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海賊ピーターパン  作者: 水澤しょう
9/14

Child? ~9~

 そうだそうだと不信の声が次々に上がるのを、ピーターパンとユーコはじっと耐えて聞いている。人間的にまだ幼い彼らは、こういう場に出会ったことがなく、収める術を持たない。


 感情昂ぶる子供たちに口を開いたのは、ここぞの時のハチだった。


「なら君たちは、将来十二、三歳になった時に真実を悟ったとして、正直に弟妹たちに言えるかい? 『ごめん、僕たち大人になっちゃうっぽいんだ』って――目をきらきらさせながら雛鳥のようについてきてくれる子供たちに言うことが出来るかい?」


 う、と黙り込む子供たち。


「ピーターパンとユーコだって、今までの年長さんたちに『僕らは大人にならないよ』と言われ続けてきたんだ。常識を覆された時、人はなかなか受け入れることが出来ないものなんだよ。ましてやそれを人に教えるなんて」

「……」


 子供は基本的に、自分本位で思い込みが激しい。

 しかし、言われて納得したら、すぐに考えを改めることが出来る柔軟さをも持ち合わせている。ハチはそこをよくわかっているようだった。


「本土に戻ろうよ。ね。君たちは確かに大人になりゆく存在で、でも今はまだ子供だ。大人の手を借りないと、途中段階で困ることも多いと思うよ。さっきのユーコちゃんみたいな『病気』にいつかなったとして、ちゃんとした大人が対処の仕方を教えてくれないと、いつまでも重病だと勘違いしたままだ。……知らないっていう理由だけで起こる事件は、たくさんあるよ」


 つらつらと喋り続けるハチは、まるで先生のよう。ハチが子供と積極的に関わっているところはあまり見ないが、相対(あいたい)するとこうも喋るものなのか、とキョウは少し感心した。


「大人に関わるっていうことはね、大事なものを守る術を学ぶチャンスなんだ。喧嘩が強いだけでは、守りきることが出来ないからね。さっきユーコちゃんは船長室のほうから現れたけど、あれは自分に『病気』が訪れた時に、怖くなってピーターパンに助けを求めたんじゃないかな」


 ユーコはなにも答えなかったが、逆にそれが肯定を表していた。ハチは続ける。


「助けを求められたピーターパンは、その『病気』の処置方法を知らなかった、そして薬局に薬をもらいに行くというずれた行動に走って、結果的に怒られて帰ってきた。……知識がないと、ユーコちゃんを『病気』の恐怖から守りきることが出来ないのさ」


 立て板に水だったハチが、ふと子供たちに向き直る。


「いろんなことを知りながら、大きくなる。大人になるのも悪くないと思えないかな?」


 ハチの問いかけに、子供たちがちらちらと目を見交わす。目の前の大人の言葉が信用に足るものか、互いにそれとなく確認しあっているようだ。

 キョウは思う。もしやハチは、誰にも邪魔されずこの話をするために、増援を待たなかったのかと。


「……大人ってのはそんなにいいものですかね」


 ふと口を開いたのは、弟妹たちに責められてから無言を貫いていたピーターパン。彼なりに、今の話に思うところがあるようだ。


「この船にいる奴らは、確かによそからさらってきた連中も多い。それでも半分くらいは――自分でついてきた連中なんですよ」


 意外な事実に、キョウは目を見開く。てっきり全員が、ヒサのようにさらわれて仲間に加わったものかと思っていた。


「ユーコが来た日のことは今でも憶えてます。もう十年くらい前になりますか。その当時のピーターパンに連れられて、気まぐれにラピス・ポートに遊びに行ったんです。その時に――右目に青痣が出来たユーコが船の傍に来て」


 状況を想像し、痛々しさに顔を歪める。二、三歳の少女が片目の開かない状態で、ふらふらと港を歩いている姿。


「誰にやられたんだ、それ? って訊いたら、泣きもせずにパパ、なんて言うんですよ。おかしいでしょう? だからその時のピーターパンは、ユーコを連れて帰ったんです。連れて帰ったっていうのは、湾内にある島にです。俺たち、一ヶ月くらい前までは島持ってたんですよ。大人に奪われましたけどね」

