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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
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魔法使いという生き物

 


 平和と言うのは混沌があるから実感できるのであり、日常なくして非日常はありえず、しかし天秤が常に一方項に傾いたままならば最早それらに違いはない。

 日常において非日常を感じ、非日常は日常にすりかわる。


 つまるところ変化がなければ退屈だ、という事だと少女は思う。

 いや、いちいちそんな事は考えていないけれど。


 不気味なほどに静まり返った廊下を少女は歩いている。

 少女は肩を露出するほとんど刺繍のない薄手の白い衣服(どれす)を身に着けている。

 その歩く姿は幼い容姿ながら、黙ってさえいればだが、気品さえ感じられるだろう。


 誰にはばかることがあろう、少女こそがブルディア国の王の娘その人である。


「ふむん。さてどうしようかな?」


 太陽が頭の真上まで登ったころだ。辺りには少女(ギンカ)以外の人影はない。

 人気のない城内の一角で誰に聞かせるでもなく、呟きを漏らして彼女は歩く。


 ギンカの足音はあまり響かない。

 歩いているのに何故だか音がしなかった。

 これは誰にも見つからないように歩くために身に着けたものだった。

 変な特技も有ったものだ。


 気の向くままギ少女は城内を歩き回る。

 途中、立っている兵士などの視界に入らないように気も使って、特に目的地は定めていない。


 メイドが何やら慌ただしく仕事をしている。

 何かあるのだろうか。

 窓の外、遠くの方の訓練場で赤い髪の女性と兵士が剣を交えているのが見えた。

 彼女は視力がいいのだ、三百メートル先の人間の表情さえ判別できる。


 じっと見ていると女性に見られたような気がして、ギンカは慌ててその場から離れた。


 歳を喰った老人が書類を片手に難しい顔で通ったり、兵士の一人が警邏したりする廊下を物陰で隠れて見送る。

 そして、階段を下ってから回廊を進みある何度目かの角を曲がる。


「あれ、迷ったな。ははは、困ったな」


 城館は大小全部あわせて五百ほどの部屋がある。

 その上、廊下のつくりは何処も似通っているので見分けがつきにくい。


 なおも適当に歩いていると、外へと続く観音開きの扉へとたどりついた。

 どうやら城の裏手にたどりついたようだ、とギンカはわかった。

 こちらは普段特に使用されない扉であまり人が寄り付かない。


 一度、扉をくぐって外へと出る。

 すると、石畳の小道が城の中でもひときわ高い搭へと続いている。

 ギンカは道をたどってその塔へと近づく。


 立派な塔だった。


 反面どこか、おどろおどろしさを感じるのは気のせいだろうか。

 城館には四隅に当たる位置にそれぞれ塔が造られており、見張り台としての役目を果している。

 その塔はその四つの内の一つだったが、この一つだけは他とはいささか用向きが異なっていた。


 そもそもこの城郭都市は山を崩して造られており、背後の北西方向だけは切り立った崖となっている。

 だからそこに見張り台は作られずに、代わりにと置かれたのが府庫だった。

 ちなみにではあるが庶民などは山を下った平地部分に住むのが主となっている。


 その塔の扉の前には、巨大な三つ頭の犬が鎮座していた。


 ギンカが見上げるほどに巨大で、その犬は扉を守るように来訪者に牙を向けてうなった。

 事実その犬は番犬だ。

 番犬なのだが、別に外敵とか物取りから塔を守る番犬であるわけではない。

 大体にしてこんな所まで外敵やら物取りが進入してこれるなら、それはもう色々とだめだろう。

 わざわざ置く必要が低い。


 じゃあ何のためにいるのかと聞かれると、それは。


「グルルル」


 ギンカが近づくと、それに反応して三頭犬は全ての頭を向けて威嚇の唸り声を上げて来た。

 三頭犬の口からは唾液が地面に垂れており、それは蒸気を生んで周囲に漂っている。


「おい誰に向かって吼えてるんだ。煩いぞ、駄犬。ボクを誰だと思っていやがる」


 しっしっと腕を振ってギンカは三頭犬を追い払うそぶりを見せる。


「いいか、一回しか言わないから良く聞け。いいからそこを退け。駄犬め」


 ため息を吐いて、ギンカは三頭犬を脅す。

 三頭犬はビクリと一瞬怯えた様な反応を見せるが退く気は無い様だった。

 ここでこの駄犬に騒がれるとちょっと困る。

 うるさくすると誰かが様子を見にこないとも限らない。

