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なあ、こんな光景を見たことはないかい?いつもの風呂場、隅と排水溝にはカビが生えている。いつだったか婆さんが買ってきた缶に入った入浴剤があって、その上には入浴剤の固まった粉が積もっている。風呂場の勝手口から声がする。気になって開けてみるといつものコンクリートブロックの塀じゃなく、きらきら光を反射する芝生の生えた小山があって、今まで見たこともないほど優しい日差しの太陽があって、僕と同じ年頃の少年や少女達が笑顔で走り回っている……
なあ、こんな光景を見たことはないかい?いつもの煙草屋の角を曲がると映画館がある。そこにあるウォータースライダーみたいな穴に入って滑り落ちると薄暗いバーがある。とびきりうまいモヒートが飲めて、顎から落ちる汗が木で出来たカウンターに小さな染みを作る程度には暑いが、天井で回る扇風機とモヒートに入ったハッカがよく効いてむしろ気分はいい。三杯飲んで店を出るとそこは異国の市場だ。世界中の煙草を売る店、パッケージを見るとさまざまな色がある。その角を曲がると見たこともない映画を上映するコロセウムみたいな形の映画館、手書きの大きな看板があって、タイトルが乱暴な毛筆みたいなフォントでかかれている。少し進むと、道を挟んで左手ではパンを売り、右手ではそのパンを作っている。パン屋の隣では中東系の人が肉を串に刺し火で炙っている。その人は僕に気付き顔をあげる。ウェルカム……
ここは学校の食堂だ。あの人がいる。人がたくさん歩いているが、あの人以外の人はあまりに早く動いていてよく見えない。あの人は下を向いている。あの人は記憶よりもずっと老けて見える。あの人は僕に気付きゆっくりと顔をあげる。あの人は僕に何かを話そうとゆっくりと口をあける。
今、僕はどこに向かっているのかはわからない。世界は、ぐにゃぐにゃに溶け合っている。しかし、どこかにたどり着くなら、そういう場所だろう。