4.不審者現る
先行きが不安になり、落ち込んでいたとしても、海人は助けを呼ぶ声を無視できない。
下校時、少女の悲鳴を聞きつけて駆けつけたのは今朝方にも訪れた公園。そこで目にしたものに海人は驚きを隠せずにいる。
暫しの間固まり、この状況を整理できずにいた海人だが、彼が現れた事により、声を上げる者達が居た。
「あ、海人兄ちゃん」
「お前達……!?」
公園の真ん中でうずくまっていたのは蒼い全身鎧を身に纏い、大きなリュックサックを背負った不審者で、その者と対峙していたのは近所の男子小学生達で、海人もよく知る子ども達であった。
不審者から子ども達を守るよう、海人はすかさず前に出て警戒するが、どうにも様子がおかしい。
蒼い鎧の者はガタガタと震えており、身を守るようにうずくまっている。その一方で海人の背中に隠れている子ども達の手には石ころやら木の棒が握られており、その中に女の子の姿は無かった。
「……まさか、さっきの声は――――」
「ふぇぇ……、石を投げないで下さいぃぃ……っ、棒で殴らないで下さいぃぃ……っ」
先程の、鈴を鳴らしたかのような可愛らしい声は蒼い鎧から発せられている。
信じ難い所だが、先程助けを呼んだのはこの鎧を身に纏った者で、彼女?を追い詰めていたのは海人が今庇おうとしていた子ども達のようであった。
「お前達、いくら怪しい格好だからって石を投げることは無いだろう」
「えー……。見るからに怪しいじゃん」
「確かにそうだが、こういう時はまず大人に知らせに行くように。手を出すなんてもってのほかだ」
子ども達に向き直った海人は石を投げた事を咎め、危険な真似はしないようにと注意するが、彼らは素直に聞き入れず、口先だけでハイハイと返事をしていた。
危機感の全くない様子に困り果てる海人。どう説明すれば分かってもらえるかと頭を悩ませていた所、一人の少年が問いかけた。
「……海人兄ちゃん、もしかしてこの人、海人兄ちゃんのお仲間?」
「はぁ? そんな訳あるか。俺だって初対面だっての」
「だって、似たような格好しているよ」
「似たような?! 俺のはヒーロースーツであって、この鎧とは全然――――って、お、俺の格好がなんだって……?」
海人がヒーローに扮して人助けをしているのは子ども達でも知っている。今ここに居る子達も大なり小なり海人に助けて貰っており、正体もバレているのだが、海人は正体を隠そうと必死でいて、前言撤回を、ヒーローの事など知らないと言い張る。
慌てふためいていた海人だが、彼の背後からカシャカシャと、金属音が聞こえた途端、彼は話を彼女?へ振った。
「そうだ! アンタが妙な格好をしているからややこしい事になっているんだぞ」
「えぇ?! 私、ですか……!?」
「アンタ以外に誰が居るんだよ……。取り敢えず、その鎧を脱いで……――――いや、兜だけでも取ったらどうだ?」
「この兜を……」
フルフェイスの兜は竜の頭を模したような形でいて、厳つい。一方で胴体部分はデザイン性よりも機能性を重視したかのようであって、傍から見ても防御力に優れていそうである。
それらを全て脱げというのは下にどんなものを身に付けているのか分からない以上、強要は出来ない。下手をすればこちらがセクハラで訴えられかねないと思い海人は兜だけと譲歩した訳だが、少女?は困ったようにオロオロとしていた。
「あの……っ、この鎧は一体型であって、兜だけ脱ぐことは出来ないんですけど……」
「なんでそんな物を……」
「それは話せば長くなるのですが……」
訳も無しにこんな格好はしないだろうと言わずとも分かる。
海人は話を聞こうと構えるが、少女?は言葉を濁し、説明を避けて鎧について話を戻した。
「えっと、別に鎧を脱いでも良いですけど、その……――――」
今現在ここに居るのは海人と子ども達で、全員男性であり、視線が気になるのは当然である。ならば脱ぐ場所をと、案内しようとするも、少女?は首を横へ振り、少々言い辛そうに、おどおどとした様子で確認を取った。
「……もう石を投げたりしないですか?」
「……あ、ああ、大丈夫だ。俺がそんな事はさせないから安心してくれ」
「分かりました……!」
未だ怯えているようでいて、それでも助けに入った海人の事は多少信用しているようで。ホッと安堵したかのように息を吐いた彼女を海人は公園内のトイレまで案内した。
「直ぐに済みますので」
「いやまぁ急ぐ必要は無いからな」
見るからに脱ぎにくそうな鎧。脱ぐのに時間が掛かってしまう事を考慮し、海人は先程の子ども達の誤解、自身がビクトリーレッドであることを否定しようとするも、子ども達に向き直りかけた瞬間に背後で眩い光が発せられた。
