしい。

 心から案じてくれる相手に対し、鳴海は言葉少なに感謝の言葉を述べた。


「いつも心配かけて、すまない」

『なに言ってんの、いまさらでしょ。俺とりょうちゃんの仲じゃん』


 電話口で、相手は照れたように笑った。


『今回の彼女の件、罪滅ぼしとかそういうんじゃないならいいけど、でも、同情しすぎて深みに嵌まらないよう気をつけてよ?』

「大丈夫だ、べつにそういう理由で雇ったわけじゃない。ちょうど本当に、人手がほしいと思ってたとこだったんだ」

『そう? ならいいけど』


 商売が順調であるなら喜ばしいと、旭は明るい口調で言った。


『けど、りょうちゃんにこういう才能があったなんて、知らなかったなあ。以前は家の台所にさえ、まともに立ったこともなかった人でしょ?』

「まあな」

『それがいまじゃ、立派に店を構えてオーナーシェフ。雑誌とかテレビの取材受ける日も、そう遠くないんじゃない?』


 楽観的な展望に、鳴海は苦笑を閃かせた。


「そんな軽い見通しでやっていけるほど、甘い世界じゃないよ」

『そりゃそうだろうけどさ。でも、りょうちゃんはもっと自信持っていいと思うよ? オープンしてわずか半年で、従業員まで雇うくらいになったんだから』


 たまたま近くを通りかかって、挨拶がてら様子を見に立ち寄ろうと店先を覗いてみれば、見かけない顔が店頭に立っている。そのことに驚いて、旭はこうして電話をよこしたのだ。


『駅からそんな遠くないとはいえ、立地がとくにいいわけでもないし、りょうちゃん、昔気質むかしかたぎの職人っぽい性格だから、商売上手ってわけでもないじゃん? それでちゃんと商売が成り立ってるどころか、客足も順調に伸びてるなら、それだけ評判がいいってことだよ』


 本人以上に自信満々な口調で言われて、鳴海は苦笑をさらに深くした。だが、その直後。


『姉貴やまひる・・・にも、食べさせてやりたかったな……』


 ついぽろりと零れた本音に、鳴海の口許から笑みが消えた。同時に息を呑む、かすかな気配が伝わってくる。


『あ、ごめん……』


 ひどく気まずげな、申し訳なさそうな口ぶり。鳴海はそれに対し、即座に「いや」と応じた。


「気にしなくていい。俺も、いつもそう思ってる」

『あ、うん。だよね。姉貴、ほんとチョコ好きだったから』

「ああ。じゃなかったら俺も、店を開くことなんて思いつきもしなかっただろう」

『思いついたところで、普通こんなにとんとん拍子にうまくいかないよ。それだけりょうちゃんが努力したってことだし、まだまだこれからなんだからさ。あんまり面倒ごとにはかかわらないようにしてよ』


 わかってる、と応じた鳴海は、ひと呼吸置いて口を開いた。


「お義父とうさんとお義母かあさんは、お変わりないか?」

『うん、ふたりとも元気だよ。っていうか、むしろふたりのほうがりょうちゃんのこと、すっごい気にしてる。元気でやってるのか、とか、店は大丈夫なのか、とかね』


 言って、旭は途端に吹き出した。


『俺が店の近くまで行ったのに、顔出さずに帰ってきたって知って、すっごい剣幕で怒られちゃった。なんか理不尽だよね。気になるなら自分たちで顔見に行けばいいのにさあ』

「いや、俺のほうがもっときちんと連絡を取るようにすべきだった」

『しょうがないよ、りょうちゃんだって忙しいんだから』

「よろしくお伝えしてくれ。もう少し落ち着いたら、あらためてご挨拶に伺うよ。よければ、店の商品も近いうちに送ろう。新商品もだいぶ増えてるから」

『あ、ほんとに? それ、すっごい喜ぶよ。姉貴の甘党は、親父とおふくろから受け継がれたようなもんだからね。それにふたりとも、「ル・シエル・エトワール」の大ファンだからさ。お店の宣伝、勝手にしまくってるよ』


 楽しげな様子に、鳴海も目もとをなごませた。


『俺もまた、近いうちに行くね。今度はちゃんと、顔出すから』

「ああ、待ってる」

『うん。じゃあ、またね。――遼一義兄にいさん』


 亡き妻の弟は、そう言って通話を切った。

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