 一応、ホンのちょっとだけ、面倒ごとを起こすなといった騎士の言葉を気にしているのだ。

 出来れば騒動はごめんだ。


 そう慮って、城の敷地内から出てすらいない。

 誰かに褒めてもらいたいくらいの、実に思いやりのある行動だろう。

 まあ、そんな訳がないのだが。


 と、前触れもなく搭の扉が内側からゆっくりと開いていく。

 そして扉の中からは男が姿を現した。

 男は魔法使いの証である濃い青の法衣を纏っていた。


 華奢な身体つきをしているが、身長がギンカより高い。

 やる気の無さそうな、覇気のない顔つきだった。

 彼の立っている所だけ光源が1ルクスくらい暗い感じだ。

 視力が悪いのか眼鏡をかけている。

 手に本を持っており、目は文字を読むことに集中しているようだった。


 名をメルクと言う。


「何ですか、騒がしい」


 全く覇気の感じられない魔法使いは、暗く濁った瞳でジロリとギンカを見た。死んだ魚の様な濁った眼だ。

 やる気も生気もからっきし感じられない。

 それから彼は三頭犬に向き直る。


「この人は良いいから。通してあげなさい」


 メルクが諌めると、今まで唸ってギンカをけん制していた三頭犬は借りてきた猫のように大人しくなった。

 犬なのに猫のようとは。

 いや、どうでもいい話だが。


「やあ、君は相変わらずだね。ところで君のペット、もう少し躾をしっかりした方がいいんじゃないのか。いつまでたっても全然ボクに懐かない、なんでだ」


「さあねえ。番犬なんだから誰にも懐かなくっていいんじゃない、知らないけど。あれだ、人払いという役目は果してくれているから僕としては満足さ」


 この男、誰にも会いたくないからなんてふざけた理由でこの猛獣を放っているのだと言う。

 それが番犬のいる理由。


「彼、何故かキミの事を怖がってるんだけど。寧ろなにしたの?」


 魔法使いは砕けた調子でギンカに質問する。


「知るか。別に、なにもしてないやい」


「そっか。たぶん、歳のせいだね。彼ももう若くないから人見知りが激しいんだよ。シャイなんだね」


 と、メルクは推測を述べる。


 きっと適当な言葉に違いない。

 理由が意味不明だ。


「そんなことより、中に入ったらどうかな? お姫様」


 言う事は言ったとばかりに、メルクはギンカの反応を待たずに搭の中へと踵を返した。

 促されるままギンカも続いて中へと入った。

 その後ろでは独りでに扉がしまった。


 先にいる魔法使いは数歩、歩いてから思い出したようにギンカに向き直る。そして芝居がかった動作で頭を垂れた。


「ああ、そうそう。ようこそ、王国が誇る大書庫へ、お姫様。つまらないところですが歓迎いたしますよ」


「人に会いたくないとか言ってるわりに、歓迎だって? いままで僕が歓迎されたことなんてあったっけ?」


「知識を求めるものは拒んではいけないのですよ、魔法使いは」


「嘘だろそれ」


「嘘ですがなにか」


 この男は、とギンカは脱力する。

 平気で嘘をつくし喋る言葉も適当きわまりない。


「いい加減な人間だな、君ってやつは」


「嘘って言うのはね、魔法を使うものと相性がいいからね。騙し騙され語り騙る。魔法とは、そういうものさ」


 曰く、魔法と言うものは万物自然の法則(システム)を誤認させて誤作動させるのだとか。

 火のないところに火をおこすのも、風のない時に風を吹かせるのも。


「本当かよ」


「本当だといいですね。師匠の受け売りです。ただ唯一確かなことは、何事も確信がなければ成功しないということだ。出来て当然だと思えなければそれは出来ないから」


 自分を騙せとメルクはかたる。 


「ま、何はともあれ助かったよ。ありがとう、中に入れてくれて」


「どういたしまして。でもあれだね、キミは外出禁止じゃなかったっけ」


「別にこれくらいギリギリセーフだ。現に誰にも見咎められてないじゃないか」


「さてさて」


 メルクは微妙に首をかしげてみせた。


「まあ、いいんじゃないかな」


 語尾にどうでも、と続きそうな態度だった。


「ボクが咎めることでもないですし」


「どこかの騎士様とは大違いの素直さだな」


「それって誰の事?」


「さあ、誰だろうな」


 まったく、あの青髪の騎士様もこの魔法使いを見習ってこれくらい可愛げがあればいいのに、などとギンカは心にもないことを心で思う。


「ふうん、別に聞かなくてもわかるけど。まあ、君たちがそうなのは何時もの事なのさ」


 いつの間にか目の前までやって来ていた魔法使いにそう評され、ギンカはむっとする。

 なんだか見透かされているようなのは気に入らない。


「別になんでもないったら。ふん、誰があんな唐変木な馬鹿野郎のことを考えるかっての」


