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英雄と鍛冶師(仮)  作者: 葉月はつか
第1話 ご当地ヒーロー、ビクトリーレッド!
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2.幼馴染と愉快なクラスメイト

 暗く、明かりが灯されていない地下通路。ひんやりと肌寒く感じる場所であるが、長い通路をひた走る者は寧ろ暑さを感じているくらいで、身体の熱は下がらなかった。それは走り続けているのも原因であるが、何よりもの理由はその者が追われているからであった。

 石畳を走るのは蒼い鎧と兜を全身に身に纏った者で、その者は自身よりも大きな荷物を背負いながら駆け抜け、やがて扉の前に辿り着く。

 見るからに重そうな扉には紋様が刻まれており、その前で蒼い鎧の者は迷う事なく手を翳して呪文を唱える。すると重い扉の紋様は光を放ち、轟音を立てて左右に開いた。


「待て! その先は……っ」


 追ってきた者達は白銀の、装飾が施された鎧を纏う者で、その鎧には竜の紋章が入っている。彼らが手にしている武器も装飾が施されているなど、威力よりも見栄えを重視しているようであって、その身なりから位の高い者に仕える兵士のようであった。

 兵士達の静止の声を振り切り蒼い鎧の者が進む先。そこには祭壇があり、そこで逃亡者は荷物から拳くらいの大きさの結晶を取り出し、紋様の刻まれた床へと叩きつける。


「貴様! それは――――」


 先程の、扉が開いた時とは比べ物にならない位の轟音と揺れ。それは追跡者の足元を掬い、祭壇に光を灯す。蒼い鎧の者はその光に飲み込まれるように姿を消し去った。

 眩い光はやがて収束し、祭壇は元の通りに。兵士達は辺りを確認するが追っていた者の姿は消え失せており、取り逃がしてしまった事実に愕然とする。

 この事態をどう報告すべきなのか、兵士達は互いに顔を見合わせていたが、彼らに近付く足音が聞こえた事から、今度は責任の所在を互いに押し付けるような目で見合わせていた。


「彼奴めは……、逃げたか……」

「も、申し訳ありません……っ、ベルント宰相閣下」

「いや、まぁよい。たかだか一人でどうなる訳でもあるまい」


 兵士達が慌てて佇まいを直してかしづいた相手。それはよく肥えた初老の男で、彼は立派に蓄えた髭を擦りながら兵を引き上げさせた。

 取り逃がしてしまった事を憂う訳でもなく、兵を叱責する訳でもなく、捨て置けばよいと言い放った宰相。兵士達は安堵の溜息を漏らしそうになるが、宰相の不敵な笑みに気づいた者は背筋を凍らす思いをした。






 どうにかこうにか、一限目の授業には間に合ったビクトリーレッド、もとい竜堂海人。教師から遅刻を咎められるかと思いきや、横峰が学校に連絡を入れてくれたらしく、軽い注意で済んだ。

 一限目が終わり、次の授業まで机に突っ伏して気を抜こうとしていた所、彼の元へ三人の男子生徒が寄って来た。


「よう海人! 朝っぱらからご苦労だったな」

「おう」

「もはや君が何をしようと驚く事が無くなりつつあるのが恐ろしい所です」

「そんな大げさな……」

「何より、無事で良かった」

「心配かけてすまないな」


 人懐っこい笑みを浮かべて気さくに話しかけてきた者。三人のうち一番小柄でツンツンとした短髪の彼は猿渡二郎。やれやれと肩を竦めつつも決して非難する訳では無い者。身長は海人よりも高く、細身で眼鏡を掛けたのは雉岡三邦。とにかく海人が無事であった事を喜ぶ者。どしっと構えた大柄な彼は犬飼一といい、彼ら三人はクラスメイトであり、海人の友人でもあった。

 海人が人助けで無茶をして遅刻するなどは日常茶飯事であって、特に深く聞き出すことは無く会話は別の話題へと移りつつあった。けれどもそれを良しとしない者が一人。不機嫌そうな足音を鳴らしながら近づいて来た。


