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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
1/21

とある少女と、とある青年

「退屈だなあ」


 少女は自室の椅子に腰かけて、言葉通り退屈そうにしていた。


 まだ幼さの残る顔つきで、だが確かに性別を感じさせる程度には曲線がある体躯。

 瞳は気だるそうに窓の外に向けられており、晴れない表情を澄んだ空に向けている。

 憂いを帯びた少女の表情は、上等な絵画から切り出してきたかのようでもあった。


 空がこんなに澄んでいて、鳥は不自由なくその空を飛んでいるというのに、どうして自分はこんなにも暇を弄ばないといけないのか、と少女は不満を抱いた。


 別に空だか鳥だかが羨ましいわけじゃあないんだが。

 いや本当だ。


「退屈はキライなんだよぅボクは」


 少女は横に置いてある動物を象ったヌイグルミを頭上に掲げて見つめると、クマに向かってつまらなそうに独り言を話しかけた。

 少女の名前はギンカという。


 彼女はこのブルディアという国の王の娘だった。

 つまりお姫様である。


「退屈はキライなんだよぅボクは。何か面白事でもないかなー……。ん?」


 ギンカは独り言を呟いていたが、不意に首をかしげた。

 耳を澄ますと、カチャリ、カチャリと規則正しい金属音が段々と部屋へと近づいて来るのが分かった。


 そして部屋の静黙を壊す音が部屋の扉の前で止まった。

 トン、トン、トン。

 ノックがきっかり三回。


「おはようございます、姫様」


 と、扉の向こうで声がする。若そうな男の声だった。


「はん。もう昼だ、馬鹿め。御託はいいから早く入って来い」


「では失礼しまして」


 扉を開けたて入って来たのは、蒼い髪に蒼い瞳、長身痩躯でとても人の善くなさそうな青年だった。


 青年は腰に大剣を帯ている。帯刀を許されているからだ。

 ちなみに城内で帯刀を許可されている人間は王を含めてもたったの十五人しかいない。


 年が二十前半ほど、三十には確実に届かないであろう容姿をしており顔はそう悪くない。

 寧ろ容姿端麗で整っているほうだ。

 飄々とした態度で、ギンカに対してだいたい何時でも慇懃だが、慇懃すぎて逆に無礼な気もする。

 ついでに底意地が悪く思いやりも無い。


 ただし、それらの評価は余り客観的ではないギンカの主観が多分に含まれているので、他人にはどこまで信用できるかはさだかではない。


 ともかく。


 いわゆる、何処にでも居そうな騎士の格好だ。

 動き易さ重視の簡易的な装飾鎧──つまり凄く軽いヤツ──を身に着けて、さらにその上には軍衣(コート)を羽織っている。


 ソイツは恭しくギンカに対して敬礼して見せた。


「お早うございます、姫様。お元気そうでなによりですね」


「やあ、騎士様。何かな? ボクはいま結構機嫌が悪いんだけど。というか君のせいで機嫌が悪くなった。ボクが元気そうだって? 眼が腐ってるんじゃないか? 退屈すぎて何が元気なもんか、馬鹿めが」


 ギンカは目を細めて青年を眺めてから、努めて素っ気なく口を開く。

 開口一番、そんな罵声の様な言葉を浴びせられた青年はそれでも特に気にした様子でもない。


「それはそれは。大変失礼いたしました」


 青年は微笑む。


「ふん、レディに対する礼儀がなっちゃいないな」


「はて、貴女の何処を見ればレディなどという、おもしろ愉快な言葉が出てくるのか甚だ疑問です。私が知らない内に言語の定義でも変わったんでしょうかね。すみません、勉強不足で」


