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 酷暑も過ぎ、だんだん街の景色は秋色めいてきた昨今。

 俺は猛勉強の真っ只中にいた。試験はもう目と鼻の先。この追い込み時期に、どれだけの死力を尽くせるかが、合否の鍵を握っているらしい。

 そんなこんなで、ガラステーブルにを挟んで、湊と俺は追い込みに入っていた。

 そんな風にして、勉強に着手してまもなく。

 湊の携帯と俺の携帯に、ほぼ同時にメールが入った。

「……雅ちゃん、今日は来られないらしいな」

「そうみたいね」

 今日は三人じゃない。たったそれだけのことを知らせるメール。

 だが、湊と俺は、急にそわそわし出す。淡々とした会話の中に、なにか居心地の悪さと、ぶつ切りのぎこちない会話。

 うーん、何、この青春してる男女二人みたいな感じ?

 湊と俺は、岬という嵐が過ぎ去ったあと、何かにつけてお互いを意識するようになっている感がある。まあ、意識してるのは俺だけかもしれない……と、思いたいのだが、あの冷静な湊が居心地悪そうにしているのは、小学生でも看破できることだ。

 そんな状態で、口数少なく、ルーティンワークのように問題と質問を繰り返していく。

 お互いの空々しさを埋めるように。お互いの気まずさに、あえて気づかないように。

 テーブルから消しゴムが落ちて、拾おうとする手に、湊の手が被さった。

「あ、ご、ごめんなさい」

「い、いや、拾ってくれようとしたんだろ? ありがとう」

 何、これ何ていうラブコメ?

 そんな突発的な恋愛フラグをへし折って、努めて冷静に勉強を続けていく。

 何時間、そうしていただろう? 気づくと外は青紫の夜の帳が降りていた。

「……おい、湊、そろそろ帰らなくていいのか?」

 はっとしたように、湊は顔を上げる。

「そうね、すっかり忘れてたわ」

「おし、んじゃ、玄関まで送るわ」

「あなたはそういうところだけ律儀よね。玄関まで、2メートルしかないじゃない」

「気持ちだけ、な」

「……気持ちだけ、ね」

 お隣同士なのに、湊と俺の距離は遠く離れている。そんなこと、最初から分かりきっていたことなのに、今は、変に意識してしまう。

 湊は俺の言葉に少し俯くと、

「ねぇ、ちょっと付き合ってくれない? 要件はすぐ終わるから。……気持ちだけ、ね」

 湊は耳のところで髪をいじりながら、先ほどの独白を繰り返し、俺を誘った。


 やってきたのは、近所にある小さな公園だった。

 湊はブランコまで一直線に歩くと、左隣いっこ空けて、腰を下ろす。

 俺がそれに同調するように、空けられたブランコに座ると、ブランコは、きぃ……と軋んだ音を出した。

「ね、一つ聞きたいんだけど……」

 湊は軽くブランコをこぎながら、

「私のこと、どう思う?」

「は?」

 突然の爆弾発言に声が裏返る。

 しかし、それはこちら側の大きな勘違いだったみたいだ。

「私ってお金を見ると人が変わるとか。そういう、人とずれたところ、やっぱりおかしいよね。そういうところ、どう思う?」

 ブランコをこぎ、移り変わる地面の光景をトレースしながら、湊は独白するように、どこか自嘲するように言った。

「ああ……まあ、な……貧乏なのに、お嬢様学校へ通う資金はどこからもらったのかとか、学校でどう過ごしているのか、時折心配になる」

「心配……心配してくれてるのね……」

 湊は、ブランコをこぐのを一旦中止すると、寂しげに微笑んだ。

「私ね……いわゆる『愛人の子』なの」

「え?」

「愛人の子。つまり、お父さんと不倫の関係にあったお母さんとの子なの」

「……ふーん」

 衝撃的な言葉にあえて俺は言葉少なに返すことで、続きを促した。

「お母さんには、ずっと『お父さんは死んだ』って言われてて、気にもとめなかった。でも、ただの一度も会ったこともないお父さんが死んだことを機会に、相続問題に巻き込まれたわ」

「そうか……そりゃ、寝耳に水だったな」

「……ええ。内縁の妻には相続権はないけど、『子』である私には相続権がある。そんな、忘れられていた私のことを、とある行政書士を名乗る人が見つけ出して、そのことを告げてくれたの」

「なるほど」

「その行政書士は、誰の味方にもならず、所々で法的解釈を教えてくれて、私の取り分に関しても、平等に扱ってくれたわ。それからかな、私が法律を学びだしたのは」

「そんなことがあったのか」

「うん、まあ……ね。その時、私が出会ったことすらなかった骨肉を争う親類の中で、ただただ、冷静に裏方に徹してくれた。その理路整然とした態度が、私を間接的に助けてくれたような気がするの」

