3.生徒会からの通告
放課後。何時もならば誰よりも早く荷物を纏めて一度帰宅し、それから街へと繰り出してビクトリーレッドとしてパトロールを開始する所だが、今日に限って海人は重い足取りで、トボトボと自宅までの道を歩いていた。
通学路には商店街もあり、馴染みの店主から心配されて声を掛けられるが、何とか絞り出したような返答と懸命に作った笑顔を返してばかりでいて、すぐさまぼうっとした虚ろな眼差しへと戻り、フラフラと歩き出す。
「海人の奴、どうしちまったのかねぇ」
「さぁ……。海人ちゃんが元気ないなんて、天変地異の前触れかもしれないわね」
「おお、違いねぇな」
こんな事は滅多に無いと、珍しがる商店街の面々は顔を見合わせて首を傾げるが、若者に悩みが無いなどありはしないだろうと言った町内会長のお爺さんの言葉に皆は納得し、呼び止めて深く追求することは無かった。
「はぁ……」
商店街の皆に見送られて再び帰路につく海人。歩く度に漏れるのは深い溜息。状況が変わる訳でもないと分かってはいても止められはせず、何度も溜息が漏れてしまう。
「……俺はこの先どうすれば良いのか」
ポツリと呟いた海人は先程の、放課後に呼び出された生徒会室での出来事を思い返していた。
何時ものように朝からヒーローに扮して人助けをして、一限目にギリギリ間に合い、真帆と桃子の言い争いに巻き込まれていた海人。彼は昼食時に生徒会長である姫条玲緒奈から声を掛けられ、放課後に生徒会室に来るようにと呼び出された。
美しさだけでなく、知性も兼ね備え、それらを鼻にかける事も無い完璧な玲緒奈。
彼女から声を掛けられるだけでも恐れ多く、呼び出しなどあり得ないと、信じられないという気持ちが強かったのだが、皆の前での約束であり、嘘という事は無い。
話とは良い事なのか悪い事なのか…。午後の授業はそんな事を考えていて上の空でいて、あっという間に放課後となってしまった。
「それじゃ、頑張れよ!」
「お、おう……」
恥ずかしい話であるが一人で生徒会室に向かう事を臆していた海人。猿渡達が興味本位で付いて来るかと思いきや、彼らは早々に自分達の部活(漫研)へ、結果はメールしてくれと言い、軽く励まして去って行った。
薄情な奴らに思えるが、普段の海人を知っている彼らは今の心境を察せる筈もない。
年上だろうと何だろうと臆せず意見を述べ、間違った事は指摘している海人がこの程度でビビる訳が無いだろうと、そう考えるのが当然である。
真帆と桃子に関しても、あれほど話の内容について予測を立てていたが付き添わず、真帆は風紀委員の仕事へ、桃子は家業の手伝いとやらで帰ってしまった。
「……ここか」
少しばかり重い足取りで向かった先。校舎三階の一番突き当りの一室。
そこは他の教室と変わらない扉であるが、何故か威圧感を感じる扉で、来るもの拒まずという雰囲気は一切なく、逆に許された者のみが通れる特別な入口のようにも感じられる。
「し、失礼します……!」
深呼吸をして、幾分か心を落ち着かせたのち、ドアを開く海人。生徒会室内には既に玲緒奈と剣崎が居て、二人は手元の書類に目を通していたようだが海人が現れた事により顔を上げた。
「……入室前にノックをするという作法すらままならないとはな」
「……! す、すみません……っ!」
やれやれと呆れ返って肩を竦める剣崎。彼はやはり海人の事を快く思っていないようで、昼間の時と同じように態度と視線が冷たい。
これから話す事に影響があっては困ると、海人は慌てて非礼を詫びるが、玲緒奈は首を軽く横に振り、気にすることは無いという。
「ここは面接会場でもないのだから、そこまで畏まる必要は無いわ」
「そ、そうですか……」
「でも、普段からそういう習慣を身に着けておいた方が良いかもしれないわね」
「そ、そうっスね……」
尚も睨み付けてくる剣崎とは違い、玲緒奈は気分を害した様子もなく、物腰も柔らかい。
気は抜けないが一先ず大丈夫だろうと、なるべく剣崎とは目を合わせないようにしながら何故呼び出されたのか、海人は問いかけた。
