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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
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魔法についてのアレコレ

 


 書庫には本特有のなんとも言えない空気があった。

 古本の匂いだろうかとギンカは思う。黴臭さのような、紙が大量にあると感じるヤツだ。

 嫌いではないけれど好きでもない。


 それにあまりにも大量に蔵書されているせいか、得も言われぬ威圧感さえ感じる。

 普段あまり文字を読まないからだろうか。


 きっとメルクはこういうのが好きなんだろうな、と勝手に思う。

 思い込みだ。

 けれどそれが何だか彼には似合っている。


「少し喉が渇いたねえ」


 と、メルクが言った。

 それから魔法使いは自分の指を弾いて音を鳴らす。

 すると瞬きの間に何もない空間から、白のティーカップと銀のポット、銀のプレートがテーブル上に現れた。

 プレートには焼きたての香ばしいスコーンが乗せられており、ポットはひとりでにカップに紅茶を注ぐ。


「便利な魔法だね」


「こんなのが魔法? 馬鹿言っちゃいけない。こんなのは種も仕掛けもあるただの手品(マジック)じゃないか。誰でも出来ることさ」


「ふーん。じゃ、仕掛けは?」


「手品師に解説を求めちゃいけない」


「じゃ、やっぱり魔法だ」


 そういうとメルクは呆れた顔をする。

 不思議なことが何でも魔法って訳じゃあないんだよ、と彼は言う。


「例えばさ、この国(ブルディア)には騎士と呼ばれる人間はいても魔法使いはほとんどいないだろう。その騎士も魔法っぽいことは出来るけれど、厳密にいえばアレは魔法じゃないんだねえ。まあ、魔法といっても差し支えはないんだろうけどさ」


「なあ、その話って長くなる?」


「まあ多少は」


 そうかい、とギンカはティーカップのふちに指をなぞる。

 カップ自体が熱を持っていてほんのりと温かかった。

 花柄装飾の綺麗なカップで、液体は底まで見えるくらいに透き通る明るい赤色をしていた。


「ミルクは?」


「ないよ」


「じゃ砂糖は?」


「ないね」


 いや、文句は言うまい。

 銀のスプーンをクルクルと回して少しだけ温度を下げた。

 紅茶を口に含むと熱さが口の中に広がった。

 ちょっとだけ苦くてギンカの好みの味ではなかったけれど。


「ふむふむ。悪くない」


 ギンカは満足してうなずく。


「それはよかった。キミにそう言ってもらえるのなら慣れないこともしてみるものだ」


「これは君が?」


「手作りだね」


「ほぅ、それは凄い」


 慣れないなどと謙遜しているがスコーンはジャムとの組み合わせがとても合っていて、嫌味のない甘さが完璧だ。

 紅茶の葉も、とても上品な香りがして高級品だとわかる。

 純粋に感心した。

 

 だから、誰にでも一つくらい得意なことってあるんだね、と出かかった茶化し言葉をギンカは言わなかった。


「ふむん、それで?」


 とギンカは話の続きを促した。


「それでね、騎士が使うのは魔法じゃなくて能力(アビリティ)。魔法は学べば誰でも使える技術(アーツ)だけど、能力は体系だってないから誰でも使えない。だから応用が利かないし、多様性がない。だから本人だけの固有の技(オリジナル)なんだよ。両者ともに魔力を使うけれど、原動力が同じだけの全く別物といって差し支えないのさ」


 片や誰にでも使える技術、片やたった一人にしかつかえない技。


「キミは確か火を扱えるだろ? 僕だって使えるけど、火を扱う時、キミは呪文も要らないし陣を書く必要もない。何となくで使えるだろ? それは呼吸をするのと同じように、誰かから教わる必要もないし教えられることでもない」


 出来る奴は出来るし、出来ない奴は何をどうがんばったって出来やしないのさ、とメルクは皮肉っぽく笑う。


「さて、それは一説には魂の力なんていわれてもいるのだけれど」


 メルクは自分の心臓を指して言った。


 それから魔法使いは人差し指を蝋燭のように見立てて、火よ(イグニス)と呪文を唱えた。人差し指の先に小さな火が灯る。

 中指を立てて光よ(ルークス)と唱えると中指の先に光が集まった。

 薬指を立てて風よ(アニマ)と唱えると薬指の先に風が渦巻く。


「こんな事は魔力があって方法を知っていれば誰でも出来る」


「いやいや、誰でもはできないと思うけど。少なくともボクは出来ないんだけど」


 一応、知識として教えられたことはあっても出来たことはない。

 そもそもギンカが魔法を使える必要性はないのだから、出来なくても問題はないのだが、そう言われると癪だ。


「それはあれだ、出来ないのは不器用だからだね」


 メルクは手を振って全てを消す。


「むか。不器用で悪かったな」


「何でも出来る完璧な人間なんて、そうそういないよ」


 僕だって出来ないことの方が多いし、とメルクは慰める。 


「ブルディアを強国たらしめているのは、そういう能力を持っている人間が多いからなんだねえ」


「ああ、それは知ってる。そういう奴らってのは普通の人間よりも何十倍も強いんだろ」


「そうだね。魔法使いは方法を学ばないと使えないけれど、学ばなくても同じようなことが出来るんだからね。そりゃ、力の扱い方を学ぶのは違わないけれど、しち面倒な理論とか呪文とかを覚える必要がないんだから。妬ましい」