「それで、行政書士に?」

「ええ」

 湊はブランコを、軽く勢いをつけてひとこぎすると、「よっと」といって、小さくジャンプした。

「でも、受かっても二十歳を超えないと開業できないんだものね。あなたが羨ましいわ」

 湊は、耳のあたりの髪をいじると、弱々しく笑った。

「そんなことがあって、私はお金に関わる人の醜さを知っている。お父さんの親族は、『愛人の子供が何を偉そうに』と血眼になって、憎々しげに私を見ていたわ。だから相続放棄なんかしてやらなかった。それは、お母さんとお父さんと私を繋ぐ、唯一の証明だったから。それと、私としては、少なくとも、お母さんと私を放っておいた責任くらいはとって欲しかったのよ」

「なるほどな、それが、お前がお金に執着する理由か」

 えげつない親類から、お金が絡むと人は変わるということを知ってしまったのだろうな。

「それで、遺産をもらって、私は身の程をわきまえないくらいの高校に入った。そしたら、周りはみんな名家の子女で、そこでも貧乏人であることを、居場所がないことを、心をえぐるように教えられたわ」

「だから、叩き潰した?」

「そう、だって、やられてばかりじゃ、『人間はお金だけじゃない』ってことが信じられなくなるじゃない」

「ふぅむ。色々あったんだな」

 俺は腕を組んで、ブランコから立ち上がった。

 それから、ふと気づくことがあり、

「なあ、湊。なんでその話をわざわざ俺に?」

 湊はそれを聴くと、いたずらっぽく笑った。

「私の過去を知っても軽く流してくれるのはあなただけだと思ったから。いわば、底辺仲間ってことよ」

「嫌な仲だな」

「そういう関係も良くない?」

 俺は頭をボリボリ書きながら、「ああ、まあ……」と曖昧な返事をした。

 こんな時、どうしてやればいい?

 どんな言葉をかければいい?

 考えてから、湊はそういうことを求めて俺に話してくれてたのではない気がついた。

 湊は慰めの言葉が欲しいわけじゃない。不幸自慢をしたわけでも、行政書士として開業できる年齢にないことに不満を言ったわけではない。

 ただ、今まで抱えていたものを、どこかにぶちまけたかったのだろう。

 その役回りは、俺でなくても良かったのかもしれないが、それは、湊が精一杯『友達』を『友達』として認識するための一つの儀式だったのではないだろうか?

 そう、どこでもない、自分の『居場所』として感じている、俺や、もしくは雅ちゃんに、もしくは自分を含めた三人組に告解し、確認するかのごとく。

 湊はかつて俺に尋ねた。俺や雅ちゃんを『友達』としてみてもいいのか、と。

 その言葉に「是」と俺たちが答えても、なお引っかかるところがあったのだろう。

 そして今、そのつかえが取れたかのように、

「それじゃ、私の話は終わり! 先に帰るから、あなたはタイミングずらして帰ってきてね」

 踵を返し、しっかりとした足取りで、胸を張って歩いていく湊は、余りにも『湊らしく』思え、俺はもう一度頭をガリガリ掻いた。

 俺は息を吐いて、かぶりを振った。湊が居場所だと思っているところは、誰の力でもない、『湊の存在そのもの』という要因のおかげで、『居場所』として機能しているのだ。湊はそのことに気づいていない。

 いや、気づいていても、あえてそのことを否定するだろう。

 それが湊にとっての矜持であり、また、アイデンティティであったかのように。『居場所がない』ことは、湊の価値観を維持するための頑なな鎧であり、湊が湊であり続けるための意地だったのかもしれない。

 『自分はひとりじゃない』

 そう思ってしまうことで、脆くなり、今まで裏切られてきた、崩れていきそうな『何か』を守るため、湊という女の子は虚勢を張ってきたのだ。

 そんな気持ちでいた湊が、怖々ながらも、俺たちの中に、一歩踏み込んでくれた。内面の葛藤はあるだろう、しかし、勇気を出して、『私はここにいる』と明確に告げてきたのだ。

 それは賞賛に値するべきものであったか? 雅ちゃんはともかく、俺にそんな価値はあるのか?

 ――わからない。

 俺はため息をつくと、湊が去っていったあと、時間をしばらくおいて、

「……そろそろ帰るか」

 誰とはなく呟くと、少し肌寒さを感じながら、我が家へと続く道をゆっくりと歩いて行った。


 そうして、季節は流れていく。

 光陰矢の如しという言葉は名言だと思う。時の流れは余りにも早すぎて。

 その言葉のとおり、湊と雅ちゃん、そして俺の運命の時となる瞬間も、刻一刻と迫っていた。

 いつまでも一緒にいれるわけではない。しかし、そんな刹那な時間を、俺たち3人は、大切に過ごしていった。

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