表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
第5章
13/35

『ル・シエル・エトワール』をオープンして9ヶ月あまり。

 まさか開店して1年にも満たぬ間に、ふたりも従業員を雇うことになるとは思いもしなかった。しかもそのいずれもが、若い女性なのである。

 朝、出勤して葵と加奈子、それぞれが立ち働いている姿を目にすると、馴染まない光景に違和感をおぼえる。同時に、ひどく落ち着かない気分になった。自分の店であるにもかかわらず、自分のほうこそが場違いな気さえしてしまう。だが、そんな戸惑いも、月が変わるころには関心を払っている余裕はなくなった。バレンタインはもちろん、個人事業主として運営に関する申告義務を果たす準備にも取りかからなければならない時期に差しかかったからである。

 あらゆることがはじめての鳴海には、日々の仕事をこなすので手一杯となった。




「オーナー、キャラメルとプラリネクリームの準備できました」


 厨房の一角から声をかけられて、鳴海は振り返った。


「次、ヘーゼルナッツとアーモンド、ミディアムロースト。ピスタチオはキャラメリゼを頼む」

「ホールと粉砕ブロークン、分量はそれぞれ、昨日とおなじくらいで大丈夫ですか?」

「とりあえずそれでいい」


 頷きながら差し出した鳴海の手に、ガナッシュ用のキャラメルが渡される。キャラメル、リキュール、コーヒー、ピスタチオ、フランボワーズ、アールグレイ。用途に合わせてテイストを変えたガナッシュを、鳴海は手早く作っていく。その背中に、加奈子がふたたび声をかけた。


「あとで倉庫から、ギフトボックス取りにいってきます」

「いい。重いから俺が行く」

「あ、でも、ナッツ類も補充しておきたいので」

「なら余計、俺が行ったほうが早い。ついでに在庫状況も確認してくる。ひととおりフィリングの準備を済ませてからになるが、1時間後でも間に合うか?」

「大丈夫です。よろしくお願いします。フィリングはいま、ガナッシュ手がけられてるんですよね? こちらの手が空き次第、ジャンドゥージャ作りに入ります」

「わかった」


 最小限のやりとりで、テンポよく手順を確認し合いながら作業を進めていく。ちょうどそこへ、葵が顔を出した。


「商品の補充?」


 加奈子に訊かれて頷いたものの、すぐさまチョコレートセラーに向かいかけた加奈子を葵は制した。


「あ、ボックスのほうなので、あたしが」


 え?と振り返った加奈子に、葵は大丈夫だと応じる。


「なんか今日は、思った以上にアソートの小さいほうの売り上げがよくて」


 言いながら、出入口わきの棚に積んであるバレンタイン用のギフトボックスを手にとった。


「紙袋は大丈夫?」

「はい、そっちはまだ。小分け袋も含めて充分余裕があります」

「どっちにしてもランチタイムも終わるころだし、もう少しすれば客足も落ち着くでしょうから、あとでショウケースのほうも補充しておくわね」

「あ、それじゃあ、タブレットとチョコバーの追加もお願いします」


 ふたりのやりとりを耳にしながら、鳴海は時計を見やる。それから、葵のほうを振り返った。


「商品の補充が終わったら、昼休憩に入っていい」

「え、でも……」

「こっちは大丈夫だから、葵ちゃん、お昼食べてきていいわよ」


 加奈子にも重ねて言われ、葵は一瞬、なにか言いたそうな顔をした。だが結局、口先まで出かかった言葉は、その口の中に呑みこまれて消えた。


「わかりました。それじゃあお店のほう、お願いします」


 葵の見せた様子に、鳴海はわずかなひっかかりをおぼえた。けれど、その姿がドアの向こうに消えると、胸に湧いた違和感もうやむやのうちに消失した。バレンタインに向けた商品作りの作業は、いまだゴールの輪郭すら見えないほど山積みとなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