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そろそろ店を閉めようか。
まもなく夜8時になることを確認して、鳴海はカウンターを出た。
窓ぎわのカーテンを、奥から順に下ろしていく。その背後で、出入口のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
条件反射で言葉を発してから振り返る。途端に、カーテンに掛けていた手の動きが止まった。店の入口に佇んでいたのは、コンビニで出逢ったあのときの女だった。
思わずといった具合に固まった鳴海を見て、女はおどおどと視線を彷徨わせた。
「あの……」
口から漏れた声が、いまにも消え入りそうに頼りない。鳴海は我に返ると、表情をあらためて躰の向きを変えた。
「ああ、失礼。今日はどうしました?」
何気なさを装って近づくと、女はますます所在なげに身を竦めた。
前回、彼女が店をあとにしたのは終電をとうに過ぎた時間帯だった。無事に家に帰り着くことはできたのだろうか。気にかかっていた問いを、けれども鳴海は呑みこんだ。自分からそれを口にすれば、恩着せがましくなることを承知していたからだ。
「……あの、今日はもう、終わりでしょうか?」
鳴海から視線を逸らしたまま、女はやはり、消え入りそうな声で尋ねた。申し訳なさそうな、それでいて振り絞るような必死さが、妙に切実なものに感じられた。
「ご注文でしたら、まだ承れますよ?」
穏やかに応じると、女はそれでも畏縮した様子で縮こまっていた。
「持ち帰りではなく、店内で?」
重ねて尋ねたことで、女はようやくかすかに頷いた。
「いまからでも、いいですか? もう閉店、ですよね?」
「かまいませんよ、もちろん。厳密に時間ぴったりでシャッターを下ろしてるわけではないので」
個人経営の特権だと応じる鳴海に、女もようやく、ほんの少しだけ表情をやわらげた。
「なんにしましょう?」
「あの、じゃあ……、こないだとおなじものを……」
「かしこまりました」
テーブル席を勧めて、鳴海はスイング式の腰高の木戸を抜けて奥に向かおうとする。その背中に、細い声が「すみませんでした」と囁いた。閉店間際に訪ねたことではなく、1週間前の一連の出来事に対する謝罪。鳴海の耳には、そんなふうに聞き取れた。だが、その意味については、くわしく追及することはしなかった。