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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第2話 鍛冶師見習いの少女
8/213

1.ヒーローの一日の始まり

 竜堂海人の起床時間は早い。

 運動系の部活に所属していて朝練に参加する訳でもないのだが、海人は毎朝六時に起きる。

 朝早くから何をしているのかというと、体力作りである。

 人助けの際に力仕事を買って出たり、時には悪漢と対峙をする事もあるからで、その為に身体を鍛えているのであった。

 筋トレメニューをこなし、ジョギングで町内を回り、その最中にまた人助けをして……と、朝っぱらから忙しいのである。

 今日も今日とて朝早くから……とはいかず、本日の海人は目覚まし時計を止めて二度寝をしていた。

 昨日の一件。不思議な力を得て襲撃者から少女を守ったのだが、その力を行使した事による弊害で、海人は深い眠りに落ちているようであった。


「……ト……さん、……あ……です……」


 寝起きが悪い方ではない筈だが、今日の海人は直ぐに目覚める気配が無く、起こしに来た者が呼びかけてもムニャムニャと寝言で返していた。

 軽く肩を揺すられるが、その程度では起きない。けれどもこれ以上力を籠めるのはどうかと考え躊躇う者に対して、海人はとんでもない行動をとったのだった。


「アーシャちゃん、起きないのなら引っ叩いても良いのよ――――って……!?」


 朝食の準備をしていた真帆は、何か手伝えないかと申し出てきたアレイシヤにまだ起きてこない海人を起こすように頼んだ。

 それから数十分後。支度も終え、食べ始めてもよい時点で二人はまだ居間に居らず、アレイシヤが手を拱いているのだろうと思い当たった真帆は肩を竦めつつ海人の部屋へと向かったのだが、そこで彼女は衝撃的な光景を目の当たりにした。


「あ、あの……っ、これはその――――」


 スヤスヤと気持ち良さげに眠る海人。そして彼に掴まってしまい抱き枕のように抱きしめられて身動きが取れずにいたアレイシヤ。

 誰が悪いかなど問わずとも真帆には分かっている。無言の彼女は力尽くでアレイシヤを解放すると目が一瞬で覚めるような一発を海人の頬に叩き込んだ。






 相も変わらず真帆が作る料理は絶品である。アレイシヤの口にも合うようで、昨晩に引き続いて絶賛をし、真帆は照れつつも大したことは無いと謙遜している。

 朝から美味しい朝食を味わえることはささやかな幸福であって、海人も改めて有難く思うのだが、未だ頬にジンジンと残る痛みによってじっくりと味わえずにいた。


「アーシャちゃん、お代わりはいる?」

「そ、そんな! 厄介になっている身分ですので、そこまでして頂かなくとも……っ」

「スープもパンもまだまだあるから遠慮しなくていいのよ。余ったら勿体ないし」

「……そ、それでは、お言葉に甘えさせて――――」

「あ、ついでに俺にもお代わりを――――」

「お爺さん、お代わりは要りませんか?」

「うむ。スープを半分ほど頼む」

「分かりました」

「おーい。真帆、俺の分は――――」


 一応朝食は用意されていたが、先の一件以来真帆は海人を居ない者のように扱い無視し続けている。

 アレイシヤに抱き着いてしまったのは寝惚けていたからだと、意図してやった訳では無いと海人は弁明するが、真帆はまったく聞く耳を持たない。

 何故ここまで真帆が腹を立てているのかを海人は理解していないようで、取り敢えず謝った事も更に彼女を怒らせてしまったようである。

 それでもギスギスとした空気が漂う食卓に戸惑っているのはアレイシヤ唯一人で、竜堂家ではさして珍しい光景でもない為、真帆と重蔵は黙々と食し、海人も諦めたようで自分でお代わりを用意していた。


「それじゃ、俺達は学校があるから、帰ったら話をヨロシクな」

「は、はい……」


 何時もならば海人と真帆は時間が合わず別々に登校しているのだが、今日はこうして朝食も共にしているので通学も一緒となる。

 登校するにはまだ余裕があるようだが、海人のいつもの癖(人助け)によって遅刻しないようにする為に早めに出るようだ。

 学校が終わるまでアレイシヤは竜堂家に留まるようで、海人達が帰宅次第話を進める事となった。

 海人達に手を振るアレイシヤ。彼女にとって海人は恩人でもあり、今の所唯一信頼できる相手であって、僅かな間であっても離れ離れになるのは不安なのだろう。閉まった扉をしばらく見つめており、ゆっくりと名残惜しそうに手を下した。

