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その3

 待ち合わせは無難なところで、神社の鳥居の下にしておいた。鳥居をくぐると、左右の通路に、所狭しと出店がズラーっと一列に並んでいた。その一軒一軒に人が群がり、幼子が綿菓子を悪戦苦闘しながら頬張ったり、金魚すくいで競い合っている人がいたり、わいわいがやがやと景気よくやっている。

 そんな喧騒をぬって、または調和するようにどこかで祭り囃子の太鼓の音が聞こえる。

 人ごみは嫌いだが、こういう雰囲気は嫌いじゃない。純粋に、テンションが上がってくる。

 神社の前で岬としばらく待っていると、雅ちゃんと湊が、こちらに向かってくるところだった。てっきり浴衣姿なのは雅ちゃんだけだと予想していたのだが、意外なことに湊も浴衣姿で、楚々とした風情である。あるいは、借りてきた猫のようにおとなしく、ただもじもじと顔を赤くしている。

 雅ちゃんの着ているのは、桃色に染め上げられた浴衣の所々に色とりどりの花柄。

 湊が着ているのは、朝顔の柄が入った藍色の浴衣だった。

「名幸さん、どうですか? 変じゃありません?」

「あ、ああ、変というか……二人共、すごく似合ってると思う」

 ぼそっと言って、そっぽを向く。今日は理性がぶっ飛ばないように気をつけなければ。

「わあ、良かった! 自分では自信なかったんですよー」

「……」

 湊も、顔を赤らめて、つい、と顔を逸らす。

「あはは、照れちゃってるのはお兄ちゃんだけじゃないですねー。こういう時のエスコートとか、気の利いたセリフが出ないのがお兄ちゃんなんですよ。許してあげてくださいね」

 岬が、のべつ幕なしにはやし立てる。……うっせーよ。つい最近までひきこもりだった奴が、こんな美少女ふたりを前にして、舞い上がるなっつー方が無理だっての。

 岬は俺の手を取ると、湊と雅ちゃんに向かい合わせるように立たせ、

「この神社は、縁結びに効果があるということを小耳に挟みました。ぜひぜひお参りしていきましょうね」

 『縁結び』という言葉を聞いて、雅ちゃんが俯いて赤面しつつチラチラ俺の方を見る。何その思わせぶりな態度。普通のやつなら、とっくに抱きしめているところだが、引きこもりの精神病ニート歴が「そんなことはない」と俺を押しとどめる。そんな程度の『動作』で、自分のことを好きだと勘違いする年齢はとうに過ぎている。……でも、まあ、気にはするけど。

 湊はというと、そんなことを聞いていたのかいないのか、「ううー」っといつもの堂々とした態度から、いつになくキョドキョドとした態度になって、こちらを上目遣いで見据える。

 その無駄な可愛さは何だ。ちょっと間違えたら、お前に惚れるぞ? ほぼ120%。

 岬はそんな俺たちをぐるりと見わたすと、

「……と、その前に、私はあんず飴がどうしても食べたくなってきました! 雅さんと一緒がいいです! 携帯で連絡して合流しますから、湊さんとお兄ちゃん、先に行ってください」

 俺の勘違いフラグを立たせるために、今日は分断作戦に出るらしい。本当に兄を想ってのことですらうざいのに、コイツは修羅場が見たい一心でこういうことをしているから困る。

「おい、なんで雅ちゃんが一緒じゃなきゃ……」

 一応、不満げに言うが、

「いいから! ね、雅さん!」

「わわ、ちょっと岬さん、あまり押さないでください!」

「まあまあまあまあ! それじゃ!」

 手を振りながら、雅ちゃんの背中を押していく岬を見守って、俺と湊は深い安堵のため息を付いた。そして、その同調した行為が恥ずかしくなって、一瞬見つめ合う形になって、また二人で顔を逸らし、ドギマギする。だから何なの? この急激なラブコメシチュエーション。

「ま、まあ、とりあえず行くか」

「そ、そうね。お参りしてくればいいんでしょ。その後で出店を回る感じでいいかしら」

「そうだな……それにしても、すまないな、湊」

「な、何を謝ってるのよ。何か悪いことをしたの? 自首するなら、早いほうがいいわよ」

「そうじゃねーって。ま、行こうか」

 両隣りに肩が剃り合いそうなほどの距離で神社を目指す。

「……いや、謝ったのは、岬のこと。何を狙っているのか、あからさまにわかるだろう?」

「そうね、私とあなたが一緒になっても、何が起こるわけではないのにね」

「いや、まあ、そうなんだけどさ。あいつの場合、俺たちに気をきかせたというわけではなくて、ただ、どっちかがくっついたら楽しいな、程度の感覚なんだよ。面白いことがなければ作り出す。それに全身全霊を注いでるのが俺の妹といっても間違いじゃない」

