プロローグ
寒い。
そう思って目を覚ましたが、体が重く動かない。
視線は天井を眺めるだけだった。ただ、風の流れを感じた。
窓が開いているようだった。
寝る前に閉めたはずなんだけどなあと思いつつも確証は持てなかった。
薄暗い部屋の中で、月光の差し込む窓側だけが明るく、カーテンの風にはためく音が聞こえた。
その時だった。突然強い風が吹いて、カーテンが大きくはためいた。
そして暫くすると、風はやんだ。カーテンのはためく音も聞こえなくなった。
時計の秒針の音だけが聞こえた。何かが窓側に降り立つ音がする前までは。
何かが部屋の中に入ってきたことは確実だった。コツコツと音を立て何者かがこちらへ向かってきているのだから。ローファーみたいな音だとなんとなく思った。
不思議と恐怖はなかった。むしろ冷静だった。視線が動かない分、全神経が耳に集中しているようだった。
足音は、ベッド脇で止まった。今の俺になす術はなかった。目を閉じたい気もしたがそれもかなわないようだった。目を閉じることさえ諦めたところ、どういうわけだろう、足音の主は、丁寧にも靴を脱いでベット脇に揃えた。頭の中は疑問符だらけでいっぱいだ。なぜ?だが、そんな疑問も束の間だった。
その何者かがベッドに上がり込み、俺の上に馬乗りになった。うっという声さえ出なかったが、ついに何者かの正体をみとめた。それは、少女だった。おそらく俺と同い年くらいの。見かけない制服のようなものを着ていた。長い髪が風に揺れる。少女は片側の髪をかき上げ、耳へとかけた。月の薄明かりに照らされた顔は幼さが残るも美しかった。少女の視線は俺だけに向けられていたが、俺の視線は、相も変わらず天井だけに向けられていた。視線を向けてみたい気持ちはやまやまであったけれども。
少女が前かがみになり、左手を俺の肩に置いた。そして右手が目の前に迫ってくる。俺の鼓動が速くなる。彼女にそれが伝わってしまうことは明らかだった。だが、彼女の右手は俺のまぶたを閉ざしたのち、どけられるだけだった。
それから、唇にやわらかいものがふれた。それが何であるか理解するのにしばらくかかった。そして、何かが口の中へ注がれるのを感じた。
少女が状上体を起こし、俺から離れていくのを感じる。体の自由が少しずつ効くようになってくるかのように思え、まぶたを開くことが出来た。彼女が、ベッドから降りると揃えた靴を履き直し、再び窓側へ向かって歩いていくのを目で追うことが出来た。しかし今度は体の覚醒とは逆に疲労感で意識が朦朧としてきた。薄れゆく意の中で、彼女がこちらを振り返り何かつぶやくように見えたが、何を言ったのか聞き取ることはできずに、眠りに落ちるのだった。