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終電が走り去った駅の改札口から僕は出る。息を吐くとそれは白い色を帯びて、もやみたいになって消えていった。
駅前にある馴染みのコンビニでウィスキーの大瓶、ラッキーストライクのソフト。本当はキャメル・ライトが良かった。そして、輪ゴムを買う。いつもありがとうございます……お決まりの台詞。
コンビニから家に向かう間、色々な事を考える。
少し前、精神科でカウンセリングを受けた。カウンセリングというのは、苦手だ。自分の言いたくない事を言わなければならないし、そのせいで頭が痛くなり、酷い苛立ちに襲われる。
今日はどうされました?ー母と同じ気違いになる事が恐いんです。
学生時代、友達は居ましたか? ーはい。
楽しかった思い出はありますか? ーいいえ。
苛められていた事はありますか?ーはい。
それを恨んでいますか?ーいいえ。
そういうたわいもない、治療行為に見えなくもないようないくつかの質問を終えた後、医者はこう言った。
あなたは自分がどんな人だと思うの?
ーわかりません。
なんと言えば正解だったのだろうか?こうか?僕の頭の中には頭が矢印で出来たイワシの群れみたいなヤツメウナギがたくさんいてそいつらが泳ぎ出すと怒りだとか後悔だとか恋だとか肉欲だとか、何だって獲物を見つけて食らいつくそうとするんです。そういう風に本当の事を言えば良かったのだろうか?僕は苛立ちを隠せずしきりに椅子を揺すっていた。何でもいいから、薬が欲しかった。
採血の時には僕は外交官に任せることにした。外交官の僕は採血のお姉さんにこう言った。ヤニ臭いコートでごめんね、ところで僕は注射が本当に恐いので目を隠していてもいいですか?と大袈裟に目を右手で隠し顔を剃らすと採血のお姉さんは笑った。
アダルトチルドレン、躁鬱。それが僕の病気だった。
だから何だ?僕が病気だったら、誰かに好かれるのか?初めて生きていたいと思った娘は僕の方に来てくれるのか?病気の名前になんて、話になんて、何も興味がなかった。病気が僕をどこかにもっていくぶん、僕も薬で僕をどこかへ持っていきたかっただけだ。
その帰り、東急ハンズに寄った。注射器を買った。これまで色々な事があった、しかし、その、どの一つも、楽しい思い出では、あり得なかった。
家に帰るとケイがふすまの向こうでいびきをたてていた。俺は靴も脱がず、水溶ニコチンリキッドと、ピアスをあける時使うニードルを取った。外にいこうと思った。しかし、一人は寂しかった。エレキギター・ムスタングをケースに積めて背負い、そっと家を出た。
家からでてすぐ近くに、蛇口の取り外された水のみ場がある。そこは三方を腰ぐらいまでの高さがある壁にしきられている。人もめったに来ないし、遠くからだと目にもつきにくい。僕は枯葉を払い、そこに腰を下ろしてあぐらをかいた。
ニコチンの致死量は1kgに対して1ml。僕の注射器は10mlまでしか入らない。
僕の体重はちょうど60kgで、6回は注射しなければならない。"素人"の手で。
シックス・ショット。まるで勝ちのないロシアンルーレットだ。
束ねた輪ゴムを二の腕に巻くと血痕が浮き出て、それはどくどくリズムをたて波打っていた。僕はひとまず一本、打ってみることにした。