幼女ラミアは満腹になりたいっ!おかわり!~暑い吐息は砂糖より甘い~
我慢できなかったんです
─わかっていた、はずだった。
「ねえ、いいでしょ?」
もしも吐息に色がついたなら、彼女のそれは俺の胸元から顔までを彼女の色に染め上げる……それぐらいの距離で彼女は息を荒げている。
─彼女が幼い見た目でもれっきとしたラミアだということを!
「駄目……だ」
「ええー、なんでー? もう我慢できないよぉ……」
かろうじて口に出来た言葉も、実のところ彼女を止められているわけじゃない。本能的にか、こうしたやり取りが雰囲気を盛り上げるということを知っているがゆえに、遊んでいるのだ。上気した肌、触れる肌はしっとりと汗で湿っている。水桶を持ち上げるのも苦労するはずの細腕は俺の両腕をしっかりとベッドに押し込み、振りほどけない。太もも付近で俺の足を縛り上げているのは……彼女自身の蛇のような下半身だ。痛くない程度に、かといって締め付けを感じないほどではない絶妙な強さの拘束。
そして何よりも、赤く光る瞳が俺の自由を奪っていた。可愛らしさと美しさが同居する顔が揺れ、視界に入るその体は半裸。暑いからと脱ぎだしてしまったのをぎりぎりで止めた証拠でもある。
(見られてる限り、どうしようもないか!)
ついには言葉も出しにくくなった体。俺をベッドに組み敷いているのは幼女……ラミアのミアだ。色々とあって里を出、偶然出会った俺と世界を旅している。ただの人間の俺と違い、彼女はラミアだ。まだ幼く、力も弱いはずの彼女だが……今は俺を完全に封じ込めていた。彼女の魔法により、麻痺したような状態になっているのだ。ラミアは魔眼を使い、獲物を動けなくして持ち帰るという伝説があるがあれは半分正しい。魔眼が力を持つのではなく、ラミアは魔法を使うのに視線を使うのだ。制限がある分、見つめられた状態での魔法には抵抗が難しい。目が合っていればなおさらだ。
「アルスだって私の事そんなに見つめて……ふふっ」
普段は無邪気に、美味しいものがあれば幸せ、それを体現するような子供子供した姿のミア。けれど今は幼い体には不釣り合いな、熟練の娼婦のような淫靡な雰囲気をまとっていた。気のせいか、室内の空気までも変質している気さえする。
「アルスが悪いんだよぉ? 私に血を飲むなって言うんだから」
「あれは亀だ。人間じゃないっ。それに、人間の血を吸うのが癖になったらどうするんだ!?」
ラミアに元々吸血衝動といったものはない。ただ単に、ミアは食事で出て来た精力剤代わりになるという亀の血が気になって仕方がなかったのだ。効能を知った俺は彼女の分を奪い取るようにして飲んでしまい、怒った彼女は代わりにと俺の分の酒を飲んでしまったのだ。ここの名物だからと、果汁で割った物を多めに頼んでいたのがまずかった。止める間もなく、一気に飲み干した彼女は……見事に酔っぱらった。
慌てて宿に引っ込んだわけだが、酔っぱらった彼女は急に俺の血が飲んでみたいと言い始めたのだ。もちろん、ちょっと一口といったぐらいのつもりだろうが、もしもそうじゃなくなった時にはなんともならない。
「いいじゃーん。ちょっと、ちょこっとだけよぉ」
「そういう言葉が一番信用できないんだっ!」
抵抗を試み、なんとか説得しようとするが声も出しにくくなってきたし、何より聞く耳を持たないとはこのことだ。血を吸われるだけならまだいいが、極限状況に置かれたからか、俺の体も妙な反応になっている。今はそちらに興味を示していないが、これだけ密着していては色々とわかってしまうだろう。普段から子供扱いを気にしているミアのことだ。下手をするとそっちに興味がシフトする場合もあり得る。もしそうなったら……これからどういう顔をすればいいのかわからなくなる。
(どうする!? あっ、これだっ!)
