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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
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喧嘩するほど仲が…

 銀色の髪の少女が扉の奥に隠れるのを魔法使い(メルク)が見送ったのと同時に、無駄に勢いよく正面扉が開かれた。


「すまないが邪魔をするぞ」


「邪魔するなら帰ってください」


 突然に現れたのは鮮烈な赤髪が印象的な女性だった。


「そう連れないことを言うな」


「じゃあ聞かないでください。聞かなきゃ言いません」


 そっけなくメルクは言う。


「それで、どうかしましたか? いや、と言うかそれよりも不穏な声が聞こえたんですが、入り口にいた門番はどうしたんですか?」


 メルクは丁寧な口調で対応した、丁寧なのは口調だけだが。

 態度にこそ出してはいないが、内心では凄く面倒くさそうだと考えていた。

 敢えて言えば、うわーメンドクサイ奴が来たよ無視しちゃダメか。ダメだろうな、とか思っていたりする。


 メルクは彼女(イド)が苦手なのだ。


「少しじゃれ付いてきたのでな。なに、峰打ちだ。問題ないさ」


 この人の持っていた武器に果たして峰など存在しただろうかと、ちらりと確かめる。

 彼女が帯刀しているのはどう見ても両刃の剣だ。


「はぁ、あんまり苛めないでやって下さいよ。繊細なんですから、彼」


 メルクは顔を引きつらせてイドの行動にささやかな抗議の言葉を言った。


「前向きに検討しよう。時に、此方に姫様がいらっしゃるな」


 イドは入ってきた時から何かに気を取られるように、ジッと奥の扉を見つめていた。

 そこは、正に件の少女が隠れている扉なのだが、何故わかる。


 いや。きっとまだセーフなハズ、とメルクは何でもないフリに努める。


「どうしてそう思うんですか?」


「あえて言えば勘だ。だが今のお前の態度で確信した」


 ジロリと睨まれてメルクはやれやれと肩をすくめる。

 相変わらず直感的に物事を判断して行動しやがる。

 だからやり難い相手だ、とも彼は思う。


 勘だって? 理論をすっ飛ばして突っ走る人間はこれだから。


「貴女のそう言う所が敵いませんね」


「それは重畳。ならばこんな場所で引きこもってない、で久方ぶりに私の相手をしないか? 最近はあまり骨のある相手と出会えないからな」


「何でそんな話になるんですか。嫌ですよ、この戦闘脳め。僕は貴女と違ってそんな危ない趣味は持ち合わせていないんです」


 こう言う所も、メルクがイドを苦手としている一端だった。


「暇そうじゃあないか」


「暇じゃないです、目ん玉腐ってんじゃないですか」


「そうか? そうは見えないが」


 彼女は辺りを見渡し、人気のないことを確認して反論してきた。


「兎も角、そんな面倒なことはご免こうむりますね。大体、なんだって僕が闘わなきゃならないんですか。却下です、却下」


「訓練しておかないと腕が鈍るだろう?」


 尚も食い下がる彼女に、メルクは内心でため息を吐きたくなる。

 女だてらに、と思うのは彼女に失礼だろうがイドが剣を構える姿は純粋に絵になる。


 それに彼女はやたらと強い。

 国で五指に入る使い手なのだ。


 別に彼女と闘うのは初めてという訳ではないし、これまでも何度か訓練と称した試合を繰り広げていたりもするのだが、それはそれは酷かった。


 大抵、お互い熱くなり過ぎる。

 そしてメルクはいつも疲れてもう二度とやりたくないと思えるくらいにボロボロになるまでやり合うのだ。

 その上、勝負は負け続け。


 なのに、何処を気に入ったのか知らないが彼女は事あるごとにメルクに絡んで来るのである。

 彼にして見ればいい迷惑だ。

 でも、何だかんだでイドの強引さに根負けしてメルクは彼女付き合ってしまう。


 何故だろうか。

 理由は自分でもよくわからない。

 よくわからないとうのは論理的でない。

 言葉で上手く表現できないことをメルクは嫌いだ。


 やはり彼女は苦手だ。


「そもそも貴女はヒーラーでしょうが。仕事はどうした仕事は」


 服装を見ればわかる通りにイドは医者なのだった。

 戦闘狂(バトルマニア)なくせに、とメルクは思う。

 真紅の僧服(ローブ)治療師(ヒーラー)の証しだ。


「今日は非番なんでな。ちょっと手が空いているんだ」


 医者に非番なんて合ったのだろうか。まあ、医者と軍人が暇なのは平和の証しだからいい事なのかも知れないが、メルクは何となく釈然としない気持ちになった。


「そうですか、僕には関係ないですね。大体、貴女には暇そうに見えるかもしれませんが一応これでも僕は仕事中なんです。付き合えるわけがないじゃないですか。これから色々あるんです。あーと、ほら魔道書の整理なんかしないといけないわけですし」


