エーリアルのお話その1
「貴方が私の婚約者ですの?」
ふわふわと長い白金色の髪にねこのように釣り上がった青いひとみ。コロコロと笑う様な声。かんぺきでひじょうなぼくよりも五つほど年上のこんやくしゃさま…
「あっ…ぼくはファリュムール・ウェルカーディンです。」
こうだいなめんせきを持つウェルカーディン男しゃく領だがとちのたいはんは山でしめられている。そんな領を守る為に人質よろしくブラッドストウ侯爵家に入婿としてぼくはささげものにされたのだ。
「私はエーリアル・ブラッドストウですわ。宜しくね。」
ふんわりとほほえんだ彼女の顔は気の抜けたねこのようだった。
木にのぼった時だった。こんやくしゃさまに止められたのは。
「ファル!そんな事をしてはなりませんっ!!」
とっさにとびおりた。バレてしまったらまずいから。おりたところが悪かったのだ…こんやくしゃさまをけりとばしてしまった。三日三晩熱をだして寝込み続けたこんやくしゃさまに寝ずに付き添う。別にぼくが寝ずに付き添う必要は無かったが、無理を言って付き添わせて貰った。
「うぅーうっ…」
うめき声をあげてこんやくしゃさまは目を覚ました。それと同時に飛び上がって逃げ出した。
「ファリュムール!?辞めっ…」
驚いて目を丸くしてこんやくしゃさまをじっとみつめた。
そんな事が会ってからもう、十年近く立った。5歳だった僕ももう15になり学園に通いはじめた。先日から高等教育機関で学び始めた挙動不審な婚約者様を見つけてそっと近づいて見る。もう、吐息が触れそうなまでに近づいているのにも関わらず気が付かない。
「エール様。他の男に目移りですか…?赦しませんよ?」
フッと耳に息を吹きかけるとひにゃあああと間の抜けた叫び声をあげた。猫のようで可愛い。
「ちがっ、違うのッ!!私はずっとずっと前からファル一筋なの!!」
本当に僕の婚約者様は可愛い。僕がまだ結婚できない年齢だから婚約者だけど、結婚出来るようになったらすぐにでも結婚しよう。彼女が逃げ出せないように。ふと、彼女が眺めていた方に目をやると見目麗しい黒髪の男が見えた。この国の王子ともあろう人間がなぜこんな所にひとりでいる。
「シェル?…なぜ、このような場所に?」
「あっ…ああっ…ファリュか…いやここに来いと呼出されて…」
そんな時だった甘ったるい叫び声が聞こえてきたのは。その物体は吐き気をもよおす様な甘ったるい嫌な香りを振り撒いてレクシェル殿下に突進してきた。とっさに彼を庇い物体を受け止める。
あちゃぁーと婚約者様が声を漏らした。僕は突進してきた物体を抱きしめる形で止まってしまった。こんな所を誰かに見られでもすれば誤解は避けられないので急いで物体を引き剥がす。
「あっあの…ありがとうございます。デリッツァー男爵家のディナアグルと申します…」
「僕はファリュムール・ウェルカーディンです。」
ニッコリと微笑むと男爵令嬢は赤く頬を染めた。可愛くない。
「俺はレクシェル・ルベルブル・ヴィルイユだ。」
「ウェ…うぇる?かーでぃん様とぶ…ヴァ…ヴァルイユ様ですか…?」
彼女は舌っ足らずで呼びにくそうだった。
「こいつはファリュムールで問題ないお前と階級に大差はない。」
「シェル?これでも僕は侯爵家の入婿ですよ?既に婚約者のいる男性の名前を呼ぶ事を許すような事言わないでください。」
第1名前を呼ぶ事を許したいのはエール様だけだ。
「ファリュムール様です「こっ…このぉ…阿婆擦れおんにゃああっああっ!!」!?」
羞恥心により顔を真っ赤に染め上げたエール様が飛び出してきた。咄嗟のことに頭が追いつかない。そして、彼女がたじたじだった事に気が付き可愛くて仕方が無いという感情が僕の胸を満たした。
「ひぇっ…」
男爵令嬢の瞳に涙が浮かぶ。
「エール様?」
「うにゅぅ…わっ、私は悪くないのよっ!!」
目に見えて嫉妬した素振りを見せる彼女が愛おしくなり抱きしめたひにゃあああっんと可愛らしい声をあげるが見逃してあげない。
「悪いエール様は御義父上に報告しましょうか?」
そう言うと明らかに顔色を悪くした彼女が更に愛おしくなった。
その日を境に僕は男爵令嬢に付き纏われていた。その事をエール様に相談すると嬉嬉として飛びだして行ったのでついて行ってみると案の定男爵令嬢と向き合っていた。
「こにょお!!ファルが優しいからって付きまとわないでくれるぅ!?あっ…あばじゅ…阿婆擦れおんにゃ…女あぁ…」
たじたじでカミカミだ…目の前の男爵令嬢はわらいを必死に堪えていた。侯爵令嬢の失態を笑えないからだろう。
「エール様大丈夫ですよ。貴女の大切なファリュムール様の事は好いておりませんわ。私が好いているのはベリオス様ですの。」
ベリオス?どうして僕の従兄弟の事を彼女が知っているのだろうか?彼は確かに男爵家の血を引くが母が商家の人間だから素朴な感じの少年だ。確かに様々な人と明るく交流を持ち物怖じしない性格だから男女共に彼への評価は高い。明確に好いてないと言われたからか、僕の従兄弟に近付くために僕を利用されたことに怒ったのか火がついたのか彼女は男爵令嬢を捲し立てた。
「ファルのどこが気に入らないの!?可愛らしいでしょ?でも、あの容姿で騎士科だし、あれでもトップクラスの成績なのよ?それに、彼の家田舎だけどとてもいい所よ?それに、性格はイイし、あたまも良いわ。それに、彼は一途よ?あの、腰の抜けそうになる甘い声で囁かせて見れば天下一品!!それに、殿下も彼を慕っているわ。彼の血統が良くない事は理解してるけど、私の婚約云々を抜きで公爵家もしくは侯爵家、伯爵家に養子にしたいって家も多いのよ?」
すっと男爵令嬢が彼女に近づき耳元でそっと囁いたのを見逃さなかった。耳を澄ましてみると途切れ途切れに『彼』『ヤンデレ』とだけ辛うじて聞き取れた。ヤンデレとは何のことなのだろうか?ヤンデレと言う言葉を聞いたとたんにサッとエール様の顔色が悪くなった事からあまり良くない事なのだろう。
「やっ…ヤンデレも愛嬌の内じゃない…」
「ヤンデレは前世でコリゴリよ。」
颯爽と去っていく男爵令嬢の方が格が上の人間の様に思えた。