ムードクラッシャーの実力
そうライラスが言うと、「憤怒」と呼ばれた男はニヤリと笑う。その口からは鋭くとがった八重歯が目に入る。変に貫禄があるなぁ、などと思ってしまっていたからだろうか。それともそうでなくてもこうなっていたのだろうか?
気付いた時には、憤怒が俺の目の前にいて、俺の鳩尾を殴ってきた。
今、何が起きたんだ?
そんな事を考える暇もなく、俺は数百メートル以上ぶっ飛ばされた。
誰かが悲鳴を上げていたような気がしなくもない。
けれど、誰があげていたのかも、幻聴だったのかもわからない。
ただただ、痛かった。
「い”———————————ッ!!」
声にならない悲鳴をあげる。人間じゃなくてよかった。本当に良かった。人間の体だったらよくても悪くても死んでいただろう。言葉にならない、今までの痛みが可愛く思えるほどの痛さだった。息が出来なくなったような感覚。必死に落ち着こうとしていたが、落ち着けない。痛い。
「ルシェイメア様!」
サンドラが此方に全速力で来ているのが見える。けれど、俺の体は動かない。これは痛みではなくて恐怖。俺は憤怒に恐怖してしまっていた。一度恐怖心を抱いてしまうとなかなか消えない。だから、この時点で俺は役立たずの足手まといが決定してしまっていた。そんな事を考える余裕もなく、自分の体を抱き締めていた。
怖い。
痛い。
どうして、俺が?
何で、こうなった?
わけ、わかんねーよ。
誰か、助けて。
そう、逃げ出したかったけど。俺の悪い癖が出てきた。
「…ふ、ふふっ…これ、これって…」
「る、ルシェイメア様?どうなさったのですか?」
俺はぷるぷると震えている。恐怖ではない、これは、歓喜だ。
「きたきたきたー!!王道ファンタジー展開キタコレェエエエエ!!」
そう、俺はファンタジーなものを見ると、テンションがあがってしまうのだった。
そりゃ驚くだろう。先ほど殴って吹っ飛んで行って、確実に重症のはずの相手が、血まみれでホラーものの男が、急に立ち上がって叫び始めたのだ。そりゃ驚くなという方が無理だろう。だがしかし、俺は好奇心を抑える事ができなかった。俺はその興奮のまま気が済むまでテンションだだ上がりのまま喋り続けた。
「何今の!一瞬で消えてドゴォオン!!って!人がふっとんだぞ!?今のってあれだろ!きっと直接殴らず衝撃波でぶっとばしたとか!そうじゃなけりゃ物理の力!?どっちにしろ二次元!!ファンタジーすぎ!人街の力やべぇ!流石悪魔!憤怒とか有名すぎだろ!あぁ~もうやばい!それであれだろ!?無駄に尊大なのが傲慢だろ!?」
「ぬぅっ!?」
「そこのよだれ垂らしてる食い意地はってそうなのが暴食か!?」
「よだっ…!?」
「そのはぁはぁ言ってるいかにも変態な性欲魔っぽいのが色欲!!」
「変態!?」
「破壊活動したそうな脳筋っぽいやつは強欲だな!?」
「のうき…?」
「そこの冷静に見えるだけでそうでもない、言動に嫉妬が見える奴が嫉妬でだな!」
「冷静に見えるだけ…!?」
「そして最後に!バカみたいに強いけどたいして頭がよくなくて仲間から残念視されてる憤怒!!」
「残念枠だと!?」
「悪魔の代名詞が勢ぞろいとかテンプレ!あと悪魔の由来のままの性格とかめちゃくちゃうける!!」
そこまで言い切ると落ち着いた。周りを見ると、なんか悪魔の皆様方がorzみたいな恰好してた。何でそんなかっこうしてんのかな?そう思ってるとなんか俺の味方であるはずのライラスとかポタミアが同情するように慰めていた。テロルは「流石我が主。こうやって追い打ちをかけるなんてまさに外道。私も見習いま
す。」とか褒めているんだか貶しているんだかよくわからない言葉を述べてきた。なんなんだろう。
「く、くそ…余が、傲慢などとッ!そ、そんな訳ないじゃんかぁあああ!!」
「よだれなんてたらしてねーしぃ!?」
「変態なんて罵られたのはじめてよ…?あぁ、なんだか別の扉が開きそうだわ…」
「のーきんってなんだ、美味いのか?」
「れ、冷静に見えるだけですって…!?なんて度胸なの、妬ましい!ぱるぱるぱるぱる…」
「残念枠…ははっ、そうか、だからいつも俺に向けられる視線は暖かかったんだな…」
とか言い出した。キャラかわりすぎじゃねェ?一人は泣き出してるし一人は妬み妖怪になってるし。なんなのこれ。サンドラに視線を向けると、彼女は状況を理解していないようで首を傾げている。
おいおい、何がどーなってんだこれ。
「…ノルン・ルシェイメア・マナ!!貴様に決闘を挑む!一週間後、悪魔の迷宮にて待つ!!」
そう言って憤怒達は去っていった。何だったのかはわからないが、とりあえずは危機を逃れたみたいだ。そう思うとホッとする。と、同時に物凄い脱力する。
「ルシェイメア様。大丈夫…じゃないですね。そのままで大丈夫ですから、寝ていてください。」
「う、はぁい…」
お言葉に甘えてそのままサンドラに介抱されていると、テロルが滅茶苦茶機敏な動きで駆け寄ってきた。
「我が主、手当てをさせていただきます。回復魔法を使うより自然完治の方がより屈強になります。ですがその腹部にある怪我…というより貫通した穴は流石に部位蘇生をしないと大量出血で死ぬような思いをする目になりますよ。」
そんな真顔で淡々と恐ろしい事を言わないでほしい。怖い。あと、治療のためとはいえ躊躇なく服を捲るのはやめてほしい。寒いしサンドラが凝視してるからやめてマジ。テロルもそんなにまじまじ見ないでくれないかな??やめて!ほんとに恥ずかしい!!
「わかったよ、じゃあちょっと寝る。」
「…我が主、現実逃避をしないでくださいませ。」
「うっさいちゃうわ。ちょっとアテがあんだよ…。おやすみ…」
そういって、俺は精神世界へと意識を向けた。
サタン「なぁお前ら。俺って残念枠なのか?」
「「「「「ああ、間違いなくそうだな/ええ、間違いなくそうでしょうね。」」」」」
サタン「畜生即答かよ(泣)」
ライラス「………(苦笑)」