 青年はじろじろと無遠慮にギンカを見下ろしてからフっと笑う。


「そういう事を自分で言っている内はまだまだお子様ですねえ。そんなだからお小さいままなんですよ。とても十四には見えません。むしろ十一歳くらいですかね? お姫様」


 慇懃無礼な態度で青年もギンカに言葉を返す。

 一国の姫君に対するものとしては、とても及第点がもらえる言葉遣いではない。

 そんな態度でも許されていることこそ青年と少女の信頼関係をうかがわせる、のかも知れない。


 実際のところ少女と青年はもう、十年来のつきあいとなる。


「小さいのは仕方ないだろ! 人の身体的特徴をあげつらって、なんて事をいいやがる!」


「いいじゃないですか、別に欠点と言うわけでもないのですし。小さいから即ち悪いなんてわけでもないですし」


「ふん、このボクの内から溢れだす輝かしいオーラが感じられないとは、なんてヤツだ。そんな君は一度目を診てもらうといい、きっと眼が腐っている。馬鹿め」


「なんです。貴女、そんなに私が嫌いなのですか? 私のガラスの心に確実にキズがつきましたよ。ありていに言えば、ショックです」


「ははは、まさか。嫌だな、いったいボクのどこを見れば君がきらいだなんて言葉が出てくと言うのか甚だ疑問だね。被害妄想じゃないか。君の勘違いだ。自意識過剰なんじゃないか」


 そんなギンカの態度に青年はやれやれとため息を口から吐き出した。


「まったく。貴女と言う人は口が悪いし態度も悪い。だらしない。もう少しくらい、らしく行動したらどうです? 仮にも自分のことを淑女(レディ)と自称するのなら、ば」


 嫌みたらしい彼の言葉にギンカは顔をしかめる。


「うるさいなあ、まったく。そんな説教は聞きたくもないよ。なんだ君はボクの父親かなんかか? 万年いいとこなしのくせに。君が活躍してるのなんて見たことないぞ、騎士のくせに。だから女にモテんのだ」


「失礼な、謙虚なんですよ。私は自分の偉大な冒険をそう簡単に他人に語ったりしないだけです。それに真の功労者と言うのは誰の眼にも見えないところで影のようにひっそりとしているものなのですよ、つまり私のように」


 ふっと青年が静かに笑う。そして乱暴にギンカの頭を撫でる。


「うあっ」


「一体誰の為に騎士なんぞになったと思っているのでしょうか、貴女は」


 遠慮なく込められた力にギンカは顔をしかめ、頭を振って手から逃れた。

 長い髪が左右に揺れる。

 少女は目にうっすら涙を浮かべて上目で青年を睨み付けた。

 けれど悲しいかな体格さの所以で、どんなに怒って見せても見上げる形になってしまい迫力がなかった。


「馬鹿シグ。痛いじゃないか、この馬鹿者め。馬鹿力。脳筋。不敬罪でうったえるぞ。ばーか、ばーか」


 ギンカは悪態をつくが、シグと呼ばれた青年はどこ吹く風だった。


「やれやれ、泣き虫なのは相変わらずですが、初めて会ったときはもっと素直で可愛げがあったというのに」


「なんだと? この常春野郎め」


「失敬な、誰がですか。こんな何処にもいなさそうな真面目な人間つかまえて」


 憮然とした表情で彼は文句を口にする。


「そんな昔のことは忘れたよ。十年以上も昔のことを持ち出して一々と君は。年寄りかっての。ノスタルジックを感じるのは早すぎるんじゃないか。だいたい、ボクだって今でも純真無垢だ。そういう君は、昔は随分と素直で殊勝だったじゃないか」