「知ってるよ」

「ユーコだけじゃない。レオもそうだし、ナナもタカもアヤカも、他に何人も、大人に傷付けられて、自ら俺たちについてくることを選んだ」


 語尾にかけて、ピーターパンの声が震えてくる。それは泣いているようにも聞こえて、キョウは心臓を雑巾のように絞られる感覚に歯を食いしばった。


「一体……一体大人は、子供をなんだと思ってるんだ……!」


 ユーコが座り込んだまま、喉が詰まったかのような声を出す。決して嗚咽を漏らすまいと、口を手で押さえていた。

 レオがずずっと鼻をすすり、拳で涙を拭う。他にも数名が、声も上げずにほろほろと泣く。恐らく、ピーターパンが示した子供たちだ。


 圧倒的な暴力を前に、為す術もなかった子供たちは、どんな思いでこの船に乗船したのか。キョウには今度こそ、本気で見当がつかない。


「大人になろうとならなかろうと、もう本土の大人には関わらない――これは、俺たちが俺たち(だいじなもの)を守る手段なんです」


 言いきったピーターパンの視線が、真っすぐハチを射抜く。

 重苦しい沈黙に波音が漂う。ヒサはいつのまにか泣き止んでいた。



「……わかったらさっさと船から下りてくださいよ。俺、おふたりを無事に港へ送り届けてでも降りてほしいです」


 ガシャン。突然の金属音に、船上の全員がキョウに注目した。


 決裂という形で交渉を終えにかかるピーターパンに、キョウがサーベルをその場に落とすことで「待った」をかけたのだ。


 武装を解くのは誠意の印。思えば、ハチが早々にサーベルを投げ放ったのも、話をするにあたっての誠意を見せるためだったのかもしれない。とことん仕掛けてくる男だ。


「……僭越ながら大人代表として一言いわせていただきたい」


 声の先にいるのは、ピーターパンではなく、上の甲板のユーコ。ぽかんとこちらを見ている。


「子供は大人から様々なことを吸収出来るのは事実、しかしピーターパンの言うような大人がいるのも事実。……大人は本来、子供のために在るべきものなのに」


 ゆっくり、右の膝をつく。ユーコは驚いた様子で、座り込んだまま、じり、と後ずさった。大の大人に怒鳴られるのが(父親の件を除き)初めてならば、ひざまずかれるのも初めてだろう。


「それを忘れている大人は、残念ながら結構多い」


 頭を垂れると、こめかみから直接血が落ちた。いい加減止血しなければまずいかもしれない。


「でも、そんな大人ばかりじゃないということも知って、それに希望を持ってほしい」


 ピーターパンが嫌悪を込めて舌を打つ。


「今ここでユーコと、その他大人に理不尽な仕打ちを受けた子供たちに、大人代表として深く謝罪する」


 ざざ、と波音が高く聞こえた。喋っているとそこまで気にならないのに、沈黙するとやたら主張が激しくなる。


 誰もなにも言わない。そこまで難しい言葉は使わなかったはずだ。キョウは顔を上げると、年少者たちを見、それからユーコを見上げた。

 驚き、戸惑いを隠せないユーコは、キョウの顔を見てなぜか一瞬痛そうに顔をしかめると(多分血を見て)、立ち上がり、甲板同士を繋ぐ階段をゆっくり下りてきた。シーツがずるずると引きずられていく。


「アヤカ」


 ぐずぐずと泣いたままだった少女の前に立ち、シーツの端で涙を拭いてやる。


「いいかな」


 なにが、と言わないのは、恐らくふたりの間の絆が強いからだ。つい先ほどの夕方、ハチと似たようなやり取りをしたが、それも絆があってくれたからだろうか。だとしたら、先輩として上司として、素直に嬉しい。


 シーツで鼻を拭かれながら、アヤカと呼ばれた少女はこくりと頷く。

 ユーコはそれを見てかすかに笑うと、キョウに向き直った。おおよそ子供らしくないが、晴れやかな表情。


「わかりました」

「――……」


 はーっと息を吐き出す。身体中の力が抜ける思いだった。女子は男子より精神年齢が高いからやりやすくて助かる。


「……すごいなーキョウさん」


 ハチが誰へともなくぽつりと呟いた。


「さすが大人っていうか……」




 次の瞬間、彼の立っていた場所に刃が振り下ろされた。

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