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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
6/21

何事にも準備が大事

 雲ひとつ無い青空から、遠慮の無い太陽がギラギラと照りつけていた。

 

 この国(ブルディア)は首都を城郭都市アルストロに置き、大陸から海に少し出っ張るような領土の国で、唯一東でアイリス共和国とだけ国境線を接している。

 そして首都であるアルストロは、三万人を超える人口の大都市である。三十年ほど前に作られた比較的新しく大きな城郭都市だ。


 城砦だけが元々あって、その後にそこに人が集まり都市が築かれたのだった。

 ちなみに王侯貴族(ギンカ)が普段生活している城館は、城の後方にあって空中回廊でつながっていた。


 落とし格子の小さな門をくぐり、城壁を抜けて跳ね橋を渡る。

 そうすると首都アルストロの市街地が見えてくる。


 見えるといっても、そこにつくまでには狭く傾斜のキツイ道をくだらなければいけない。

 人が通りにくいような造りになっているから、普通の人は行くも帰るも一苦労だった。

 その整備された坂道をおりれば、そこでようやくアルストロの街並みが広がるのである。


 街並みの遥か遠くには街を囲う頑強な壁がそびえていて、さらにその壁の向こうにもいくつもの集落や建物などが点在していた。

 アルストロには貴族や商人、身分の高いものから低いものまで様々な人間がいる。

 いや、よくよく観察すれば人間だけではなく亜人も混ざっていることがわかるだろう。

 通りには店が立ち並び、市民が生活を営んでいる。


 それで、アルストロには円形の闘技場(アリーナ)がある。

 それは、普段は騎士の槍試合などが行われる闘技場だ。

 貴族が舞踏会(パーティー)などで顔合わせをするのなら騎士は闘いで日々武勇を競う。


 闘技場で試合がある場合は、市民などもこぞって入場して騎士同士の闘いを観戦する。

 ただその闘技場はいつでも使われている訳ではなく、そもそもいつでも試合があるわけではないので、本日はちょうど善いのか悪いのかギンカとメルクとイドとシグ以外に人の姿は見えなかった。


 使われていないからといって使って言い訳ではないのだが、そこは何やらギンカの知り及ぶ所ではない魔法の結果、使ってもいいという事になっていた。


「ってナゼ君がココにいるんだ、騎士様」


 そこにいた青い髪の騎士(シグ)を見かけて、ギンカはカエルが潰れた時の悲鳴のような少女らしからぬ「ぐぅ」とか「ゲッ」とかに近いくぐもった声を口の中でうなった。


「おやおや、偶然ですねえ。お姫様」


「偶然だって?」


 意地の悪そうなシグの笑みに、ギンカは一杯食わされたと知った。

 いや、確かに言葉通りにイドは勝負に負けたら見逃すのかもしれないが、見逃すのは彼女だけの約束だ。


 勝負の結果がどうなろうと最早あまり関係がないな、と少女は嘆息した。


「面倒を起こさないで下さいって言ったじゃないですか」


 呆れたようにシグは彼女に苦言を呈する。

 それは果たして二人の騎士の決闘紛いの争いのことを指しているのか、あるいは忠告を無視したことだろうか。


 いずれにしろ──。


「約束はしてない」


「そうですね。私が迂闊でした」


 やれやれとシグは呆れて首を振った。


「こういうのを痛し痒しっていうんでしょうか」


「なんの話だよ」


「貴女がもう少し素直ならよかったんですけどねって話ですよ、お姫様。貴女ときたらどうしてこう、面倒ごとを量産するのでしょうか。私になにか恨みでもあるんですかね」


「何を言っているんだ。ボクはいつだって素直じゃないか、騎士様」


 心外だとギンカは不満を口にする。


「自分にですか?」


「そういう君は何時も巫山戯てばかりだろ? 口だけ軽いお調子者め そのペラペラとよく回る口を偶にでも閉じていたらどうだ。前々から思っていたことだけどハッキリ言ってやろう、君の話は冗長だ。要点だけを伝えることは出来ないのか?」