 じろりとギンカはシグのことを睨みつける。


「昔はもっと優しかったのにな!」


 と、ギンカは付け加える。


「なにか言いましたか?」


「別に、何も。君に言ったんじゃないやい」


「では、聞きません」


「ふん、本当に君も昔は可愛げがあったのになっ」


「そんなこと覚えちゃいません」


「遂にボケたか」


「貴女こそあんまりイライラしていると身体に毒ですよ。お年頃ですか?」


「関係ないだろ。こんな可憐な乙女(レディ)を捕まえて誰が年増だこの野郎」


「そこまで言ってないでしょうが」


「いいや、言外に言ってる。ボクの純粋な心が傷ついたぞ、どうしてくれる」


「純粋? おもしろい言葉だ」


 ああ言えばこう言うとは正にこのことだ。

 口ではいいたい放題な二人だが別段、仲が悪いわけではない。

 ただ素直になりきれない少女と、元から素直じゃない青年が出会うとこうなるというだけの話だ。


 決して仲が悪いわけではない。

 真実(ほんとう)だ。


「で、用件はなんだ? まさかボクのことからかいに来ただけじゃないよな。怒るぞ」


「既に怒っているようにもお見受けしますけれども?」


「それはきっと君の心のやましさによるものだろうね、間違いない」


 うんうん、とギンカは頷く。


「そう言えば、貴女は知っていますか? そろそろ貴女の父親が帰ってくるそうですよ」


 さらっとギンカの悪態を無視して話題を変えるシグ。


 現在、ブルディアの国王は玉座を留守にしている。

 なぜ国王が不在なのかはギンカの知り及ぶところではないが、ギンカが物心ついてからは大きな争いは一度もない。

 戦争の為でないとは思うのだが。


「へえ、そうかい。どうでもいいよ。そんなこと」


 ギンカが嫌なことを聞いたというように答える。


「なにか反応が鈍いですねえ。仮にも真にも父親の事だというのに」


「年頃なんだよ、仕方ないね」


 ギンカは斜に構えたような返答をした。

 父親のやることには、なんでも反発したくなる年頃だから仕方ない。

 年頃なのだ。


 それに王さまのことは、何を考えているのかわからない。

 実の父親の事ながら彼女は王のことをほとんど知らない、彼の見透かしたような態度に気後れしてしまうから。


「で、それが?」


「それだけですが、なにか」


「あ、っそ。じゃなんで話題に出したんだよ。今のでボクの心の気圧が三度は下がったぞ。空気読めないな君は」


「これでも結構女性からの評判は悪くないんですよ、私。紳士ですから」


「黙れエセ紳士め」


「ま、いいです」


 彼は無理に言い聞かせようともせず、あっさりと引いた。


「王が帰還すれば貴女の不満も少しは解消されるんじゃあないですかね」


「ボク、あの人ニガテなんだよね……」


「それはそれは」


 その時、時を知らせる鐘の音が鳴り響いて彼の注意がそちらへと向けられる。


「ああ、どうやら少し長話が過ぎましたね。私はもう行きますけど良いですか、くれぐれも、くれぐれも面倒ごとを起こしてくれないようにお願いしますよ。それでは失礼します。ちょっと顔を見に来ただけですから」


 青年はそう言い残すと恭しく一礼し、少女が何をいう間もなく扉をくぐり姿を消した。

 しばらく惚けていたギンカだったが、不満そうな表情で呟いた。


「ホントに何しに来たんだよ、アイツ」


 居なくなった青年に向けてチッと舌打ちする。言いたい事だけ話して帰りやがって。


 ───面倒ごとを起こすな、だって?


「ふふん、そういわれると面倒ごとをおこしたくなるじゃないか。さ、ボクも用事が出来た」


 都合のいいことに、普段はいるべき侍女が今はいない。

 扉から正直に出て行くと誰かに見つかる可能性が高いので、少女は窓へと近づいて外を確かめる。

 丁度、部屋の真下の窓が開きっぱなしになっていた。


 少女は躊躇うことなくその身を窓の外へと躍らせて、軽業師のごとく器用にその部屋に侵入を果たした。


 開け放たれた部屋の窓の外では木が軋むほどの突風が吹き、少女のいなくなった部屋でざわめきだけが広がった。




 そしてどこかで誰かのため息がもれたのだったが、それは当人以外に誰も知ることはなかったのだった。

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