「竜堂君。貴方は特撮研究部に所属していて、部長を務めているのよね」
「は、はい……。そう、ですけど……」
「それで、特撮研究部の副部長は?」
「…………居ません」
「……そうよね。もう少しで五月になるのだけれど、新入部員は?」
「……今の所は――――」
「今の所は?」
「…………居ません」
徐々に下がる視線と小さくなる声。何時もは真っ直ぐに、話す時はキチンと相手に向き合い、ハッキリとした声で返事をする海人だが、今では目線を逸らし、声量は弱くなりつつある。
この時点で海人は何の為に呼ばれたのか理解したようで、更にそれが都合の悪い事であると気付いて、今ではどうすればこの窮地を乗り切れるか考えるのに精いっぱいであった。
「定めていた期限は今月末となっているのだけれど、まさか忘れてはいないわよね」
「は、はい……っ」
「もし、無理なようなら漫画研究部との統合を私から掛け合ってみましょうか?」
「それは……! だ、大丈夫です」
「そう……」
玲緒奈からの話とは、海人の所属する部活動の件であった。
現在、海人は特撮研究部という部活に所属し、部長を務めているのだが、この部には今現在部員がたった一人、海人しか所属していないのであった。
昨年までは三年生が居り、なんとか部活動としての体を保っていたのだが、卒業に伴い、現在は海人唯一人となっているのである。
部の存続の件については海人が一年の時、三年生が退部した際に話が出ていたのだが、頼み込んで新入生が部活動を決める期間、四月いっぱいまでにどうにかすると話を付けていた。
先程答えた通り、今現在新入部員は一人も入部していない。そして海人は今の今までその事を忘れていた訳だが、そこは否定した。無理に頼み込んだのを忘れていたなど口が裂けても言えずにいたのだが、彼が否定する際の挙動不審さに玲緒奈や剣崎が気付いていない筈がなかった。
「それじゃ、今月末までに入部届の提出をよろしくね」
「…………はい」
優しさなのか、憐れみなのか。玲緒奈は海人を責めることは無く話を終わらせる。
頭を下げ、生徒会室を出た海人は扉を閉めて溜息を一つ。これからどうするべきかを考えながら歩き始めた途端、背後から扉を開く音が。振り返るとそこには冷え切った眼差しの剣崎が佇んでいた。
「お前。何故わざわざ会長が昼休憩にお前の所まで行って放課後呼び出したかが分かるか?」
「……え?」
「お前は放課後一目散に帰宅するだろう?」
「それは……」
それは町内の平和を守る為にパトロールをしているからだ、と言いたかった海人だが、侮蔑の眼差しを向けてきて、言葉尻に怒気を含んだ剣崎の様子に気圧され、釈明は出来なかった。
「昼食時に話をしなかった意味も分かるか?」
「……」
「話を大事にすれば新入部員が寄り付かなくなるという配慮だ」
生徒会から目をつけられている部活になど入りたいと思う者は居ない。その上、海人が所属する部活が無くなるとなれば一部の者が喜び、その者達によって余計に部員集めが難しくなる…という訳であった。
「それとお前の場合、お得意の人助けで人望や恩があるかもしれんが、そんな気持ちで部活に籍だけ置かれても困るからな」
剣崎のいう事は尤もであり、ぐうの音も出ない。
視線を落とし押し黙る海人に対してさらに追い打ちをかけるように、剣崎は辛辣な言葉をぶつける。
「お前は人助けをして満足かも知れんが、もっと周りをよく見たらどうだ? ……誰かに迷惑を掛けているような奴が人助けなど、笑えんな」
「……っ」
「……これ以上、会長に手を掛けさせないでくれ」
吐き捨てるように言った剣崎は海人の返事も聞かぬまま生徒会室に戻って行った。
海人が通う高校では部活動が盛んで、運動系は全国大会に出場し、文化系もコンクールで入賞など、毎年優秀な成績を修めている。
強制ではないのだが、半ば強制みたいなもので、桃子のように家業の手伝いをしている者や真帆のように委員会に属している者以外は何かしらの部活に入っていた。
