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ショコラ・ノワール  作者: ZAKI
プロローグ
1/35

 店内で、ふたりの男女が買い物をしていた。

 午後11時過ぎ。カゴに入っているのは簡単な惣菜と弁当、それに数種類の飲み物。アイスケースのまえで、食後のデザートを買うか否かで揉めている。


 え~、だってこんな時間に甘い物なんか食べたら太っちゃう。アイスは太らないってよ。ウソ、絶対太るもん! んなこと言ったって、夕飯だってこれからなんだから一緒だろ。それにおまえ、全然太ってないじゃん。もう少し肉がついてもいいくらいだって。それはちゃんと摂生してるからでしょお。この体型は努力の賜物たまものなんだからね。


 楽しげに寄り添いながら、睦まじい様子でやりとりをする。男のほうは絶対に買って帰ると主張し、女は迷うそぶりを見せる。本心からではない。そんなふうに甘えて、相手の反応を楽しんでいるのだ。食べたい、でもどうしよう。自分だけ我慢しなきゃならないのはズルい、と。


 深夜間近のコンビニ。客の出入りはほとんどなく、ふたりの声だけが店内に響く。その様子を、彼女は少し離れた陳列棚の陰からじっと見ていた。

 腕を組み、凭れかかるようにぴったりと躰を密着させて男に甘える女。そんな女の媚びた仕種を、男はそれと知りながら、まんざらでもなさそうな様子で受け容れる。

 ふたりの様子を無言でつめる彼女の瞳に、くらい光が宿った。凄惨で、陰鬱な耀き――

 彼女はぐっと手を握りしめた。そして、ゆっくりと踏み出そうとする。その手首を、不意に横合いから掴まれた。


「―――――っ!?」


 驚いた拍子に、握りしめていたものが手から放り出される。金属が弾けるような鋭い音が店内に響きわたった。同時に彼女は、自分の手首を掴んだ相手のほうに引き寄せられていた。

 不審な物音に、会話が途切れて振り返る気配がする。途端に彼女の心臓は、胸が破れるほどの勢いで早鐘を打ちはじめた。


 ――失敗した。失敗してしまった。うまくできなかった。


 ワンテンポ遅れて、激しい動揺が彼女を襲う。


 ――どうしよう、気づかれたかもしれない。見つかってしまったかもしれない……っ。


「静かに。落ち着いて」


 引き寄せられるまま身を竦ませていた彼女の耳もとに、低い声が囁いた。

 頭の中が真っ白になって、なにが起こったのか理解できなかった。心にあるのは、激しい動揺と恐怖、ただそれだけ。


 どれぐらいの時間、そうしていただろう。永遠にも思われたその時間は、実際のところ、数秒にも満たない程度だったのかもしれない。気づけば話し声が再開し、ふたりがレジのほうへ移動していく気配が感じ取れた。アイスを買ったのかどうか、彼女にはもはやわからなかった。

 自分の視界を塞いでいた壁が、突然動く。彼女はそれで、自分がだれかの胸に抱きこまれていたことを理解した。先程耳もとで響いた低い声と、密着していた躰の感触、胸の厚みや背の高さから、相手が男性だったことをようやく認識する。彼女を解放して屈みこんだその男は、何気ない様子で足もとにあるものを拾い上げた。

 彼女の手から取り落とされた、買ったばかりの果物ナイフ。

 床に落ちたそれを、男は靴底で踏みつけ、咄嗟に人目から隠したようだった。


 ――だれ……?


「カバーは?」


 静かに訊かれて、彼女は茫然としたままバッグから取り出したものを差し出した。男はそれを受け取って刃先を納めると、己のズボンのポケットにしまいこんだ。それからふたたび、彼女の腕をとる。


「来なさい」


 うながされるまま、彼女はおぼつかない足取りで男とふたり、店をあとにすることとなった。

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