「……っ!? 今のは――――」
爆発でも起きたのかと身構えるも、そのような音は辺りに響かなかった。
驚きつつも興味本位で近づこうとする子ども達をその場に留まらせ、中に踏み入って何が起きたのかを確かめようとするが、中からひょっこり現れた少女と鉢合わせになり、海人はぶつかる寸前で歩みを止める。
「さ、さっきの光は――――」
「お待たせしました」
「は……?」
「これで不審者扱いはされませんよね?」
「え、まさか――――」
聞き違いはまずあり得ない可愛らしい声。そしてその声に相応しい姿。今、海人の目の前に居る少女は先程の蒼い鎧を身に纏った姿とはかけ離れた様子である。
シンプルな白いブラウスに赤色のリボンタイ。茶色いカボチャパンツと白いハイソックス。動きやすさを重視しているようだが、可愛らしさもあり、少女によく似合っている。
服装も目を引くところだが何よりも海人達の目を釘付けにさせたのは彼女の容姿であった。
「あ、あのぅ……、私の顔に何か付いていますか?」
「い、いや、別に……」
「そう、ですか……」
真っ白な肌。両サイドを三つ編みにし、それらを後ろでお団子に纏め上げた銀髪。瞳は大きく、美しいエメラルドグリーンの翠眼でいて、その容姿はフランス人形のようであった。
現実離れした姿に驚かされたのは海人だけでなく、彼の後ろに居た子ども達も見惚れているようで、中には素直に「可愛い」と呟いて思いを口にしてしまう者も居る。異性に対して素直でない年頃の男の子たちがそうなるのは珍しく、それほどまでに愛らしい姿であるようだ。
ぼうっとした目で見つめられることに首を傾げる少女。海人達は何でもないと誤魔化し、少女は不審に思いつつも再度確認を取った。
「これでもう大丈夫ですよね?」
「あ、ああ……」
「それでは、失礼します」
そう言って頭を下げ、この場を離れようとする少女。彼女は女子トイレに入る前に海人の傍へ置いていった大きな荷物を背負おうとするが、ピタリと固まり動かなくなった。…正確に言うと動かなくなったというよりは動けなくなったようで、荷物を持ち上げようとしても持ちあがらないのであった。
「どうしたんだ? さっきは軽々と背負っていただろう?」
「そ、それは……」
小柄で華奢な少女よりも遥かに大きな荷物。先程は難なく背負っていた為、中身は軽いものかと思われたが、どうも違うらしい。少女は肩紐部分をぎゅっと握って持ち上げようとするも、荷物はビクともせず、地面から離れない。
流石に訝しがる海人だが、少女は何でもない風を装う。
鎧を脱いで姿を露わにした事により、彼女は疑惑を晴らせたはずだが、またもや挙動不審な行動をとってしまい、疑いの眼差しを向けられてしまっていたのだが、子ども達の内の一人が声を上げた。
「海人兄ちゃん。何時ものアレはしないの?」
「ん……? アレってのは……」
「ほら、おばあさんとかの荷物を持ってあげているじゃん」
「ああ、それはそうだが……」
人助けとして荷物持ちはよくやっている。けれども少女は先程まで楽々と荷物を背負っており、お年寄りに手を差し伸べるのとは訳が違う。その辺を上手く説明するのも難しく、ふと少女の顔を覗き込むと不安そうな眼差しであって…。
「何だかよく分からないが、こいつらがした事は悪かったからな」
色々と思う所はあるが深い事情があるようで。一先ず子ども達に先程の石を投げた件を謝罪させ、そして詫びとして自分が荷物を少女の自宅まで運ぶと申し出た。
「いえ、先程のは、私も怪しい恰好をしていた訳ですし……」
「だってさ。それじゃ、海人兄ちゃん、後はヨロシク~」
「ちゃんとエスコートしなきゃダメだよ」
「エスコートって……。お前ら意味わかって言ってんのか?」
気が付けば夕日は沈みかけ、薄っすらと月が浮かんでいる。街灯が点き始める時間でいて、子ども達には門限の時間でもあった。
少女の事を海人に任せて各々自宅に帰って行く子ども達。残された海人は大きな荷物を背負いながら少女に尋ねた。
「それで、自宅は何処なんだ?送って行くよ」
「……家は――――」
少女は言葉を途切れさせて俯いた。
大きな荷物に家に帰れない事情。それらからようやく海人は少女の置かれている状況に気付いた訳だが、それはそれで厄介であった。
家出少女。些細な事が切っ掛けで喧嘩に発展し、家から飛び出すという事もあるが、自分の身を守る為に逃げ出さなくてはならなかったという例もある。
少女の外見に痣などの傷は無いようだが、見えない場所にあるかもしれない。先程の、石を子ども達に投げられた時の怯えようは普通ではなかった。