 海人と真帆が居なくなった竜堂家は静かなもので、居間の柱に掛けられていた振り子時計の音だけが響いており、静寂な空間を作り出している。

 玄関から戻って来たアレイシヤと重蔵はテーブルに向かい合って腰を下ろし、重蔵はアレイシヤに茶を出しつつ話を切り出した。


「さて、嬢ちゃん」

「は、はい」

「話を聞かせてくれるかな」

「え……? お話はカイトさんたちが帰宅してからでは――――」

「お前さんはこちら側の者ではなく、あちら側から来たんじゃろう?」

「……!! ……それは――――」

「それから、人探しをしているらしいと海人から聞いたが、そいつの名は――――」


 重蔵が挙げた名に対し、アレイシヤは大きく目を見開いて深く頷く。そして彼女は自身の事情を明かし始めた。






 真帆の監視があったせいか、その日海人はホームルームが始まる前に教室に辿りついた。

 この時間に海人が現れるのは珍しい事らしく、クラスメイトは口々に今日は雪が降るかもしれないなどと言い、驚いた様子である。

 海人が席に辿り着く前に声を掛けてきたのは猿渡達で、彼らはニヤニヤとしながら冷やかしの言葉を掛けてきた。


「お二人さん、同伴出勤か?」

「猿渡君。誰がキャバ嬢だって?」

「ああスマンスマン。夫婦で出席でしたね――――って、待て待て! 暴力反対……っ!」


 机から取り出した辞書を振りかぶる真帆と慌てて大柄な犬飼の背中に身を隠す猿渡。多少騒々しいやり取りは何時もの事で、その様子を見たクラスメイトは笑いつつヤジを飛ばしていた。

 怯えて平謝りをするならば最初から余計な口を出さなければ良いのにと、逃げ回る猿渡の姿を横目に席に着く海人。彼の元へは訝しげにしている雉岡が近づき、問い掛けた。


「何にせよ、こうして君がホームルーム前に登校してくるのはいつ以来でしょうか」

「そんな大げさな。そんなに毎日遅刻している訳じゃないぞ」

「私の記憶が正しければ……、今月はホームルームまでに間に合った日は今日が初めてですね」

「……よく憶えているな」


 雉岡の記憶力に呆れる海人だが、このクラスのほぼ全員が知っている事であり、海人は遅刻の常習犯であった。

 呆れるのはこちらだと、溜息を吐く雉岡だが、彼は眼鏡をクイと持ち上げた後、じっと海人を見つめて更に問いかける。


「何かありましたか?」

「は……?」

「何かこう……、浮かない顔をしているので気掛かりがあるのかと」

「……!」


 周りには三馬鹿トリオと呼ばれている犬飼、猿渡、雉岡。

 犬飼と猿渡は毎回赤点で補習常連だとして、雉岡は成績上位で海人よりも頭が良く、真帆と肩を並べる位である。

 猿渡達と一緒くたにされるのは趣味趣向のせいであって、頭は良く些細な事にも気が付く方で、こうして海人が僅かに見せた思い悩む表情に気付き声を掛けた訳である。


「……いや別に。何でもないよ」

「そう……、ですか」


 海人の気掛かりはアレイシヤの事で、今頃どうしているかと考えていた。

 昨日あった事。アレイシヤとの出会いや、巨漢の剣士との対峙は話した所で信じて貰えないだろうと、逆にこっちの頭がおかしくなってしまったと心配をされかねないので話せない。