「ちょっと海人、あなたまた遅刻して……っ!」

「ああ、真帆か……」


 腕を組み、キッと睨み付けてくる少女。眼鏡を掛け、長い黒髪を一つに纏め、制服をキッチリと規定通りに、スカートの丈を短くすることは無く、まさに校則通りの格好でいる彼女は占部真帆といい、海人の自宅のお隣に住む幼馴染であった。

 見た目通りに性格も真面目でいて、正義感は強い方なのだが、海人とはどうにも馬が合わないらしく、これまたいつものように、授業と授業の間の短い時間でも説教を始める。

 何時もならばハイハイと、次から気を付けるなどと言い、説教を終わらせようとする海人だが、今日は違う。今朝の人助けは犯罪を未然に防いだのであって、流石に責められる謂れは無い。


「先生も言っていただろう、今日は菊代さんが詐欺に引っかかっていたのを――――」

「そういった事は警察に任せればいいの。学生の本分は学業であって、人助けの為とはいえ遅刻をするなんて――――」


 相も変わらず真帆は海人の弁明を聞き入れない。猿渡達もフォローしようとするが、鋭い眼光に臆して海人の後ろに隠れるように身を引く。

 言い返した所で二倍にも三倍にもなって返ってくる小言に海人達が辟易とし掛けた所、助け船が現れた。


「か~いと君。真帆ちゃんは海人君の事を心配しているから、だからここまでクドクドと言っているんだよ」

「も、桃子!何を言って――――」


 ニコニコと笑みを浮かべた女生徒、聖沢桃子。ふんわりとした茶色く長い髪、ニットのセーターはゆったりとしているがその豊満な胸元は隠しきれておらず、裾から少しだけ見えるスカートと黒いハイソックスとの間から覗く太ももは白くて眩しい。

 スレンダーでキッチリとした真帆とは真逆の桃子。彼女はクスクスと笑いながら真帆に対して指摘をする。


「真帆ちゃん、顔が赤くなっているのは図星って事じゃないの?」

「そ、そんな事は……っ!」


 慌てて両頬を両手で押さえて熱を冷まそうと、その赤みを隠そうとする真帆。今更遅く、彼女の態度から周囲には悟られ放題なのだが、素直に認めようとはしない。彼女に唯一救いがあるとすれば、海人だけはその気持ちを察していない事であった。

 心配をしているのは渋々肯定したが、それは幼馴染だからであって、他意はないのだと苦し紛れに主張する。それが余計に彼女の心の内を晒しているのだが、当人は平常心を保てていない為に気付かない。

 涼やかな顔をしている桃子。対して顔を真っ赤にして喚く真帆。桃子が真帆をからかってそれが一方的な言い合いになるのはよくある事で、クラスメイトはまたやっていると呆れ顔であって関わろうとしない。猿渡達はというと、彼らは真帆の気迫に怖れ、桃子の色香にはホの字のようで割って入ろうとはせずに、寧ろ桃子を持ち上げるようにしていて真帆に睨まれて萎縮する。

 誰もが手を付けられないと諦めていたが、唯一一人だけいがみ合いは良くないと、仲裁を買って出る。それは渦中の人でもある海人であった。


「聖沢、あんまり真帆を煽るような真似は止せよ。真帆も、聖沢は面白がってからかっているだけだからあんまムキになるな――――」

「海人は黙ってて!」「海人君は黙っていてくれる?」

「……はい」


 鋭い目つきで睨む真帆。にっこりと微笑んでいるが背後に黒いオーラを纏う桃子。こうなってしまえば手の施しようがないと、海人は早々に諦めて項垂れた。これが昼休憩中でなくて良かったと、自分に言い聞かせて。

 海人の予想通り、二人の言い争いは次の授業の担当教員が訪れてチャイムが鳴った所で収まった。






 昼休憩。退屈な授業からも解放され、真帆と桃子の言い争いにも巻き込まれる事なくどうにか学食まで辿り着いた海人と猿渡達。

 朝っぱらから動き回り、腹は五月蠅く鳴りっぱなしの状態。海人が頼むのはガッツリとしたもので、無論大盛である。

 体育系部員と同じくらいの量の昼食。大盛カツカレー温玉乗せを手にして席に着く海人。スプーンを手に早速頂こうとするも、彼の両隣にトレーと弁当が音を立てて置かれ、手が止まった。