「あれ、君は使えないの?」


「僕は元々、この国の生まれじゃないし」


 風土のせいなのか血筋なのか他に要因があるのかは分かっていない。


「風土っていうのはいい線いってるかも知れないね。これは僕の個人的な考えだけど、こんな案はどうだろう? 例えば過去に何らかの存在がこの地に祝福(のろい)をかけたとか。その何某かさんが、この地に生まれる存在の力を引き上げたと。人間だけじゃなくて、この国は他と比較して明らかに魔物なんかの生息が多いし強い。こんな危なっかしい土地、よっぽどの馬鹿じゃなきゃ開拓しないでしょうに。なら何らかの理由があっても不思議じゃない」


「面白い話だけどねえ」


 ちょっと荒唐無稽すぎる気もする。

 人を強くするための代償に魔物(キケン)まで増やしてしまったら、それは意味があるのだろうか。


「僕は知らないんだけど、この国の魔物ってそんなに強いの?」


「強いよ。だからこの国には騎士がいっぱいいるんじゃないか」


「うぅん?」


「この国では実力さえあれば誰でも騎士になれる。それは強さを求められるからだ。強い人間がいなければ国が滅びてしまう。だからそこに貴賎はない。騎士っての身分に左右されない、力だけが全ての称号(ぐんじん)だ。僕は魔法使いで軍人じゃないけど騎士と呼ばれてもあながち間違いじゃあないし、最低限闘うための心得はあるよ。強くなければこの国じゃやってけないからねえ」


「へー、凄くどうでもいいや」


「自分で聞いてきたくせに。ま、確かにあんまり面白い話でもないだろうけど」


「と、言うか君って闘えたんだね」


 あまり彼のイメージにそぐわない話だったもんでギンカは驚いた。

 意外だ。


「別に。ただ常々決着を付けたいと思っている相手が一人くらいはいるということさ」


「それって誰のこと? 君はあんまり強そうには見えないけど、大丈夫か? 怪我しないか?」


「酷いな。こう見えても結構強いよ僕」


 本当か嘘か、強がりなのか判断は出来ない言葉だった。


「ふぅん、それなら精々頑張ることだね。応援してあげよう」


「それは恭悦至極だね」


 メルクは芝居掛かった口調で笑う。

 ちなみに、メルクは魔法使いだがそれは役職ではない。

 彼は軍人ではなく一介の司書にすぎない、どちらかと言うと行政寄りの人間である。

 司書と言ってもこの広い大書庫には彼以外に勤める人間はいないので実質的に一番偉い。


 そもそも書庫を利用する人間がほとんどいない。

 そのくらい危なっかしい本がそこいら中に所蔵されていると言う事だ。

 ある意味で国で最も危険な場所だがメルクは細かい事は気にしない。

 寧ろ他人が寄り付かないのをいい事に日がな一日、書庫に籠って本を読んでいるのである。


「君って実は結構腹黒かったりもするよな」


「人間誰しも水晶のように多面的なのだ。普段は一面しか見えないからそう思うだけだよ。コインに表があるなら裏があるように、それは当然のことさ。そう、けれど人間はコインではないから表の顔と裏の顔が同時に見えることもある」


 仰々しい言い回しでメルクはそんな事を口にした。


「そうかい」


「そうだよ」


「で、僕たち何でこんな話してるんだっけ」


「さあねえ」


 二人は首をかしげた。本題から大分わき道にそれた気がする。


「所で、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかい?」


「そうさねえ、どうしよっかな」


 ギンカは自分の髪を留めているリボンに触れながら思案する。


「あれ。そういえば今日は姿を見ないけど、いつもキミの傍にいる侍女さんがいないね。道理でキミが自由にしていられる訳だね」


「それだけどな、アイツは暇をもらって故郷へ戻ってる」


 その彼女の代わりの人間をたてることはギンカが強硬に反対したのである。

 そんなわけで、少女の身の回りを世話する侍女が現在いないのだ。


「ああ、それは可哀想」


「ちょっと待て。なんでだ」


「え、だって解雇されたんでしょう。きっとキミを諌められないからなんて、元々無理難題を押し付けられていたのにさ」


「違うわ! あれだ、実家に顔を店に行っただけだ。どんな解釈だ」


「冗句ですよ」


 と、そんな事を話していると、外から騒がしい声が聞こえてきた。

 扉の前の三頭犬がまた誰かに向かって吼えているようだった。

 どうしてかは考えるまでも無い、誰かが書庫を訪れようとしているからだ。

 滅多にいない来客者、目的はきっと。


「いいかい、僕は此処にはいない。そういうことだ。わかった?」


 少女はすばやく立ち上がると魔法使いに言った。


「隠れるならそっちの扉の向こうにでも。他のところに入られると危ないよ」


 そう言ってメルクは奥まった所にある扉を指し示す。


「わかった」


 頷いてギンカは奥へと隠れて、扉の隙間からそっと様子を伺う。

 直後に書庫の正面扉が開かれ、現れたのは女性だった。


 紫掛かった赤い瞳に潤朱の髪、燃える様な真紅の僧服(ローブ)を着ていて全体的に赤い印象を受ける人間である。

 良く手入れされた艶やかな長髪は僅かながらの女性らしさを感じさせそ、れでいてスラリと長身で引き締まった身体つきは闘う人間特有の空気があった。


 整った顔立ちだが鋭い目つきに真一文字に結ばれた口、威圧感とでも言うべき無言の空気(プレッシャー)を女性からは感じる。

 寸法がやや小さいのか、それともそう言うデザインなのか身体の曲線(ライン)が強調されているせいでギンカとは比べるべくもない、体つき(スタイル)の良さがわかる。


 少女は自らの胸部にペタペタと手を当ててちょっとため息。

 入ってきた女性名前をギンカは知っていた。


「すまないが邪魔をするぞ」


 彼女の名前はイドといった。

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