そこに本があるからだ
ギンカは書庫一階の椅子に腰掛けて、一息ついた。
メルクも机を挟んで反対側に座る。
「それにしても、君は相変わらず本ばかり読んでいる様だけど、よくやるよ」
周りに溢れんばかりにある本をグルリと見渡して、そんな事を尋ねる。
この魔法使いといえば、一日中この場所に詰まって本の整理や管理やらにつとめている、らしい。
暇なときには本を読んだりもしているとか。
いくら職務とはいえ、ギンカなんかだったら日がな一日こんなところにいたら息が詰まりそうではある。
別に文字を読むのが嫌いというわけではないのだが。
だが、どちらかといえばやはり立ち止まっているよりは動いているほうが少女の性にあっているという話だ。
少女とて暇なわけではない。
これでも一国の姫なので一応の教養くらい学んでいる。
滅多にそれが発揮されることは無いが、そうなのだ。
「書痴め。引きこもってばっかりでいい身分だ」
「酷い言い草。キミにそれを言われるとはね、お姫様。働かないで暮らせるなんて夢のようじゃないか。いや、僕は働いているけど? だいたい働かないことが悪いことなんてのはね、拝金的だ。まあいいや。どんな所にいたって、どんなことをしていたって世間の動きを知れないわけじゃないんだよ」
ほら、とメルクが新聞をテーブルの上にばさりと置く。
ちらりと文字を眺めてみるが外国語で書かれている。
「外国の新聞じゃないか。どうやって手に入れたのさ」
「まあ、色々とあるって事だね」
渡されたそれをささっと流し読みすると。
「えーとなになに、新発明、これが有れば安眠できる? 魔法の枕。地下世界発見。冒険家の男、謎の怪死をとげる等々」
他に、外国では新種の生物の発見とか新しい魔法の開発とか、発明とか。
色々書いてあるが信憑性は疑わしい。
「っておい、そんな嘘八百ばっかならべたてた記事を読んで面白いか?」
「面白いよ。僕は文字が読めれば満足するし」
「ボクには理解できん」
「理解されないってのは、かなしいことだねえ」
とメルクは全然悲しそうじゃなく言った。
それが偽りなのか真実そう思っているのかギンカには判別がつかなかった。
「ところで本日は何用ですかね、お姫様」
「別に用なんてないやい。偶然だよ偶然」
「ふぅん、そうかい。偶然か」
「何だ、含みのある言い方だな。用事がないと来ちゃいけないの?」
「そう言う訳じゃないさ」
メルクが困ったように笑って見せる。
なんというかそれは、期待した言葉とは違うことを聞かされたような感じだ。
そうだとすれば彼はなんと言ってもらいたかったのだろうか、とギンカは首をかしげた。
「数少ない、気が置けない友達なんだから会いに来たんだ」
会いにきたのは意図したものではなかったが。
「僕たち友達だろ?」
「友達、ね。ああ、貴女とボクは友人だとも。間違いない」
そう言うと、何故だかメルクは凄く微妙そうな顔をした。
どうやら期待した言葉ではなかったようだった。
「何かいいたいことでもあるのか、言ってみろ。聞いてやるぞ」
「いいえ、別に何も。ただキミは星回りがいい人間だ、お姫様」
「急になんだ?」
「キミには人を惹きつける引力があるってことさ」
「むぅ、よくわからないな」
「わからなくてもいいさ」
残念ながらギンカには彼の言葉の真意を悟ることは出来なかった。
友人の微妙な感情の機微を察するには少女はまだまだ幼すぎるということだ。
「まあ、ともかく急に予告なしで来たことは悪かったと思ってる。ごめん」
「キミが我がままなのは今に始まったことじゃないけどね」
「なんだよ。せっかくボクが珍しくも殊勝な態度で謝っているってのにさ。このボクが」
「そう言うのは自分で言うことじゃあないと思うんだけど。キミらしいと言えばらしい」
魔法使いは面白そうに笑う。
「なに笑ってんのさ。笑うなよ。馬鹿」
拗ねたようなギンカの態度に彼は笑みを深くする。
「ふふふ。ごめんごめん、君がそんな風な口をきくとは思わなかったから」
「悪かったな、無神経な男め。ふん、だいたい君だってあんまり人のことをとやかく言える上等な性格してるのかっての」
魔法使いという人間がそうなのか元々のこの男の性だか知らないが、彼は非常に排他的だ。あまり自分の内に他人を寄せ付けず他人に寄らない。
簡単に言えば人見知りの激しい子供のようなものである。
これでギンカと歳が三つ変わるというのだから、情けない。
「もう少し他人に近づく努力をしたらどうだ」
「む、その発言は差別的だ。他人と上手く付き合える人間こそが人間的に優れているとは限らないし、他人との関わりに消極的な人間が劣っているなんてのは間違いだ。だいたい、意思疎通が不足していることは、イコール能力の不足じゃない」
「あ、いや」
「もっと言えば優れていることが正しいことというのも一方的だ。それは全然別問題じゃないか。正しさは優劣でも能力の有無でもはかれないものさ」
ほとんど一息でメルクは言い切った。
「わかったわかった、悪かったって。この話はやめよう。ハイ、やめやめ」
「そうだね。それがいいと思う」
なんだか上手く話題をかわされた気がするのはきっと気のせいではないのだろう。