「ここ、良いわよね?」


 現れたのは真帆と桃子。海人の右隣には猿渡が座っていたのだが、サッと桃子に席を譲り、桃子は当然とばかりに海人の隣を陣取る。勝ち誇ったようにほくそ笑む彼女に対し、真帆は取り繕ったような笑みを浮かべ、すぐさま海人の左隣に座っていた他のクラスの男子生徒に交渉を持ちかけようとした。


「あの、席を……」

「ど、どうぞ!!」

「え? あ、ありがとう……」


 素早い動きで席を譲る男子生徒。面倒事にはかかわりたくないと、彼は脱兎の如くトレーを持って逃げてしまう。

 飯時くらいは解放されたいと、なるべく目立たないような端の方を選んだにも拘らず、二人はやって来て席に着き、海人を挟んで睨み合いながら昼食をとる。

 向かいの席には猿渡達が桃子と同席で昼食がとれる事を喜んでいるようで、ニヤニヤとした笑みを浮かべていて気味が悪いが、これも今日に限った事ではない。それどころか毎日このようなやり取りを懲りもせずに繰り返している。

 また今日もせっかくの御馳走が台無しだと、顔を引きつらせながらスプーンで温玉を潰すが、一口を口に運ぶ前に待ったが掛かった。


「海人……、野菜が無いじゃない」

「は……? 野菜なら人参や玉葱、じゃが芋が……」

「緑の野菜よ」

「……」


 昼食のメニューにケチをつけてきたのは真帆である。彼女の昼食は手作りの弁当で、見れば彩もバランスも良いおかずが詰め込まれている。

 料理が得意で、時折竜堂家にお裾分けを持ってくるだけもあって、相変わらず美味しそうに見える真帆の弁当。海人の視線を感じた彼女はやれやれといった風に弁当を寄せた。


「……好きなのを食べても良いわよ。但し、緑の野菜限定でね」

「おう、それじゃ遠慮なく、ありがとな――――」


 一つだけと、インゲンのベーコン巻に手を伸ばそうとした所、がしっと手を掴まれて止められる。


「海人君、カレーの付いたスプーンはダメよ」

「あ、ああ。そうだな」

「はい、あーん」

「なっ! 何をして……っ!!」


 海人の代わりに手を伸ばしたのは桃子で、彼女は真帆の弁当からインゲンのベーコン巻を取り上げて海人に箸を向ける。

 桃子の言う通り、カレーが付いたスプーンで人の弁当に触れるのは良くない。それでも学食には多くの者が居て、猿渡達が羨望と憎しみがこもった目で見つめてきていて、そんな中で桃子から食べさせてもらうのは躊躇してしまう。

 どうしたものかとたじろぐ海人に迫る桃子。身をのけぞらせてまで避けていたが、桃子の持つ箸からインゲンのベーコン巻は海人の口に入る前に消えてしまった。


「な! 何するのよ!」

「これは私の弁当なのよ! た、食べさせるなら私の箸で……」

「そう言って真帆ちゃん、海人君と間接キスしたいんでしょ?」

「ななな何を言って……っ! そんな訳ないわ!」

「あ~やしい~!」


 真帆が食いついたお蔭で桃子から食べさせて貰う事は回避できたが、事態は更に面倒な方へと転ぶ。

 本日二度目の喧嘩が始まるが、やはりこれも日常的風景であって、止める者は居ない。罵声…ではなく、チクリチクリと嫌味を言いあう争い。そんなものが左右の耳に入ってくればせっかくの昼飯も台無しなのだが、海人は黙ってかきこむ事しか出来ない。彼に出来るのは早々に空腹を満たしてこの場から逃げる事であった…かに思われた。


「……竜堂海人君?」

「……はい? ――――って、はい!!」


 多くの生徒が昼食をとり、ざわついていた学食。それはある一人の人物の登場によって水を打つように静まり返る。

 周りから羨望の眼差しを向けられた者。海人の元へと近づき声を掛けたのは上級生であって、この学校、藍ヶ浜高校の生徒会長、姫条玲緒奈であった。

 スラッとしたモデル体型でいて、長い髪は美しい赤毛で、容姿も整っているだけでなく、玲緒奈は成績も優秀で、運動神経も抜群でいて、尚且つそれらをひけらかす様な事も無く、誰にでも優しく、しかし規律を守らない者には容赦しないなど、まさに完璧な、男女問わず憧れの的である。