 隠し事をしているようで心苦しくもあるが、それが最善の選択であった。

 海人が雉岡への返答を濁している一方、真帆は猿渡を教室の隅に追いやり謝罪を求めている。

 絶体絶命のピンチかと思われたがそこに割って入るのは桃子で、彼女は真帆を宥めつつも癇に触るような発言をし、更に怒らせてしまった。

 より一層騒がしくなった教室は担任教師が入ってきた事により静まるものの、担任教師がこの場に居る海人の姿に酷く驚き、皆はどっと笑い再び教室内は騒がしくなった。






 午前中の授業を終えた海人達は食堂へ。いつもの面子で席に着き、海人は本日の日替わり鶏南蛮定食を味わっていた。

 皆もそれぞれ注文したものや弁当に手を付けていたのだが、ハッと思い出したかのように猿渡が顔を上げ、海人に問い掛けてきた。


「そういや海人。昨日の会長の話って何だったんだ?」

「あー……、それはだな――――」


 昨日はいろんな事があって、今ではすっかり忘れていたが、海人は窮地に立たされているのである。

 思い出した途端がっくりと肩を下げた海人は皆へと事情を明かすが、「ドンマイ」などと軽く慰められるだけで、手を差し伸べてくれる者は居なかった。

 唯一、打開策を出してくれたのは桃子で、けれどもそれは受け入れ難いものである。


「俺が沢乃屋のバイトに?」

「そう。って言ってもそれは表向きにで、実際はしなくてもいいんだけれどね」


 沢乃屋は桃子の父と母が切り盛りしている寿司屋で、桃子は帰宅した後手伝いをしている。

 アルバイトをしているならばしつこい部活勧誘は無いだろうが、そうなると桃子の両親にも話を合わせて貰わなければならなく、迷惑を掛けてしまう。それ以前にそもそも嘘を吐くなど、ヒーローを目指している海人には出来ないのであった。


「その気持ちは嬉しいけど、やっぱり嘘はつけないな」

「そっか……。そうだよね」


 それでこそ海人らしいと納得する桃子。その瞳はうっとりとしているようでいて、向かい側に座っていた猿渡達から恨みがましい視線が突き刺さり、左隣に座る真帆からは冷ややかな眼差しを向けられた。

 ただでさえ廃部の危機に頭を痛めているのに、海人を中心として繰り広げられる視殺戦にせっかくの昼食が台無しだと気落ちしていたが、食堂の入り口でどよめきが起き、海人は現実から逃れるようそちらへと視線を移す。

 食堂に現れた者。そこだけ空気が違う様な、背後に花でも咲かせているような女生徒。

 生徒会長である玲緒奈は相も変わらず皆の羨望の眼差しを受け、それらを全く気に留めることなく歩いている。

 皆がその姿に見惚れているようであるが、海人は一人だけ居た堪れないような、身を隠すように俯いて気付かれないように徹していた。

 今現在部活動の件で玲緒奈を悩ませているからで、それは致し方ない行動である。

 生徒会長と言えども他の生徒と変わりはない。食堂で昼食をとっていても問題はない。けれどもあまり彼女の事を食堂で見かけることは無い。

 普段は教室か生徒会室でお昼を済ませているかと思われたが、何故だか今日は食堂で、食券を購入し、日替わり定食が乗せられたトレーを手に席に着いた。そしてその席は猿渡達の後ろのテーブルで、海人の姿が良く見える場所であった。


「……っ!?」


 普通に食事をしているようだが、時折刺さる視線。隣に座る剣崎に睨まれるのはもう慣れているが、玲緒奈から見つめられるのは何時まで経っても慣れはせず、落ち着かない。

 玲緒奈の妙な様子に気付いたのは海人だけでなく猿渡達もで、どういう事かと小声で問い掛けて来るも、海人は首を横に振るだけであった。

 

「あの~会長さん。うちの海人に何か用件で?」

「な……っ、猿渡!?」


 度胸があるのか唯の馬鹿なのか。猿渡は恐れもせず会長に話しかけた。

 表向きでは余計な事をと慌てる海人だが、内心よくぞ聞いてくれたと思っていたりもしており、周りの皆と共に息を呑む海人は静かに玲緒奈の返答を待つが、彼女の代わりに答えたのは剣崎であった。


「私達が食堂で昼食をとっていて何か問題でもあるのか?」

「いや、別に問題は無いっスけど、さっきから何か言いたげに見えるもんで……」

「気のせいだ」


 鋭い眼光を向けられ、きっぱりと言い切られてしまえば猿渡でも言い返せないようで、彼は渋々とだが納得し、海人達へと向き直った。


「お前、命知らずだな……」

「気になるモンはしょうがないだろ? ……にしてもあの剣崎って腰巾着はウザってェのな」

「バカ! 聞こえるだろう!」


 食堂内がざわつき始めたのを機にボソボソと愚痴る猿渡。それに対して海人は滅多な事を言うなと窘めつつ玲緒奈の様子を窺うが、そこでまた目が合ってしまい慌てて視線を外す。

 また何かしでかしてしまったのか。己の行いを振り返るものの、海人には見当がつかない。

唯一思いつくのは部活存続の件で、それは猶予を貰いまだ結果を出さなくてはいけない期日でもない。

 結局、玲緒奈は言葉を発することは無く、昼食を終えて食堂を出て行った。

 真帆達は海人が何かしたのだろうと決めつけており、謝った方が良かったのではとも言われたが、心当たりがないのに謝るのは良くないだろうと、結局海人から声を掛ける事も無く昼休憩は終わってしまった。




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