「ミアっ! リュックの中にレアなジャムがあるんだっ」
「えっ? ほんとに!」
美味しいものに目がないミアだが、やはり女の子なのか、特に甘いものは大好物だ。飴1つでも飛び上がるほどに、ね。だからこそか、弾かれるようにして部屋に置いたままのリュックに視線が向いた。
「よいしょっ!」
「きゃぁ!」
視線が逸れる、つまりは魔法の効力も落ちるということだ。まだ痺れが残るが動けるようになった俺はミアを抱きかかえるようにして転がした。彼女が混乱しているうちに咄嗟にベッドに散らかっていたシャツで後ろ手に縛りあげた。そのまま視界を封じるべく、手ぬぐいで目隠しもしてしまうことにした。
こうでもしないと、いつまた魔法で痺れ、さらには襲われるかもしれないのだ。
「え? 何? アルスぅううう」
「ちょっと我慢してろ。酒が抜けるまで……は厳しいかもしれんが落ち着け」
ベッドの端だと落ちてしまいそうだったので、彼女を中央に移動させると俺は部屋に置いてある水瓶から妙に乾いた喉を潤すべく水をがぶ飲みに。そうするとようやく俺自身は落ち着いてきたように感じた。
「ミア、今日からお酒は禁止な……ミア?」
返事がないな、と思って顔を向けて……俺は固まった。誘惑の塊、不道徳の象徴、そんな言葉が頭に飛来する光景がそこにはあった。乱れたシーツ、脱ぎ散らかされた服たち。そんなベッドの上にミアがいる。まだ興奮冷めやらぬのか、上気した肌は赤いままで、ささやかなふくらみが起伏を作り、陰影が目に飛び込む。ぐねぐねと動く下半身がシーツをますます乱れさせていき、口元は自分ではわからないのか粘ついた唾液が糸を引き、一部はよだれのように垂れている。ごくりと、喉がなった気がした。
「怖い……ねえ、アルス。いるの? いるんだよね? ぐすっ」
涙声になった彼女の声に、はっとした。彼女は……孤独だった。里を追い出されるようにして、一人雨の町で佇んでいたミア。軒下で震えていた彼女を……俺は見捨てられなかった。だというのに、今どんな気持ちにさせている?
「ミア、ここだ。俺はここにいるぞ」
「あっ、アルスだぁ……えへへ」
リュックをひっつかみながらベッドに駆け寄り、赤ん坊のように体を縮めたミアの頬を撫でる。湿っているのは、汗か涙か。目隠しをされたままだというのに、顔がほころぶのがわかる。腕が使えない分、俺を感じようとしてるのかすりすりと頬を押し付けてくるミア。
「悪い。すぐほどく」
「待って。また襲っちゃうかも。だから……いいよ、アルスなら平気」
そんなつもりはないであろう言葉にドキッとする俺がいた。高鳴る鼓動を誤魔化すようにきょろきょろと室内を見渡し……持ってきたリュックに目が留まる。そうだ、アレだ。レアなジャムというのは嘘じゃない。砂糖の代わりにはちみつを使ったという特別製だ。
「少し離すぞ。どうだ、いい匂いだろう」
「うわぁ……甘いけど甘すぎない……匂いだけでも美味しそう」
横になったままのミアの鼻先に近づけた瓶からは確かにいい匂いがする。それに誘われてか、ミアが顔を突っ込むところだったので慌ててひっこめ、スポーンを取り出してすくいとった。
「ほら、口を開けて。今入れてやるよ」
「ほんと? やった! あーん」
ベッドに落としては後が大変、そう思ってゆっくり過ぎたのがいけなかったのかぎりぎりのところで中身がこぼれ、全部はミアの口に収まらなかった。慌ててふき取ろうとした俺だったが、それよりも早くミアが器用に顔にかかったそれをなめとる。その動きが妙に気になった俺であった。
「あはっ、美味し! ねえ、もっと!」
「わかったよ。ゆっくりな」
今、誰かが訪ねてきたら相当誤解されそうだな……そんな世間体の危機を感じながら俺はミアにジャムを食べさせていく。が、ここで予想できたはずの事態が起こる。そう、ミアが脱皮をしたくなったのだ。月の半ばを過ぎたばかりだというのにもう3回目である。俺はミア以外のラミアの脱皮具合を知らないが、だいぶ早いような気がする……。
「暴れちゃうといけないからこのままやって?」
「わかった……」
恐らく、世界広しと言えども……幼体のラミアに目隠しと拘束をして脱皮をさせるなんていうことをしたのは俺が人間で初だろうな……そんなどうでもいい感想を覚えながら、俺はやり切った。
その後、ミアに変な癖がついたかどうかはここでは語るまい。
気が付いたら宿の部屋から一歩も出てないよっ!?