 ギンカはキッパリと言い切る。


「あ、そう。どうでもいいや」


 メルクも興味は尽きたとばかりに首をふった。

 なんとなく、追求されても面倒なだけだったのでギンカはこれ幸いと話を打ち切る。


「いつ見ても圧巻だな、ここは」


 とギンカは感想をもらす。


 府庫は、外からの見た目以上に広くなっている。

 どんな手品を使っているのかギンカは知らないが、明らかに外観と内容が一致していないのはどういう訳だろうか。

 螺旋状に階段がどこまでも続いて、壁には数え切れないほど本が納められている。


 一階の中央の地面には梟の紋章が刻まれていた。

 一番外側の壁にまで、いったい何処に続いているのか扉ある。


 そこが魔法使いの仕事場だった。


「そう言えば教えたことなかったけどさ、あんまり迂闊に本にさわったり扉をあけたりしないほうがいいですよって忠告しておくね。うっかり迷子になりますよ。そうなったら僕でも探しあてるのは困難だから悪しからず」


「なんでさ」


「それはね、侵入者除けとか場所(スペース)確保のために空間を拡張していった結果、今ではどこがどうなっているのか誰もわからなくなってしまったんだね」


「迷惑な話だな。本の中で迷子とか冗談にもならない。誰だよ考えなしにそんなことしたの」


「僕ですがなにか」


「ああ、そんな気はした。言わせてもらうけど馬鹿じゃないの? いや馬鹿だろ」


「馬鹿と天才は紙一重さ」


 それなら天才と馬鹿も紙一枚分の違いしかないということだ。

 たぶんそれはそれは大層分厚い紙なんだろうな、と少女は呆れるのだった。


                ◇ ◇ ◇

 

 鐘が鳴った。それは正午を一時間ほどすぎたころだ。

 とある部屋から退出してきた青い髪の騎士はしばらく歩くと「む」とうなった。


 魔力を感じる(ふしぜんな)風がガタガタと窓を叩きどこかへさっていった。

 それからシグはちょっとため息をはくのだった。


 わかってしまったからだ。

 彼にとっての面倒ごとが増えたことが。

 具体的にいえば、どこぞのおてんばがまた部屋を抜け出してだろうということが。


 そういえば、かの姫は若干天邪鬼なきらいがあるのだった。そして彼に対してはその傾向が特に顕著になる。


「まったく、困ったものですねえ。少しは落ち着きを覚えてもいいと思うのですが」


 もっとも、行動力にあふれて真っ直ぐなのは件の少女の美点ではあるのだが。


「なにが困ったのですか? シグ」


 彼の嘆息に応える女性の声が後ろから聞こえてきた。

 燃えるような赤い眼と髪が印象的な女性だった。

 シグが知っている人物で、イドという。


「おや。いえね、ただわが身の不運を嘆いていたところなのですよ」


「不運ですか」


「そう。良かれと思ってしたことが実は逆効果だったとか、自分ではそんなつもりはなかったのに相手にとっては挑発行為に思えてしまうとか。つまるところ、こんな事で思い悩めるのは平和ですねってことですよ」


「はあ、よくわかりませんね」


「そりゃ、よくわからない様に言っているんだからわからなくていいのです。むしろわかられたらそれこそ吃驚です」


 生真面目な女性は、どう反応していいのか、彼の返答にちょっと困った様子を見せた。


「ええと、私でよければ何か力になりますが、どうでしょうか?」


 と、イドは首をかしげた。

 それは願ってもないことだ、とシグは微笑する。


「ふむん。そうですね。それなら、もしよろしければですが私の頼みを聞いてはくれないでしょうか?」


「はあ、それは構いませんが。何なんです?」


「探してきて欲しい方がいるのですよ。貴女、人探しが得意でしょう?」


 それだけで彼女にも用向きが伝わったようだった。

 それだけで伝わるくらいには、お姫様の行動は手におえないということである。


「ああ、なるほど。了解しました」


「本当ですか、ありがとうございます」


「多分、すぐに見つかるでしょう。勘ですが」


 何か心当たりがあるのだろうか、それとも言葉の通りただの勘なのか。

 どちらにしろ見つかるのならそれにこしたことはない。


「いやいや、どこかのお姫様が貴女くらいに素直だったらいいのですがね」


「それについては言及しません(ノーコメント)


「賢明ですね、いい事です。それでは頼みましたよ」


 と、シグは面倒ごとを他人に押し付けるのだった。




「私が思うに、どっちもどっちだと思うんですがね。くわばらくわばら」

 一人になったイドが呟いた言葉は、彼女自身以外には聞かれることはなかった。

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