表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

その1

「えーと、鉛筆に鉛筆削り、受験票に財布っと……」

 秋はまたたく間にやってきては過ぎて行き、晩秋の11月2週の日曜日、つまり試験日も、明日へと控えている。

 俺はというと、明日に向けて忘れ物がないかと、もう一度荷物をチェックしているところだ。

 ――この一年、いろいろあったよな。精神病ニート引き籠もりを脱出しようと一念発起目指しだした行政書士試験。湊綾香という、ひとりの女の子との出会いが、杉崎雅という存在と引き合わせてくれて、ふざけ合ったり、叱咤激励されたり、色々と思い出深い『3人』の時間を作ってくれた。

「くしゅん!」

 準備を淡々と見守ってくれていた湊が、可愛らしいくしゃみを漏らす。

「風邪ですか?」

 雅ちゃんが、湊のことを案ずるように問いかける。

 湊は、「大丈夫」というと、ティッシュで鼻をかんだ。

「持っていくものは揃った? 明日の昼食はどうするの?」

 湊が訊いてきたように、行政書士試験は、12時30分から始まる。当然、昼食は用意しなければならないのだが、

「コンビニでパンでも買って食べるよ」

 と、大して気にしないことにしている。

 すると、雅ちゃんが眉をしかめて、

「ダメですよ、試験前ならちゃんと食べなきゃ。私がお弁当つくりますね」

 おお、ここに来て、雅ちゃんの手作り弁当? なんかフラグ立っちゃったりしてない?

「いや、いいよ。本当に付き添いなんて来なくていいから。逆に緊張しちゃうよ」

 そう、二人はなんと、俺の付き添いをしてくれるとまで言ってくれたのだ。

「あなた一人じゃ不安だから。今まで付き合わされた勉強時間の分まで、確実に合格してもらわなきゃ、私の面子が立たないわ」

 と、湊。

「名幸さんの夢は、私たちの夢でもあるんですよ? 最後の最後まで、一緒にいさせてくれませんか?」

 と、雅ちゃん。

 こんな二人の声援を受けたら、心は舞い踊るほどの気持ちだ。どんな男が、この誘いを断れるというのか?

「うーん、そういうことなら」

 湊と雅ちゃんに、「心配心配」と言われ、表面上は渋々ながらも試験会場までついてきてもらうことにした。高校受験でも、ひとりで行くのが普通なのに、俺いくつだよ、という話。

「杉崎さん、お弁当を作ってくれるなら、パスタとか消化のいいものと、糖分補給のチョコレートとバナナをお願いするわ」

「え、勝負に『勝つ』で、カツ丼にしようと思ったんですけど、ダメですか?」

「試験前に消化の悪いものを食べると脳が働かなくなるのよ。だからそれは却下。パスタは消化がいいし、頭の糖分を使うからチョコレート、それにデザートにバナナで完璧だわ」

 うーん、なるほど。試験前から試験は始まっているのか。昼食一つにそこまで気を使わなければいけないとは。

「それと、開場は12時30分だから、余裕を持って、30分前につくように調整しましょう」

 そこまで、てきぱきと段取りを済ますと、

「とうとう明日が本番ね。今からあがいてもいいけど、どうする?」

「いや、もうやるべきことはやったし……やったような気がするし……やったのかな? と思うけど、明日に備えて、早めに寝ることにするよ」

「そう。なら、テキストでも読むくらいにとどめておいて。それで、最低でも8時間は寝て、万全の体調で望んでね」

 今、このふたりに俺はどう映っているのだろう? 雛鳥の巣立ちを見守る親鳥のような心境だろうか?

「おう、とにかく、やるべきことはやった。あとは運を天に任せるよ」

 正直心臓がばくばく言っているのだが、そうと悟られないように胸を張ってみせた。

「名幸さんなら、きっと受かります! 大丈夫、今までやってきたことに自信を持って、私たちの分も頑張ってください!」

 ちと過度の期待だが、そう言ってもらうと少し心がほぐれる。さすがは雅ちゃんだ。

「私の指導は完璧だったはずよ。あとはもうドーンと構えて、試験に望めばいいわ」

 そうだよな、あれだけ一生懸命教えてくれた湊のためにも頑張らねば。湊の指導を受けながら落ちるなんて、湊の面子が立たないものな。

 二人からの熱いエールを送られて、俺は居住まいを正した。

「おう、必ず受かるよ」

 ふたりの気を落ち着かせるように断言した。

「それじゃ、何か手伝えることはありませんか? 私で良ければなんだってします!」

 雅ちゃん、そういう事を言うと男の劣情を煽ることになるから、『なんだってする』なんて言っちゃいけない。

「大丈夫だよ。それじゃ、あとはテキストを読み込むくらいだから、心配しないで」

「そう……ですか……。それじゃ、明日の朝、迎えに来ますね」

「くれぐれも直前に新しいことに手を出さないようにね」

 二人は、そう言って席を立った。

 玄関まで見送り、二人が出て行って扉が閉まると俺は気合いを入れ直した。

 

「ついに、明日か」


 大丈夫、今までやってきたことを思い出せ。明日は、胸を張って受験に望む。

 それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