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死にたがりと海

作者: あいみあ

あんまり救われない話です


 荒々しい岩肌の向こうに見える青い青い、それでいてすべてを飲み込んでしまいそうな黒い海。

 物騒な見出しの下に掲げられたその写真は流し読みしていた僕の心を一瞬で掴んだ。


 一目惚れとはこういうものなのか。


 初めての感情に僕は即決した。ここで死のう。海だからやはり入水自殺か。

 僕はまるで幼い子供が旅行を楽しみにするように胸を弾ませているが、行くところは自殺の名所で、死にに行く。普通の人に理解はされないだろう。でも、人生最後の思い出だ。楽しくはないだろうけど満足して終わりたい。

 明日決行。金は一万もあれば十分着くはず。夜よりかは明るい内が良いな。そうだ、始発でいこう。

 そんな杜撰な計画を頭の中で組み立てて布団に入る。

 側に置かれたアナログ時計はきれいな直角で九時を指している。最後の夜だから起きていようかとも思ったし、寝つけるのかもわからなかったが目を閉じれば案外あっさりと夢の世界に旅立てられた。



 やがて朝。とても清々しい。珍しくすっきり起きられて時計を見ればまだ四時。太陽は顔を出していない。

 高揚する気持ちを抑えて引き出しから無駄に分厚い封筒を取り出すと福沢諭吉を一枚抜き取った。 

 見慣れた真顔の彼が今日は僕をあざ笑っているように見える。そんな彼を見たくなくて隠すように小さく畳んでポケットに突っ込む。

 最後の晩餐、もとい朝食だからと豪華なものでも食べてやろうかと思ったけど冷蔵庫に相応のものはない。仕方がないからパンを焼いてハムと目玉焼きを乗せて、某アニメ映画のようにはおいしそうには見えないが腹を満たすのには十分だ。

 名残なんて無い。僕はとっとと家を出た。


 駅に着く。まだ朝っぱらだというのに駅員さんはいつもの格好でピシッと立っている。時折あくびを堪えては目に涙を浮かべながら。ごくろーさんです。心の中で敬礼しておく。

 やってきた電車は目論見通り始発。乗り込むが僕以外誰もいない。せっかくだからと長椅子の真ん中を堂々と陣取ってみる。

 ガタンガタンと揺れる音だけの響く空間。揺られているのは僕だけ。王様を名乗るには少しみすぼらしい格好だけど、それでもここは僕の天下だ。電車は僕だけを運んでいく。

 やがて朝食を食べて無いようなひょろりとしたサラリーマンが乗ってきた。そんな訳で早々と僕の天下は終わってしまう。彼は僕をちらりとみると離れたシートの端に座る。

 ずっとずっと揺らされたまま。最初のサラリーマンはもうどこにいるのか、はたまたすでに降りたのかわからないほどににぎわう車内。皆はここに元統治者がいるなんて知らないでパーソナルスペースを守っている。もちろんそんな馬鹿げたことを考えているのは僕だけ。

 にぎわう車内が落ち着いた頃、窓から見える景色は僕の見たことのない世界。この電車はあの山に向かっているのだろうか。それならこのまま走り続けて僕をあの空の向こうに運んでくれないだろうか。

 後どれくらい揺られていたらいいのだろう。いったい何時間僕はここに居座り続けているんだろう。時計なんて持ってこなかったのだから知る由はない。

 そんなことを考えている間に再び僕だけの空間が出来上がった。だが、天下を取ろうと足を広げたところでアナウンスにより統治者ごっこは強制終了した。

 その後も何度か乗り換えを繰り返す。バスにも乗った。生憎と最初の電車以外に僕だけの空間を与えてくれた乗り物はなかったが、みんなみんな最後の思い出をくれるかのようにゆっくりと僕を運んでいく。太陽はとっくに頭上に昇っていたらしい。こういう日に限って時は急かすようにさっさと過ぎていく。そうこうしているうちに目の端に海が見えた。そして僕を運んでいたバスは減速していく。