「む、そうなのか」


 真っ赤な嘘である。

 暇じゃなかったらギンカ(おひめさま)の相手なんてしていられない。


 メルクは司書である。

 主な仕事は魔道書の整理になる。


 例えば特定の手順をふまずに文字を読むと眼がつぶれる魔道書、例えば魔力を持った人間が手に取るとその人間の魔力を使って勝手に魔法を発動させようとする魔道書、例えば本の中に閉じ込められる魔道書。


 そんな魔道書が書庫には蔵書されていた。

 素人が勝手に読もうとしたら酷い不幸に見舞われることは請け合いだ。

 ここはある意味で国で一番キケンな火薬庫なのだ。


 そして、問題なのはこの国には魔道を学んでいる人間がほとんどいないということだ。

 魔法使いがいないということは魔道書をあつかえる人間がいないということである。


 メルクがブルディアに来るまでは、書庫に眠る魔道書はほとんど手付かずの状態だったのだから、彼の苦労は推して知るべしだ。


 解析して解読して解釈して。

 使えるものは使い、使えないものは封印処理を行う。

 ただし、魔法使いがいないからこそ、これらの魔道書などはあまり使われない。

 使われないから、早急な仕事の必要性もあまりない。

 メルクが暇だというのはそこら辺の理由による所が大きい。


 勿論、書庫には魔道書でない普通の本も蔵書されているが。

 ともかく、確かに手が空いているのならば有事に備えるために、鍛錬でもして自己を高めるのが正しい行為なのだろう。

 その点では彼女の方が正しい。


 とは言え、面倒なものは面倒だ。

 鍛錬だってしていないわけでもない。

 何よりメルクにして見れば職務を全うしつつ本でも読んでいたほうがよっぽど有意義だった。


「分かったらもう帰ってください、暇人の貴女と違って僕は忙しいんです」


「そうしよう。邪魔して悪かったな。また改めて出直すとする」


 ───そう納得して踵を返しかけたイドだったが、はたと何かに気づいて立ち止まる。


「いやいや、そんな話をしに来たのではないぞ。危うく騙されるところだった」


「貴女から振ってきた話題じゃないですか。人聞きの悪いこと言わないで下さい」


 しれっとした態度でメルクは首を振る。

 どうにもならん。


                ◇ ◇ ◇



 チッ、とギンカは舌打ちした。

 大人しくそのまま帰れば良いものを。

 しょうがなく、少女は扉の影から姿を見せた。


「メルク、使えないな」


「ひど。僕の所為じゃないと思うんだけど」


 ただの八つ当たりだ。


「姫様。部屋から抜け出して皆に心配をかけるのは感心しません。部屋から出るなとは言いません。せめて誰かに一言くらい声をかけて下さると嬉しいのですが」


 現れたギンカに、イドはホッとしたように息を吐いた。


「うぅ、ごめんなさい」


「全くですね」


 とメルクが頷く。


「ちょっとくらい見逃してくれても良いじゃないか。ほら、ボクって繊細だからあんまり人目が多いと息が詰まってしょうがないんだ。だからさ」


「申し訳ありませんが、そういう訳には………」


 困ったようにイドは首を振った。


「むぅ、石頭。堅物。無表情」


「なんとでも仰ってくださって結構です。お願いですから、どうぞ御自重して下さい」


 迷惑を掛けている自覚がある分、こうも真っ直ぐに言われると弱ってしまう。

 ギンカだって他人を困らせて面白がる趣味があるわけでもない、あまり。


「はぁい、分かりました。反省してます。もうしないよ、今日は」


 と、ギンカは謝った。

 最後だけは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で付け足すのだった。


「でも面白そうな話をしていたね。彼と闘いたいならボクが許可するよ。だから見逃して」


「む、そんな言葉には誤魔化されませんぞ」


 と、そこでイドはニヤリと悪そうな顔で笑う。


「ふむ。それならば彼が私に勝てたのなら、見逃しましょうか。私は」


「本当?」


「二言はありません」


 とイドがうなずく。


「ちょっと、僕の意志を無視して話を進めないで欲しいんだけど?」


 それに反発するのは話題にされたメルクだった。

 魔法使いは非常にやる気のなさそうな眼で二人を睨みつけた。


「ふ、ここで退いては男がすたるぞ。それに私に負け続けでいいのか?」


 ポツリとイドが呟く。


「ふ、ふん。やすい挑発ですね。そんな言葉に僕が乗るとでも思っているんですか?」


「強がっていても、声が震えていてはな」


 イドは首を左右に振ってみせる。

 何となくだが、ギンカはさっき魔法使いが言っていた「常々決着を付けたいと思っている相手が一人くらいはいる」という言葉は彼女の事を言ってるんじゃないかと思った。


 あんまり相性がよさそうな二人ではない。


「上等ですよ。表に出てください。アンタとはいつか白黒ハッキリさせてやろうと思っていたところなんです。決着をつけましょう」


 メルクは立ち上がり、承諾する。


「よし、よく言った。望むところだ」


 かくして闘いの火蓋は切られたのであった。


「あ、姫様も見届け役として一緒に来てくださいね。一応、私の目のつく所にいてもらいたいですから」


「はいはい。わかった。わかった。キミの言うとおりにするよ」


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