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海賊ピーターパン  作者: 水澤しょう
6/14

Child? ~6~

戦闘描写はありませんが、少量の血の描写があります。ご注意ください。

 夕闇迫る午後五時頃に、キョウはようやく目を覚ました。十時間近く眠っていたことになるが、昨日の労働時間を考えると、割と当然の睡眠時間なのかもしれない。


 自分の部屋の次に見慣れたその場所は、直属の部下の部屋だ。雑然としていてものが多く、部屋の主の性格がよく表れている。

 そして、その部屋の主は、床に座布団を二枚重ねて雑魚寝していた。


「……やべ」


 つい十代の若者のような言葉を口走り、急いで寝台から起き上がる。自分と同じく夜勤のハチにも仮眠は必要なのに、一日中寝床を陣取ってしまった。


「ハチ、ハチ起きろ」


 傍によって肩を叩くと。よく眠っていたらしいハチは「ん~」と顔をしかめて、手の甲で頬をこすった。


「猫かお前は」

「……あれ、キョウさん。起きたんですか」


 うっすらと目を開けたハチは、口元で手を覆うとその下で大きなあくびをかました。


「よく寝てましたよ。普段厳しい先輩がこんなに可愛い寝顔してるんだぞって後輩たちに見せてやりたかったです」

「ベッド占領してたな。悪かった」


 軽口をひらりとかわしながら謝ると、ハチは起き上がって伸びをしながら

「別にいいですよ」と言って、寝癖のついた猫毛を手で梳いた。

「キョウさんは一晩中本部のあちこちを駆けずり回ってたんですよ。今日の夜勤のためにも、日中しっかり睡眠を取らないと」

「せめて自分の部屋で寝ればよかったよな」

「キョウさんが疲れ切った身体を引きずって、僕に報告してくれたお礼ですよ」


 我が後輩ながら、非常に出来た男である。キョウはふーっと息を吐き出すと、部屋の玄関に向いて立ち上がった。


「まだ時間あるから、自分の部屋で風呂入ってくる」

「はーい」


 玄関先で靴を履いて振り返ると、ハチが布団の中に這い込むところだった。またひと眠りするらしい。


「また海賊が襲ってきた時に体力がなかったら冗談になりませんからねー」


 そう言って猫のように丸くなる。


「……ハチ」

「はい?」


 夢の世界に旅立とうとするハチを引きとめ、キョウはふと問う。


「お前はどう思う?」


 なにが、とは言わなかった。聡いハチは会話の流れで判断出来る。


「……そうですねえ」


 ハチは頭の下に腕枕を敷き、天井を見つめる。


「昨日のレオのように何人か子供を捕まえても、本拠地に子供が残っていたら……」

「根本的な解決にはならない……か」

「長のピーターパンを捕まえたとしても、また新しいピーターパンが立つだけでしょうし」

「そう……なのか?」

「いや、知りませんけど。どちらにしろ、根城をなんとかしないといけないですね」


 断定的な口調のハチだが、その根城がわかれば苦労はしない。キョウは溜め息を吐く。話は結局振り出しに戻った。

 しかし、


「言っておいてあれなんですけど、今その海賊たちには安定した根城がないんじゃないかと、僕は思ってるんです」

「なに?」


 キョウは怪訝に思って眉をひそめた。突拍子もない話だが、ハチがまったく根拠のないことを口にするとは思えなかった。


「……聞かせてくれ」

「はい。えーっと」


 ハチはわざわざ寝台から起き上がると、紙とペンを手に取った。ちゃぶ台の上でなにかを描きはじめたので、キョウも部屋の中に戻る。


「たとえば……たとえばの話ですよ。ひとつの小さな島があったとします」


 横に置いた半球のような物に、一本のヤシの木を生やす。その絵の隣に、棒人間を三人ほど。


「そこには子供たちが住み着いていました。島は平和で美しく、食べ物も豊かです」


 ヤシの木に実をつける。


「漂流船でも拾ったのか、はたまた泥棒したのか、子供たちは立派な船を持っています。黒い帆の奴です」

「だろうな」


 棒人間たちの横に、黒い三角形の帆がついた船を描く。そこでハチが「しかし」と声を低めた。


「島に大人たちが入ってきて、子供たちはその島にいられなくなりました」


 ヤシの木が生えた島に×印をつける。子供たちと船が残った。


「島を出たら、もう自由に食べ物を手に入れることは出来ない。子供たちは飢えますね。かと言って大人に頼るのも嫌。……だから彼らは海賊に身を落とした」

「その大人たちはどうして侵攻してきたんだ?」

「侵攻って戦争みたいですね」


 キョウが尋ねると、ハチは重要事項を話すかのごとく――実際に重要事項だが――真剣な表情を見せた。


「開発ですよ。島の開発」

「――!」


 床の上に置いてあった新聞を急ぎ拾い上げる。一面には、ついさっき話に上った記事。


「ハチ、」

「無人諸島の北端の島は一ヶ月ほど前に着工しました」


 一ヶ月前。子供海賊による事件が起こりはじめる少し前だ。


「つまり奴らは――」