 終点と告げられて降りた場所は、ひどくへんぴなところで寂れていて、だけど空気の綺麗なところ。

 人が本当に住んでいるのか疑ってしまうような閑散とした町。そこを抜けていく。今時珍しいように思える瓦屋根の家が建ち並んでいて一軒一軒がゆとりを持って土地を有り余らせながら存在を主張している。だが、主張してくるのは家だけ。鈴木や加藤といったありふれた表札が並んでいるのに誰一人として人間を見かけない。

 まぁ、そんなことはどうだっていい。どんどん進んでいくと、開けた場所にでる。その先にはとうとう僕

の望んだ光景。

 どくんと胸が高鳴り言いようのない恍惚に似た感情が沸々わき上がる。

 あの海だ。

 自然と足が速くなり、思わず口角が上がる。

 たどり着いたそこは歪んだ希望に満ち満ちていた。黒い地面と目の前に広がる広大な青黒い海! いや、もはやこれは口なのかもしれない。脇に置かれた花束は先人様への勲章なのだろう。そんな先人様もこの海に喰われてしまった。それを誇示するように崖下に押し寄せる波は荒々しく岩肌を削り取っていく。

 

 こんなすばらしいところで死ねるなんて僕はなんて幸せ者だろうか! 

 

 僕は勢いのままに端まで歩く。海面まではおそらく十メートル程か。自殺の名所なんて言うけど本当にこんなところで死ねるのか。自分の中で聖地じみたその場所に疑問を抱いてしまう。

 不安なら確かめればいいじゃないか。頭の中で悪魔が囁く。恐る恐る、しかし期待たっぷりに片足を地面のないところに踏み出させる。宙に浮く。重心を傾ければたちまち真っ逆さまだ。

 よし、逝こう。

 そう思ったのに。


 瞬間、僕の体に死神の鎌があてがわれた。


 思わず足を引っ込める。何が起こったのかわからない。周りを見渡しても死神どころか人っ子一人いない。

 暫く考えて僕は気付いた。死神なんて、当然のことだが実在しない。他でもない僕の頭の中に存在している恐怖という感情が邪魔をしたのだ。


 そう、僕は死にたがりの臆病者でしかなかったんだ。


 悟ってしまえばますます今すぐにでも落っこちてしまいたい衝動に駆られる。臆病者のレッテルを払いたい。だけど、本能が拒否している。やっぱり臆病者だ。

 ポケットの中の小銭が身じろぎのせいで音を立てる。残念だったな、おまえら。僕に勇気があったなら数百年後には出土品として歴史に姿を刻めただろうに。あぁ、それなら時計も持ってきておくべきだったか。

 そんな僕の思惑を知らずに小銭たちは自身の無力さを誇示してくる。そうだ、帰れないんだ。当たり前か。死にに来たんだから。帰り道があったら甘えてしまう。だって僕は臆病者だ。

 どうしようもなくて僕は崖の端に座り足を宙に浮かせてみる。これくらいなら恐くはない。ただ、少しからだを動かせばたちまち硬直する。

 波の音だけが耳に届く。早くおいでと駆り立てるようにも来るなと拒んでいるようにも聞こえる。



 死ぬの?



 突如、後ろからはっきりとした――頭の中の悪魔ではなく――言葉が届く。

 振り返ろうとすればそのか細い女の声に駄目だと言われる。



 どうして?


 だって、一度向いちゃったらあなたはもう死ねないよ。


 今だって死ねない。

 

 なんで?


 死にたいのに死ねないんだ。


 不死身なの?


 そんなわけ無い。ただ、恐いだけだ。


 じゃあ私が後ろから押してあげるよ。


 …お断りしておくよ。


 そう? 残念。



 やけに明るい声だった。にやにやと効果音が付きそうなほどに。だけど、どこか弱々しい。まるで僕の自殺未遂を憐れんでいるようだ。



 …君は何者なの?


 何だと思う?


