その4
夏祭りを満喫し、ちらほらと帰り客が増えてきたので、お参りをして、一通り屋台を回った俺たちも帰ることにした。
帰り道に、神社からそう離れていない小さな公園があるのを見つけ、岬が、あざとく目を輝かして言った。
「お兄ちゃん、なんていう定番のシチュエーションなんでしょう? こんなところに公園があります。花火をやっていきましょう。まだ夏休みは終わらない! これはもう天啓といっても過言ではないので。湊さんとここで待ってるから、雅さんと一緒にコンビニで花火買ってきてください」
うざい。正直言ってうざい。公園があったことはすでにチェック済みだっただろうし、その魂胆があけすけだから、その細い首をポキンというまで絞めつけてやりたくなる。
「いいじゃないですか、名幸さん。ちょっと花火買ってきましょう」
意外なことに、雅ちゃんが同意する。そんな雅ちゃんは心なしか頬が赤くなっているような気がする。いや、暗いからよくわからないけど。
「しょうがねぇな、じゃ、ちょっと行ってくる」
岬にうまく乗せられた感じだが、雅ちゃんが是としてるなら、行かざるを得ないだろう。
しばらく雅ちゃんと俺は並んで歩いていたが、雅ちゃんが、無言で歩いているのが苦しくなったかのように、心中を吐露した。
「な、名幸さん、岬さんって、活発で、いい子ですね」
俺がいない間、何かを吹込まれたのだろう。どうも滑舌が悪い。
「暴走機関車みたいな感じだよ」
俺は苦笑して言った。
「そ、そうですか? 名幸さんがいない間、ずっと名幸さんのことを褒めてましたけど。自慢の兄だ、お兄ちゃんをもらってくれる将来のお義姉さんはどんな人だろうなーって……」
岬め、余計なことを……。露骨に雅ちゃんの無垢な心をいじくっっていたに違いない。
「そうなんだ……」
何か、変に意識してしまうが、そんなことがあり得ると思うほど、俺は常識知らずでも、身の程知らずでもない。雅ちゃんは、少しうつむくと、「あの……」と、意を決したような感じで口を開いた。
「じ、実は名幸さん」
「ん?」
雅ちゃんは、手にした巾着から、わたわたと四角く小さな物体を取り出した。
「縁結びのお守りを買ってきたんです。意中の人と、添い遂げられるようにって……」
「意中の人」、それが俺であってくれれば、それほど嬉しいことはないのだが……。まあ、そんなことはありえないよな。雅ちゃんの前でかっこいいところを見せた時もないし。すべては勘違いだ。有頂天になったら、それこそとんだナル野郎だ。
「そ、そっか、いい縁があるといいね……」
しばらく二人の間を奇妙な沈黙が取り持って、どことなく不自然な歩みになった。
やがて、雅ちゃんはため息をつくと、「岬さんの言うとおりですね」と、ひとりごちるように言った。
俺は眉をしかめた。
「岬がまた何か言ったの? あいつの言うことの99%は戯言だから、気にしないほうがいいよ。いや、むしろごめん、妹があんなんで……」
「いえ、岬さん、本当にお兄ちゃん思いのいい子でしたよ」
本当に岬というのは、猫かぶるのは得意なのである。しかし騙されてはいけない。岬の猫かぶりは何か「面白いこと」を作るための演技にすぎないのだから。
今、買い物に向かってるのが、雅ちゃんと俺の二人っきりだということも、岬のあけすけな計画だ。岬にしてみれば、湊か雅ちゃん、どちらかと恋仲に落ちることを願っているのだろう。
だが岬よ、兄を侮るな。今までモテたことがないからと言って、ちょっとした言動で俺のことを好きだと勘違いすることはないぞ。俺だって、伊達に引き籠りやってた訳ではないのだ。
コンビニについて、花火セットを買う。
「それにしても、岬のやつ、ここまであざといとは……侮れないな」
「え、それってどういう……?」
え? 気づいてないの? 俺と二人っきりにさせるための計略なのに。――無垢だ! やっぱりこの子は無垢すぎる! 守ってやりたい。
「あー、まあ、なんでもないよ。岬の期待にいちいち答える義務もないし」
まあ、分断作戦を説明するわけにはいかないものな。その目的も口にするのは恥ずかしい。
「そう……ですか」
小首をかしげる。ああ、癒される。
同時に、岬に対しては怒りが首をもたげるわけだが。
それから公園に戻る途中は、たわいのない話をしていたが、ふと会話が途切れると、決まって雅ちゃんは少しじれったい表情で、俯いてしまう。会話もどことなくぎこちなくて、お互いがお互いを意識し合っているような感じがしなくもない。
岬のやつは、いったい何を吹込んだのだろう? 雅ちゃんをこんなに困惑させるとはいい度胸だ。あとで、きついお灸をすえてやろう。
「あ、お兄ちゃん、雅さん! お帰りなさい!」
「……お、おかえりなさい」
帰りを迎えてくれた二人のうち、湊の頬が少し上気しているようにも見える。
俺は岬の腕を引っ張って、舌打ちをしつつ小声で、「おい、今度は湊に何か余計なことを言ったのか?」と問い詰めた。
「んー? 何も言ってないよ。『今度は』ってことは、もしかして雅さんと何かあった?」
目をキラキラ輝かせて、逆に詰問してきやがった。
「ねーよ、あるわけねーだろ」
「もう、こんなへたれなお兄ちゃんを持つと、妹としては情けない限りだよ」
「うっせーな、ほっとけ」
岬は、いたずらに微笑むと、花火の準備に取り掛かった。
100円ライターで同時に二つの花火に点火し、両手で一つずつ持って、くるくると回す。
雅ちゃんも負けじと楽しんでいるようだ。岬ほどはっちゃけてないが、手にした花火を持って、「名幸さん、湊さん、一緒にやりましょうよ!」と、少し弾んだ声で誘ってくる。
湊と俺は、そんな浮かれ気分の二人に少し心を同調しながら、湊は線香花火と俺はねずみ花火に点火する。
しゅるる……という音とともに、地面を滑空(?)していくねずみ花火。その行く先の知れない回転が近づいてくると、雅ちゃんと岬はキャーキャー言いながら遠ざかろうとする。
そんな二人をどこ吹く風で、ひとりマイペースに線香花火をじっと見つめている湊。現役ボッチらしく、ひとりでひそかに楽しむ花火を選んでいるところが泣かせる。俺のねずみ花火も大して変りないけど。
まあ、そんなわけで、4人が4人、それぞれ花火を楽しんでいた。
「こういうのもいいよね、お兄ちゃん! なんか、青春してるって感じで!」
岬が、屈託のない声で言う。
青春……か。自分はもう経験することがないだろうと思っていたから、今、このとき「青春している」とは考えもしなかった。
しかし、こんな他愛のないことに、人々は「青春」を見出すのかもしれない。なぜって? それは、今、俺の心臓の鼓動が、「楽しい」と声を立てて叫んでいるから。
「ま、たまにはいいか」
俺はつぶやき、残りの花火を一本取ると、点火した。