ますますもって後者の線が濃くなったわけだが、どちらにせよ幼い少女といつまでも一緒に居る訳にはいかない。下手をすれば海人が誘拐犯にされかねない。
「なんか深い事情がありそうだが、俺には話せないか?」
「それは……」
「まぁ、出会って間もない奴の言葉なんか信用ならないよな」
「い、いえ……」
「何にせよ、このままここに居ても埒が明かない。警察にでも行くか……」
「あの……!」
意を決したようにまっすぐと見つめてくる少女。まだ迷いがあるようで、それを押し込めるように胸の前でぎゅっと拳を握っている。
このままではいけないと思っているのは少女も同じようで、彼女はようやく自分が何故ここに居るのかを明かした。
「……人を探しているんです」
「人探しか……。この近所なのか?」
「はい……。――――多分……」
「多分って……。それで、名前は?」
「名前は――――」
少女が名を告げようとした瞬間、ゴゴゴと地鳴りのような音が辺りに響き、声がかき消されてしまった。
咄嗟に海人は辺りを見回して警戒するが、夕暮れの公園には何一つ変化など無い。空に舞うカラスが鳴いており、時折通る車のエンジン音が響くだけであって、異変などない筈なのだが、異様な音は確かに聞こえた。
「今の音は……」
「……」
「……まさか」
頬を赤く染め、両手でお腹を押さえる少女。
地鳴りのような音は目の前の少女から発せられたもので、それに気づいた海人はまさかと驚くが、少女がすみませんと小さく呟いた瞬間、ぷっと噴出して笑ってしまった。
「な、何も笑うことは無いじゃないですか……っ!」
「あ、ああ、ゴメンゴメン。いや、だけど今の音は流石に……」
「むむ……っ。……もう良いです!」
頬を膨らませた少女は背を向けて歩き出す。怒り心頭のようであるが、彼女は怒りのあまり大事な物を忘れているようで、海人は慌てて呼び止めた。
「ま、待てって。俺が悪かった……! それから、荷物が……」
「…………もう笑わないですか? 今の事は忘れてくれますか?」
「勿論。もう笑ったりしないし、聞かなかった事にする」
「……そうですか」
荷物がある以上戻らざるを得ないのだが、少女はまだ笑われた事を根に持っているようでジトッとした目線を向けてくる。
流石に笑ったのはマズかったと反省した海人。彼は微妙になってしまった空気を変えようと提案をした。
「取り敢えず腹ごなしをしてから本題に入るか」
「え……?」
「俺も腹が減ってきたし、さっき笑った詫びもするからさ」
「それは……」
「何か奢るよ。って言っても何でもは奢れないからな」
「……いいんですか?」
さっきの不機嫌さは何処へやら。一瞬にして顔を綻ばせる少女だが、すぐさま元の表情に。今度はここまで優しくされるのは怪しいと、警戒の眼差しを向けてきた。
「ど、どうしてそこまで……?」
「困っている人を放っては置けないからな」
「……そう、ですか」
真っ直ぐな瞳でハッキリと告げた海人。不思議と彼の言葉が決して口先だけでないと信じられたようで、少女は頷き彼に付いて行くことを決めた。
海人と少女が向かったのは公園から一番近くにあるコンビニであった。
本当はファミレスなどが良いかとも思われたが、距離がある事。それと海人の懐事情にも原因があり、コンビニで何かを買う事となったのである。
今現在、店の前で少女は足元に荷物を置き、海人が店から出てくるのを待っていた。
少女が何故一人で待っているのかというと、彼女の大きな荷物が原因である。
コンビニの店内は決して広くはない。そんな中でこの荷物を背負い、店内を回るのは迷惑であって、致し方なく海人は少女を外で待たせていたのであった。
「本当に、この世界は違うのね……」
行き交う人や車をぼんやりと見つめていた少女はポツリと呟いた。
遊び終えて自宅へと帰る子ども達。夕食の買い物を済ませた母親。それらは海人にとっては日常の光景であるが、少女にとっては非日常であるようで…。
まだ全てを受け入れられない少女はこんな所で迷っていてはダメだと自分に言い聞かせ、目の前の現実をしっかりと見つめる。
「ねぇおかーさん」
「なぁに?」
「あれ、なに?」
「あれ……?」
少女の耳に届いたのは買い物帰りの親子の会話。
先程まではしゃいでいた子どもが空を見上げて指を指し何事かと母親に尋ね、母親は子どもが指示した方を見て驚き目を見開く。
「あれは……っ」
少女も親子と同じように驚き目を見開いたが、彼女はソレが何であるかすぐに分かり、そして駈け出した。