 死神ならいいのに。


 残念。あなたの首をはねる鎌は持ってないわ。


 じゃあ天使。


 あなたを天国に連れていく道なんて知らない。


 だったら悪魔。


 地獄だって知らないよ。


 …なら、人間。



 彼女は黙った。どうかしたのか。まだそこにいるのか。

 思わず僕は振り返ってしまった。

 にやにやと嫌みたらしい笑顔を浮かべているのかと思ったのだが彼女は真顔だった。



 後ろ、向いちゃったね。



 そう言っても口は一文字に結ばれている。彼女は人間だった。だが、どこか人形のような非生物感がある。

 セーラー服を纏った彼女。案外距離が離れていてはっきりと顔は見えない。髪は真っ黒で肩口に切りそろえられている。

 ぺたぺた、とおぼつかない足取りで僕の方に近寄ってくる。

 手を伸ばせば届く。そんな距離になってようやく顔を認識できた。

 正直に言うと、かわいいとはお世辞でも言えない。一重瞼とぽつぽつ浮かぶ皰。痩せぎすな体型。高校生だろうか、まだ化粧っ気はない。当たり障りのない言葉を選んで声をかける。どうせ茶化しにでも来たんだろう。



 学校には行かないの?

 

 面倒くさい。


 何しに来たの?


 …死にに来たの。


 そっか。


 でも、死ねないわ。


 どうして?


 不死身だから。


 大人をからかうなよ。


 ふふふ。面白いでしょう?

 

 …そう言っといてやる。


 本当はね、あなたが居たから。


 僕がいたから?


 そう。だって、人が死ぬところなんて気持ちいいシーンではないでしょ。


 見ようとしてたくせに。


 あなたが先にいたからだってば。


 

 僕はその言葉には反応せず、そうして僕らの間に沈黙だけが流れる。

 押し寄せては引いていく波の音。群を成して飛び交うカモメの鳴き声。水面をなでていく風の音。物寂しいこの町ではこれらが当たり前なのだろうが都会の喧騒に包まれて育った僕にとっては全てが新鮮で全部五月蝿い。

 横に立っていた彼女は僕がこの場を退かないので諦めたようにため息を吐くと横に腰を下ろした。

 ぶら下がった彼女の真っ白な足は裸で生々しい傷が目立って痛々しい。そんな足をばたつかせて楽しんでいる姿に僕は敗北を感じる。僕にはそれすらもする勇気がない。



 ねぇ、ちょっとだけお話しない?


 うん。いいよ。



 彼女の提案に僕は二つ返事。沈黙よりかは話をしている方が気は楽だ。

 彼女は何から話そうか悩んでいるようにうーん、と唸っている。



 あなたは私を人間って言ったよね。


 そりゃあ天使でも悪魔でも、死神でもないなら人間じゃないか。

 

 そういうものなの? 他にも色々あるじゃない。動物とか幽霊とか。…化物とか。


 そーいうもの。僕は死にたいから、お迎えが来てくれればそれでよかったんだ。


 でも、人間って言ってくれた。


 そりゃ、人間しか残ってなかった。


 私、嬉しかったんだ。


 なんで?


 初めて人間扱いされたから。


 初めて…?


 そ。親からも、クラスの人間からも化物としか呼ばれたこと無いんだ。


 …どうして?


 そんなのしらない。化物みたいに気持ち悪いからじゃない? 常に一人でいるし、顔だって化物じみてる。


 あ、あはは。僕と同じだ。


 あなたと同じ?


 そうだよ。僕も、親に生まなきゃよかったって何度も言われてきた。ずっと存在を否定され続けてきた。…そんな親が一昨日初めて誕生日を祝ってくれたんだ。二十過ぎた今更。信じられなくて、あぁコイツは僕を殺す気でいるんだって思った。冥土のみやげに祝ってくれたんだろうって。だから、殺される前に死んでやるってここに来た。


 

 見ず知らずの少女にここまで話してしまうなんてどうかしていると自分でも思う。だけど、止まらなかった。

 黙って僕が激情に任せて話すのを聞いていた彼女は僕の後に一拍置いて会話を続ける。



何で信じられなかったの?


今更信じられるもんか。…親だけじゃないさ。友達って名乗る奴らだって信じたくない。


 人間不信?


 …そうかも。信じるなんて、したこと無い。


 嘘つき。


 え?

