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ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
第1章
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 そろそろ店を閉めようか。

 まもなく夜8時になることを確認して、鳴海はカウンターを出た。

 窓ぎわのカーテンを、奥から順に下ろしていく。その背後で、出入口のドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


 条件反射で言葉を発してから振り返る。途端に、カーテンに掛けていた手の動きが止まった。店の入口に佇んでいたのは、コンビニで出逢ったあのときの女だった。

 思わずといった具合に固まった鳴海を見て、女はおどおどと視線を彷徨さまよわせた。


「あの……」


 口から漏れた声が、いまにも消え入りそうに頼りない。鳴海は我に返ると、表情をあらためて躰の向きを変えた。


「ああ、失礼。今日はどうしました?」


 何気なさを装って近づくと、女はますます所在なげに身を竦めた。

 前回、彼女が店をあとにしたのは終電をとうに過ぎた時間帯だった。無事に家に帰り着くことはできたのだろうか。気にかかっていた問いを、けれども鳴海は呑みこんだ。自分からそれを口にすれば、恩着せがましくなることを承知していたからだ。


「……あの、今日はもう、終わりでしょうか?」


 鳴海から視線を逸らしたまま、女はやはり、消え入りそうな声で尋ねた。申し訳なさそうな、それでいて振り絞るような必死さが、妙に切実なものに感じられた。


「ご注文でしたら、まだうけたまわれますよ?」


 穏やかに応じると、女はそれでも畏縮した様子で縮こまっていた。


「持ち帰りではなく、店内で?」


 重ねて尋ねたことで、女はようやくかすかに頷いた。


「いまからでも、いいですか? もう閉店、ですよね?」

「かまいませんよ、もちろん。厳密に時間ぴったりでシャッターを下ろしてるわけではないので」


 個人経営の特権だと応じる鳴海に、女もようやく、ほんの少しだけ表情をやわらげた。


「なんにしましょう?」

「あの、じゃあ……、こないだとおなじものを……」

「かしこまりました」


 テーブル席を勧めて、鳴海はスイング式の腰高の木戸を抜けて奥に向かおうとする。その背中に、細い声が「すみませんでした」と囁いた。閉店間際に訪ねたことではなく、1週間前の一連の出来事に対する謝罪。鳴海の耳には、そんなふうに聞き取れた。だが、その意味については、くわしく追及することはしなかった。

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