 湊はため息をつくと、ふと歩みを止めた。

「兄妹はいたほうがいいものとは限らないわよね」

「全くだ。……あれ、お前一人っ子じゃないの?」

 ふと気にかかって、湊に目をやると、力なくかぶりを振ってそれに応え、

「まあ、似たようなものよ、さて、お参りに行くんでしょ」

「そうだな、先に行ってるか」

 そっか、と軽くいい、あまり追求しないようにした。……そういえば、湊のお父さんって、離婚ではなく、死別したんだっけ?

 俺と湊は左右の屋台群に一目もくれず、ズンズンと足を進める。もちろん、スピードは合わせているが、かなりのハイペースだ。人の波の塊を縫うように、ふたりして進んでいく。よくラブコメには、「はぐれない様に手をつなごう」というシチュエーションがあるが、俺たちには無用なものみたいだった。何しろ、屋台の一軒すら覗いていこうという意思がないのだから。何のために祭りに来ているのかわかりすらしない。

 湊と俺の早足は、まるで競歩のように、人気のない神社へと続く階段の下に達するまで続いた。

 ふたり揃って階段の下にたどり着くと、軽く上がった息をクールダウンさせて、

「それじゃ、どうしようか?」

「それじゃ、どうしましょうか?」

 もう何度になるかわからないシンクロに、どちらからともなく、くすくすという笑い声が唱和した。

「せっかくだから、行ってみるか、神社」

 俺はそう言い、階段に足を踏み入れる。湊も、となりを付いてきた。

 階段の途中で、湊がひとりごちる。

「縁結びかあ……男の子とは出会いがないけど、私にもいい人見つかるかしら」

「俺は男とみなされてないのね……」

 落胆して、俺は肩を落とす。しかし、別に残念なことでもないかな? どうなのかな?

「冗談よ。でも不思議ね、あなたが私の彼氏になっているシーンが思い浮かばないの」

「ああ、それは俺もそうだ」

 あ、そういうことか。

「だって、あなたはいつも私のすぐ近くにいてくれるから……いることが普通になりすぎてるのよね」

 うん、その通り。

「そうなんだよな……今まで、お前が俺の部屋の玄関を叩くまで、いや、俺の頬をひっぱたくまで、全く接点なんかなかったのにな。お隣さんだということすら知らなかったんだから」

 二人でいることが、いつの間にやら当然のこととなっている。雅ちゃんが来てからは三人になったけど、どうしてそうなったのか、知らず知らずの間に、その激動の日々が「当たり前」のことになっている。

「その記憶はなくしたほうが身のためよ。とにかく、あなたと……そういう関係になるなんて、全然想像できない」

「ん」

 階段を上がりきると、神社へ行って賽銭箱の前に立つ。

 何とはなしに顔を見合わせて、また少し赤くなって、目をそらす。俺は100円、湊は5円だろうか? そのくらいの金額を放り込んで、お参りをする。

「あ、この神社、縁結びの神様だっけ? 俺、行政書士の学業成就を願っちゃったよ」

「そうなの……」

 湊は小首をかしげた。

「湊は、何を願ったの?」

「黙秘権を行使します。弁護士を呼んでください」

「そんな事件ざたになるような大層なことを頼んだのかよ」

 俺はやれやれ、と肩をすくめると、ふたりして顔を合わせ、笑った。

「ま、たまにはこうのもいいかも知れないわね」

「まあな、岬にとっては肩透かしかもしれないがな。ドロドロの三角関係を狙ってるんだぜ、あいつ」

「そうなんだ」

 ……と、唇に人差し指を当てると、湊はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ね、それじゃ、その、楽しいこと……現実にしてみない? 例えば……本当に私たちが付き合っちゃうとか」

「え?」

 はじめは、何を言われたかわからなかった。

 次に来たのは衝撃。ついで恐怖。ついで「狙いはなんだ?」という焦燥感。

 え、いつフラグ立ったの? このままいっちゃっていいの? でも、相手は「あの」湊だぞ?

 その時、俺のスマホが、けたたましく鳴り響いた。

 思わず出れずにいると、湊が肩をすくめ、

「冗談よ、バカなんだから」

 あはは、と綺麗に笑った。

「そ、そうだよな」

 その笑顔に胸の高鳴りを隠せないまま、俺はスマホで合流地点を確認する電話を取った。

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