 

 嘘つきだよ。私が嘘吐いてるかもしれないなんて思わなかったでしょ? 本当に化け物かもしれないよ?

 

 …うん。そりゃ、初対面の人のこと疑う必要ないし。


 私なら疑うなー。怪しい人間だなって。だからね、あなたはきっと誰かに聞いてほしかったのよ。


 なにを?


 自分のことを。


 自分のこと?


 うん。本当は嬉しかったの、親にお祝いされて。誰かに言いたかった。だけど、人間不信になりたい心が邪魔をしたのよ。



 彼女は僕よりずっと年下なんだろう。顔立ちや格好からして少なくとも五つは違うはず。なのに、なぜ彼女はこんなにも大人びているのだろう。



 それは、否定できないかもしれない。


 だからあなたはここに来た。親に心配してほしかった。あわよくば探し出してほしかった。違う?


 …僕は、どうすればいい?


 自分で考えなよ。大人なんでしょ?


 そう、だね。


 じゃあ今度は私の話も聞いてほしいな。私自身のこと。


 いいよ。聞いてもらったから、聞く。


 あのね、私がさっき言ったことは全部嘘。死にに来たって事も化物って言われてることも。


 

 年相応の笑顔を浮かべる彼女。これが彼女の本当の表情なんだろうか。

 騙されていたなんてこれっぽっちも考えていなかった僕は、助けたかったのか、ただ遊びたかっただけなのかわからない彼女の表情に不満を抱く。この子は僕を本当の人間不信にしたいのか?



 本当は、あなたが死のうとしてたから、止めたかった。


 どうして?


 この海が、大好きだから。


 

 僕は黙した。確かにこの海は綺麗だ。惹きつける魅力も溢れている。でも、自殺の名所として引き寄せられた僕とは理由が違うのだろう。彼女の目は爛々と輝いて自分だけがその真の魅力を知ってるとでも言いたげに海を見つめる。



 この海綺麗でしょ。


 うん。


 なのに、自殺の名所なんて汚名がついているの。皆が死ににくるから。


 …うん。


 一時期町は栄えたよ。取材の人とか野次馬とか。せっかくだから利用しようって大人は皆言ってた。


 そう、なんだ。


 でもね、汚名も死体もこの海は欲していない。だから、守りたいの。この海を、死体なんかで汚したくない。


 

 彼女の言葉は力強かった。本当にこの海が大好きなのがよく伝わってくる。

 

 

 ねえ、お兄さん。


 何?


 死なないで。


 

 彼女の声はやはり凛としていて、目はネタバラシの前とまるで違う。しっかり僕の目を捕らえて訴えてくる。

 海を守りたいからなのは分かっている。だけど、僕にはそれが生きてくれと懇願しているようになぜか見えた。

 


 …良い大人が泣かないでよ。



 彼女は呆れがちにそう言った。それで初めて僕は泣いていることに気付いた。嬉しくて涙が出るなんて知らなかった。

 陽はすでに沈み始めている。今思えば、明るいうちに死にたいなんて考えていたのも寂しさの現れだったかもしれない。

 僕らは断崖絶壁で太陽が地平線に隠れていくのをただただ眺めていた。

 暗くなるにつれて姿を現す満天の星空。まるでここが異世界のようだと錯覚してしまう。

 そして、それらの瞬きを律儀に反射させきらきら光る海は形容するなら神秘的。そこは昼見たような口にはとても見えず自殺の名所だなんて言われている事が信じられない。

 僕は無意識にそこに寝ころぶと、ふと昔読んだ小説の一片を思い出す。

“この星空の下、自分がいかにちっぽけな存在であるか思い知らされる”

 まさにそんな気分だった。


 

 綺麗でしょ?