部活に所属しなくともヒーローとしての活動は出来る。しかし部活に属していないと厄介な事が二つほどあった。
一つは海人がヒーローとして登場する際に着用している手作りのスーツ。これは昨年まで所属していた先輩達とデザインしたもので、製作は手芸部に頼み込んで作って貰った思い出の品である。
そのスーツは日常的に酷使しているせいか、所々補修もしており、無論それには材料費が掛かるのであった。
「……自分の小遣いから削るしかないか」
アルバイトをするという手もあるが、その分時間は割かれ、ヒーローとしての活動時間が減ってしまい、本末転倒となる。
金銭面は身銭を切れば何とかなりそうだが、もう一つの問題が厄介であった。
「……去年の今頃みたいになるのは勘弁して欲しいな」
運動神経だけは抜群な海人。その力は人助けにおいて大いに役に立っているのだが、優れている事が厄介事を招きもした。
昨年の四月。海人がまだ高校に入学したての頃。彼は高校に入学してもヒーロー活動を続けようと考え、部活動は所属しないでいようとしていたのだが、彼の元にはそれを良しとしない者達が押し寄せた。
その者達は運動系の部員達で、彼らは何処からか海人の評判を聞きつけたらしく、是非その能力を自分達の部で生かして欲しいと連日勧誘を、入部を迫ったのである。
昼休憩や放課後だけでなく、授業と授業の合間の時間までも声を掛けられる生活。期待され、頼りにされるのは嬉しい所であり、どうにか皆の役に立ちたいとは思うが、やはり海人には使命があって、ヒーロー活動を止める訳にはいかない。両立も出来ない事も無いが、何処か一つの部活に所属してしまうと他の部には申し訳ないと、心苦しくもある。
その後、何とか特撮研究部に入部することが出来て勧誘も止まったが、それまでは非常に気の抜けない生活であった。
「……何にせよ、どうにかしないとな」
またしつこい勧誘が始まると思うとうんざりするが、海人は先程の剣崎に言われた言葉を思い出して肩を落とした。
感謝をされたくて、チヤホヤされたくてヒーローになりたい訳では無い。困っている人が居ると見過ごせないタチでもあるが、海人には何よりも譲れない想いがあった。
己の信念を貫き、これまで多くの人を助けたつもりであったが、その想いのせいで迷惑を被る者が。剣崎は玲緒奈に手を掛けさせるなといったが、思い返せば玲緒奈だけでなく、多くの者に気遣わせてしまっている。
「真帆にも、何時も心配をかけているしな……」
口煩く感じてもいたが、海人が無茶をやらかすせいで真帆は気を揉んでいる訳であって、彼女は悪くなどない。
「……自粛すべきか……。いや、だがしかし、俺には――――」
これからどうすべきか。もう一度己に問い掛け、今の自分に至る切っ掛けとなった出来事を思い起こしかけた矢先、海人の耳へと叫び声が、少女の悲鳴が聞こえた。
「……悩んでいる暇はない!」
気が付けば身体は悲鳴の聞こえてきた方へ。
また誰かに迷惑を、心配を掛けさせるかもしれない。それでも海人は困った人を放っておくなど出来はしなかった。
「や、止めて下さい……っ!」
少女の叫び声が聞こえてきたのは今朝方にも訪れた公園。
嫌がる少女に無理やり言い寄る男達。そんな場面を思い浮かべながら駆け付けた海人。繁華街では時折遭遇する場面でいて、こんなのどかな公園で何故という疑問もあるが、今の海人にはそんな事を考える余裕もない。
早く助けなければという気持ちが逸り、少女の声に交じって聞こえていた声は現場に到着するまで耳に届かなかった。
「そこまでだ――――って、何だ……っ!?」
助けを求める声は鈴を鳴らす様な可憐な声であって、その声に似つかわしい可愛らしい少女が居るであろうと…。そう少しばかり期待していなかった訳でもないが、その場に居た者は海人の想像の斜め上をいっていた。
「…………鎧? …………え、ちょ、これって、コスプレ?」
公園の真ん中でうずくまって身を守っていたのは、蒼い鎧を身に纏った少女?であった。