アンジェネットのお話その1
ディデュモハーフェン王国は双子の国として有名です。双子の出生率は97%以上にもなるそうです。そんな国の約2%程をしめる三つ子として僕達は生まれたのです。この国での三つ子は珍しく尚且つ吉兆であるとして敬われて来ました。そんな僕達は可愛がられそして畏怖の対処でもありました。過去三つ子の機嫌を損ねた女が無残に嬲り殺された事がありました。表沙汰にはなっていませんが、彼女の死は裏で手を引いていた彼らの仕業であった事は察しがつきます。そんな三つ子でしたので僕等はさし当たって不満も不平もなく緩やかな怠惰の中日々ただ暇を潰すことに明け暮れて過ごしていました。と言うのも僕等はまだ教育を施される前。まぁある程度の礼儀作法は貴族の子息として教育されますがそれが終わってしまえば年が7つになるまでは自由に過ごす事が許されます。そんな堕落的な日々を良くも悪くも壊したのは婚約者の存在でした。
「ファブレッテル公爵家より皆様の婚約者として参りました。アンジェネットです。以後お見知りおきを。」
優雅な所作で最敬礼をした彼女はひとりだった。と言うのもファブレッテル子爵家は凶兆を産み落としてしまったのだ。あの、無残に嬲り殺された女は双子に生まれ無かった。それ以来双子に生まれてこなかった人間は凶兆として恨まれている。だが、目の前の彼女はファブレッテル公爵家の人々に甘やかされて育っている。両親の血を顕著に受け継いだその麗しい容姿はもし彼女が凶兆では無かったらと嘆く声が多々聞こえた。否凶兆でも構わないと声にする家も多い。
「俺はカインシュバルツ」「私はカノンシュバルツ」「僕はカレンシュバルツだよ」
「「「よろしくね。」」」
大人達の安易な想像は手に取るように分かった。吉兆である三つ子と凶兆である彼女。4人を混ぜこぜにして相殺を測ろうって事だろう。凶兆である彼女は三つ子によってタダの人間に三つ子を差し出した我が家は身分の低い男爵家。僕らを出汁に公爵家の甘い蜜を啜ろうって魂胆だろう。
「よ…よろしくお願いします。」
少しはにかんだ様にわらった彼女は凶兆である事を忘れさせるくらいに愛らしかった。
それから数年後母が死んだ。母と呼ぶことさえ忌々しかった。僕等を産んだことで天狗になって遊び回っている様な女だったから父親の違う兄弟は多かった。子供達は今頃、父親側の家に引き取られ可愛がられているだろうが。あの女は僕等を愛してはくれなかった。吉兆を愛していた。『貴方達は私の誇りなのよ。』それが女の口癖だった。父は政略結婚だったからだろうかあの女が僕らを生むと家にさえ寄り付かなくなった。今頃は王宮で仕事に明け暮れているだろう。父は家族より仕事を愛しているだ。
「あの…カイン様、カノン様、カレン様…この度はお悔やみ申し上げます…」
悲痛そうな表情が愛らしかった。全く血の繋がりは無いのに母の死を惜しんでいたのは彼女1人だった。そして、僕等を吉兆様だとか、三つ子様皆様方と呼ばないのも彼女1人だ。
「死んでせいせいしている。」「あの人は私達の事を愛してはいませんでしたからね。」「僕等もあのひとを愛してはいないしね。」
そんな事を口々に言う僕らを彼女は泣きそうな目で見ていた。
「では、私がカイン様とカノン様とカレン様の母となり皆様を愛しましょう!だから、そんな悲しい事は言わないで下さい。」
そんなおかしな宣言をしてからか彼女は頻繁に我が家に訪れた。僕等が悪戯をすると僕等を叱り、僕等が先生に褒められたという話をすると彼女は自分のことの様に喜んでくれた。そんな与えられた事の無い愛情を与えてくれる彼女に溺れていくのも時間の問題だった。
「カイン様、カノン様、カレン様!!御入学おめでとうございますわ!!早く、私も皆様方と同じ学舎で学びとうございます…」
僕等は7つになり全寮制の学園に入った。と言うのも日々僕らの為に頑張るアンジェが歳を追うごとに…否日を追うごとに可愛らしく愛らしくなっていくのが分かるのだ。貴族の子女、子息という者はどうも年と中身が合わないらしく段々と彼女を性的な目で見る様になり出した僕等自身に焦っていたのだ。彼女を無理に襲わない、彼女が上層教育機関に入るまでは手を出さない抜けがけはしないと約束はしたがいつ破られるか分からない。僕等は僕等は彼女から逃げたのだ。ここは子息のみが通われる事を許されている学校。言わば男子校だ。上層教育部になれば婚約者を探す意味も込めて共学になるが。
そんな学校に行ったのが良くなかった。出来るだけ彼女の傍にいるべきだったと後悔したのは彼女が下層教育学部から男女共に学ぶ学園に入学してしまってから数ヶ月たった日だ。招かれた茶会に行く為に全寮制のその学校から離れた家に帰った時の事だ。
「いっ…辞めて下さい殿下!!私は凶兆ですのよ!?あなた様方に近づくことも許されない私に何の御用ですの!?」
彼女は見目麗しい黒髪の双子に羽交い締めにされていた。
「なんの御用って言われても…興味を持ってるのはノアンの方だし…ごめんね。」
「んふふ…こわい?ごめんねアンジェたん。でも私、アンジェたんを手に入れないと腑に落ちないのよねぇ。」
彼女の顔は段々と青ざめていっている。見るに耐えなくなってそっと近づいた。
「俺たちの婚約者にようか?」「これはこれはこの国の王族ともあろう御二方が婚約者のいる人間にご執心ですか?」「僕等今すっごく機嫌が悪いんだよねぇ〜気持ち悪い女装男は宮殿に帰って下さーい。」
ぱっと彼らが彼女を手放したのを見計らってカインが彼女を抱き上げた。僕等は悔しかったけど1番腕っ節も強く日々騎士になる為に鍛錬を怠らないカインに叶う訳もなく彼女を抱き上げる事は諦めた。