 彼女も僕と同じように寝転んだ。

 確かに、僕とは違ってこの星空に包まれて育った彼女にとっては何もないこの土地こそかけがえのない宝なのだろう。

 二十四時間営業のコンビニもなければ無人で輝き続ける自動販売機もない。都会育ちの僕にはたいそう不便に思えるが、何もないからこそのすばらしさがここにはあった。



 うん。すごく綺麗だ。



 そのまま僕は眠ってしまったらしい。

 意識が戻った時には異世界が現実に戻りきっていて太陽が僕を見下ろしていた。

 驚くほど清々しい朝だった。それも、昨日とは真反対の清々しさ。僕の中にもこんな感情があったのかと驚くほどに。

 こんな気持ちでさぁ飛び降りようとは思えなかった。それに、せめてここで死ぬのだけは彼女に免じて止めようと立ち上がる。

 そして、僕は気づく。

 昨日、僕を救ってくれた彼女の姿はそこになく代わりに小さな財布とそれを重石にした小さな紙。

 そこには一言、“どうぞ”とだけ書いてある。

 彼女の姿はどこにも見あたらない。

 ピッピッピッと頭の中で規則正しく警鐘のような音が響き始める。

 どこに行ったんだ? 帰ったのか? 

 

──振り返っちゃダメだよ。


 なぜか、彼女の声が聞こえた気がした。その声に反して後ろを振り返る。もちろん誰もいない。

 立ち上がり少し歩いてみる。

 崖から離れて道に出る。

 どうぞなんて言われても受け取れない。返さなくちゃ。名前も知らないけれどとりあえず探してみる。

 が、相変わらず人っ子一人見かけない町だ。

 人がいなければ彼女の居場所を聞くことも出来ない。民家に突撃訪問するのも憚られる。


 ふと、何となく目を向けた砂浜。

 白い砂だけが広がっている波打ち際に、見覚えのあるセーラー服はいた。

 でも、倒れている。

 思わず僕はそこへ駆け出す。

 たどり着く。

 間違いなく彼女だ。

 目は閉じている。

 綺麗な黒髪はしっとり濡れている。

 肌に触れてみる。

 冷たい。

 頭の中の警鐘がうるさい。

 口元に手をかざす。

 


 彼女は、もう息をしていなかった。


 彼女は本当に僕を人間不信にさせたかったらしい。



 僕の頭の中は信じられないとか、衝撃だった、だとかそう言う類の感情はいっさい湧かず、ただ警鐘だけが頭痛に変わるほどの大音量で響く。

 僕はその場にうずくまった。


 そこで僕は目を覚ました。

 だが、視界に広がるのは満天の星空でも人を喰い殺しそうな海でもなくて、見慣れた僕の部屋の低い天井。

 頭に響いてる警鐘はどうやら大音量で僕を起こしてくれている目覚まし時計の音らしい。

 唖然。

 何が起こったのだろう。

 いやいや、あれは夢だったんだ。

 時計が示す時刻は午後一時。未だ夢と現実が混同したままだが、体を起こすことで無理矢理夢から離別する。

 頬をつねる。痛い。現実だ。こっちが現実だ。

 あまりにも現実じみていた夢だった。

 だが、不思議なことでどんなに印象深くても覚めてしまえばどんどんその記憶は薄れていく。

 だが、僕の気持ちは眠りにつく前と変わっていた。

 わずかに残る夢の記憶を掘り返して少し考える。あんな夢を見た後だ。それに始発も乗り過ごしたわけだし自殺は見送ることにしよう。だいたい僕は臆病者だった。

 それに、実在するかどうか確認しようもないが、彼女の言葉を信じてもう少し生きてみるのも悪くないかもしれない。


 死に損ねた僕はいつも通りの生活にシフトする。新聞を開いて目立つ見出しにだけ目を通してテレビ欄をみる。そのまま三面記事で四コマ漫画を楽しんで閉じる。

 が、閉じようとしたとき端っこの小さな記事が目に留まる。

 本当に小さな記事。広告との間を埋めるためだけの様な。だけど写真がついていて、その写真に僕は目を見開く。

 間違いなく、彼女だ。

 そして、その見出しに目を通すと慌てて一面に載る日付を確認する。その数字は間違いなくあの夢が本当に夢だったことを証明している。だけど。

 脱力して重力に任せて腕は膝に落ちる。新聞はそのまま床に落ちた。



──行方不明の少女、遺体で発見 自殺か?──



 ああ、僕はもう、僕自身のことすら信じられなくなりそうだ。




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