 言い争い続けていた真帆と桃子も黙る程に、気軽に話しかけられるような相手ではない、所謂高嶺の花から声を掛けられた海人は当然のように驚き、声を裏返らせながら応える。

 静まり返った場に響く間抜けな声。続いて慌てて起立したが為に海人が座っていた椅子が大きな音をさせて倒れ、場は更にピリッとした空気に包まれた。


「全く、席くらい静かに立てないものなのか……」

「剣崎君、彼は悪くないわ。私が突然話しかけて驚かせてしまったからよね、ごめんなさい」

「い、いいえ!会長は何一つ悪くありません!!」


 謝られるなど恐れ多いと、椅子を直しつつ頭を下げる海人。そんな彼に対して侮蔑の眼差しを向けてくる男子学生。彼は剣崎悠馬といい、生徒会副会長である。

 常に玲緒奈の傍らに居て、彼女をサポートする剣崎。彼もまた玲緒奈と同様に文武両道でいて、容姿も整っている。玲緒奈との違いがある所といえば、彼の場合は女生徒に人気が高く、男子生徒には嫌われていた。皆の憧れの的である玲緒奈の傍に常に居る事から恨まれるのも当然だが、彼の場合は隣に居ても相応しいだけの実力を持っており、表立って非難する者は居なかった。


「食事中、お邪魔して申し訳ないわね」

「い、いえ……。あの、自分に何か用ですか?」

「ええ。貴方にお話があるのだけれど、放課後に生徒会室に来てくれないかしら?」


 玲緒奈の言葉にこれまで沈黙を保ってきた周囲がざわつき出す。

 わざわざ話があると、ここでは話せない用件なのかと、憶測が飛び交いひそひそ声が聞こえるが、剣崎がひと睨みすると再び場は静まり返った。


「……わ、分かりました」

「それじゃ、放課後に」


 海人自身も信じられないと驚いていたが、何とか頷いて返答をする。すると玲緒奈はフッと微笑み、そして踵を返して学食を去って行った。

 茫然とする海人の瞳に映るのは玲緒奈の後ろ姿。揺れる長い髪は美しく、その姿に見惚れかけていたが、振り返った剣崎に睨まれて我に返る。

 それから幾ばくもせず、玲緒奈の姿が無くなると学食内は再び騒がしくなる。特に海人の周りは騒がしく、これはどういう事だと詰め寄る者達も居た。


「……はぁ。ついに来たわね」


 ため息混じりに言ったのは真帆であった。

 当人も全く身に覚えのない呼び出し。真帆はよくない事であると断言した。


「いくら人助けとはいえ、こうも毎日遅刻となると黙ってはいられない筈よ」

「……つまりはお叱りの呼び出しだと……」

「そうね。ま、これを機に人助けは程々にして――――」

「そうかしら?」


 打ちひしがれつつあった海人だが、真帆の意見に異議を唱える者が。それは桃子であって、彼女は案ずることは無いと海人に言い聞かせた。


「今日のは犯罪を未然に防いだのよ。もしかすると表彰されるんじゃない?」

「……表彰」

「もしくはこれまでの功績を鑑みて、生徒会の一員として勧誘されるとか」

「俺が……生徒会の一員に!?」


 凛として佇む生徒会長の隣に立つ自分。それは海人にとって容易に想像できないもので、そうなれたらと…、彼女を守れるならばと思いもするが、やはり手の届かない存在のような気がしていて、それはあり得ないと桃子の言葉を否定した。


「……第一、俺にはこの町の困っている人を助けるという使命があるからな。生徒会に入るとなると、今まで通りの活動が……」

「え~……、誘いがあっても断るの? あの会長直々のお願いでも?」

「……そ、それは……」


 誰かを頼るよりも頼られることの多い玲緒奈。そのような彼女から頼られるのは喜ばしい事なのだが、信念を貫きたい気持ちも強く、海人は葛藤する。

 能天気で楽観的な桃子と彼女に乗せられてあり得ない展開を想像して思い悩む海人。二人の姿を横目に真帆は深い溜息を吐いて昼食を再開した。




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