「答えになってないですよ」


「君こそな」


 両者の間に僅かに沈黙が落ちる。シグは呆れたように苦笑いしてから口を開く。


「本当に馬鹿ばかり集まりますよね、この国は。お蔭で退屈はしません」


「おい、その中に僕を含めているんじゃない」


「わざとです。失礼」


「酷い奴だな」


「そう言う貴女も」


 ギンカは何か言い返そうとして止めた。

 なんだか彼に言葉を返す気力がわいてこなかったからだ。

 

 しつこいくらいの残暑で、季節を間違えているとしか思えない熱気を感じるというのに、青い髪の騎士は涼しげだった。汗一つかいていない。


「それにしても普段はまるで動かないあの魔法使いを動かすなんて凄いですね、彼女は。あまつさえこんな場を用意して頷かせるなんて、快挙です」


「あぁ、うん。そうだね」


 ギンカは視線を下げて曖昧に肯定した。


「どうしました? 貴女らしくない」


 と、シグが怪訝な顔をした。


「僕らしいって何だよ」


「いえね。もっとこう、貴女は真っ直ぐに前を向いていないと。そんな風にうつむいているのは私としても張り合いがないですよ?」


「張り合いがないって………。それって女の子にいうことじゃないよ」


 ギンカはガックリと肩を落とす。

 張り合いがあるって言われて嬉しい女の子がいるだろうか。


「かも知れませんね」


 シグは見透かしたように言う。


「なあ、僕って実はあんまり、こういう試合が好きじゃないんだよな」


 そう、さっきは勢いのまま発破をかけたはいいけれど、実はギンカはこういう試合を見るのはあまり好きではなかった。

 少女の身分上、付き合いでの観覧はどうしても避けられないことではあるのだが、それでも嫌いなものは嫌いだ。


 特に、それが知り合いなら尚更だ。


「知ってます、付き合い長いですから。考えなしに喋るから痛い目にあうんです」


「うるさい。君に言われたくはないわ」


 まさかあの面倒くさがりでやる気のかけらも感じられない魔法使いが受けるとは。


 心配だ。

 ギンカは争いが嫌いだ。

 戦いが嫌いだ。

 血が嫌いだった。

 それは、かつて在りし日の痛みを思い起こさせる。


「止めようとしても無駄ですよ」


 不安そうなギンカの表情に何を思ったのか、青い騎士は口を開いた。


「剣を持って向かい合ったらあとは当人達の問題です。最早、貴女は関係のない次元の話なのですよ。彼らとて心得はありますから、死にはしないでしょう」


 一騎討ちですし刃は潰したものを使いますから、と彼は付け加える。


「それって慰めてるの?」


 シグは何もいわずに微笑んだ。

 それでちょっとだけ、元気付けられた。


「所で、なんでわざわざこんな場所で?」


「危ないからです。普通の剣の訓練ならば訓練場でも使えばいいんでしょうけどね。あそこにいる二人が本気でやりあうにはちょっと強度不足でして」


 ギンカとシグは闘技場の観覧席に、メルクとイドは剣を持って闘技場の中央で向かい合っている。


「積年の決着をつけるにはいい日だな」


 その中でイドは気合十分と言った様子で両刃の剣を構えていた。

 二人の表情は対照的で、イドが気合十分なのに対してメルクはやる気の無さそうに、構えてすらいない。


「積年の決着と気合を入れるのは別に構わないですけどね。僕の記憶違いじゃなければ、以前の闘いはほとんど僕の敗北で終わっているような気がするんですが。ナゼ貴女がそんなに気合をいれるんです?」


「ふっ、そこに闘いがあるからだ」


「何ですか、それは」


 本当になんだそれはと言いたくなる。ギンカにはちょっと理解できない世界だった。


「まあ、いいです。やるからには全力です」


「私はいつでも全力だ」


「ちょっとは手加減してくれるとありがたいですねえ」


「ああ、期待するといい。全力で応えよう」


「全然手加減する気ないよ、この人」


 両者の対峙が辺りに緊迫感を生み出す。

 剣の心得のないギンカにもわかる程の圧力。

 街のざわめきも、夏の陽炎も、煩わしいほどの熱気も少女の心臓の鼓動も何もかも、刹那、世界が全て停止する。


「さあ、始まりますよ」


 と青い騎士が囁いた。

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