「住み処を失い、湾内を漂い続ける海賊集団、というところでしょうか。夜なんかはどこかにこっそり停泊してるかもしれませんけど。以上、ハチの推測でした。寝ます」


 ペンを置くと、ハチはものすごい勢いで寝台に這い戻った。よほど自分の布団で眠りたかったと見える。実に悪いことをした。

 キョウは卓上の紙を見つめた。推測であるとハチは今言ったが、それにしては不自然なほど彼の説明は淀みなく、確信めいている。


「ハチ」

「なんですかー」


 再び玄関で靴を履きながら声をかけると、ハチは布団の下からくぐもった声を返してきた。


「どうしてお前には、その海賊たちのことがそこまでわかるんだ?」

「……」


 ハチは答えない。寝たのか。寝たふりをしているのか。どちらにしろ答えてくれそうにない。キョウは小さく息を吐き出すと、右手を玄関扉のノブにかけた。


「ここまでの話は、ほんとにほんとにただの推測ですけど」


 その時、キョウの背中に言葉が投げかけられた。


「子供たちの考えていることは、手に取るようにわかります」

「……」

「年少者にひもじい思いをさせたくないとか、代替わり期に食糧難に陥る精神的な大変さとか、本来は子供が悩むようなことじゃないことも、いっぱい悩んでいると思います。……こんなことが言えちゃう僕は、子供の部分が抜けてないのかもしれないですね」


 ごろん。ハチが寝返りを打つのがわかった。


「犯罪者に感情移入するものじゃないですよね。すみませんでした。寝ます」


 本当に寝たのかどうかは定かではないが、これ以上語ることはないらしい。

 キョウは顎に手をかけて考える。


 そんなはずはない、と。


 今のがハチの思っていることのすべてなはずがない。

 具体的に聞こえる言葉で本音を包み込み、キョウに渡す。だから渡された側のキョウには、その包装『詞』を取っ払う義務があるのだ――多分。


 キョウは三年前を思い出す。自分がピーターパンなる者に腕を切り落とされたと聞いた時、ハチは泣いたという。病院に駆けつけて左腕の肘から先がなくなったキョウの姿を見た時も、ハチは泣いた。こっちが驚くくらいの大泣きだった。

 あの時は、単純に親しい先輩が負傷したことに動揺しただけなのかと思ったのだが――


「……お前は初めて会った時から子供なんかじゃなかったよ」


 三年前は気が付かなかった。ハチはそんなことで、家族でもない先輩が負傷したくらいで、泣くまで動揺するほど精神年齢が若くないことに。

 あの時のお前は、なにをそんなに悲しんでいたんだ?




「……?」

 自室に戻ってシャワーを浴びながら、キョウはふと思い返す。

 自分はハチに、代替わりの話をしただろうか?


    ★


 夜更けのことだった。五つの港の中でも一番小さな市場を持つラズリ・ポートの片隅についた黒帆の船に、子供たちの声はない。よい子どころか、悪い子ですらとっくに寝ている時間帯だ。もちろん見張りはふたり起きていて桟橋を見下ろしているが、どちらも半分眠ってボーッとしており、片方が完全に落ちたらもう片方が叩いて起こすといった具合だ。


 船長室にあたるところでは、カズホが船で唯一の寝台で就寝中である。他の全員はハンモックなのに彼だけ小さいとはいえ立派な寝台があるのは、ピーターパンの特権であると言える。


 就寝、という行為は、カズホにとって完全なる休息を指し示すわけではない。毛布を被りつつも、眠りは浅く、膝から下は寝台から下ろしたまま、腕の中には使い慣れたロングソード、と本当に寝ているのか疑いたくなるような臨戦態勢ぶりなのである。

 ピーターパンとしていつでも闘えるように。普段ぼんやりしているように見えるカズホは、こういうところで一切の抜かりがなかった。


 だから、船長室に近付いてくる忙しない足音にも、即座に反応出来たのだ。


 足音はひとつ。間違っても大人の男のものではない。大人の女の可能性はなきにしもあらずだが、足取りからして自分たちと同じ子供。体重から察するに年長者。レオ、ジュンペー、ゲン、ナナ、もしくはユーコ。


「カズホ、カズホ開けて!」


 寝起きの頭で導き出した推論は、果たして当たっていた。何度も船長室の扉をノックしてくるユーコのため、カズホは気だるげに身体を起こしてドア越しに返した。


「また誰か喧嘩でもしてんのか? ゲン辺りに止めさせろよ。もう出来るだろ?」

「そうじゃないの!」

「誰かがひどい船酔いを起こしているとか? 薬なら甲板の倉庫」

「違うってば! お願いだから開けてよ!」


 ひどく切羽詰まった様子のユーコに、カズホはようやく立ち上がって、扉の鍵を外した。


「あのなあ、お前今何時だと思ってん……」


 扉を開けると、そこには今にも泣き出しそうな顔のユーコがいて、


「だ……」


 長いこと見ていなかったユーコの泣き顔に、やや動揺が走るカズホ。


「カズホ……」


 不安と、怯えに染まった瞳。


「どうしよう……!」



 彼女のズボンには、赤茶色の染みが点々と浮かんでいた。


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