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海賊ピーターパン  作者: 水澤しょう
4/14

Child? ~4~

 金属のこすれ合う音がして、キョウは身構える。ケープの合わせ目から現れた手は長い刃の柄を握っていた。


 ロングソード。刀身の細いサーベルはいささか不利に思えるが、ハーバー保安官として、そして大人として、子供海賊に負けることは沽券に関わる大事だ。


「物騒なものを持っているな」


 ピーターパンは応えない。可能な限り身軽になるために鞘を捨て、キョウに向かい駆け出す。

 横に薙ぎ払うように繰り出されたひと振りを、逆手に持ったサーベルで受け止める。重い一撃だ。中坊男子の身体能力、体重は馬鹿に出来ない。

 刃を打ち返し、そのまま転んでくれるかと思ったピーターパンは、左足で踏ん張って体勢をキープした。そして次いで足元を狙われたキョウは飛びのいてかわすと、脅かすように下から上へサーベルの軌跡を描く。ピーターパンのケープの裾が大きく裂け、頬に赤い縦線が走った。


「カズ兄!」


 最初に攻撃してきた眼光少女が、とっさに悲鳴のような声を上げる。

 カズ、か。カズキ、カズヒコ、カズヤ、カズト……ピーターパンにもきちんとした呼称があるらしい。


「痛むか。悪かったな」

「……心配には及びません」


 牙を剥き出す弟妹たちを手で制し、ピーターパンは頬をぐいと拭った。手の甲でこすられた赤い血は、頬中に広がって顔の半分を紅に汚した。


「おい、カズとやら」


 サーベルの切っ先を下ろして、キョウは語りかける。


「お前はもう気付いているんだろ。認めてしまえ。そして全員を解放しろ」


 子供はいずれ、大人になる。変声期を迎えてしまっているこの長が、その不変の真理を悟っていないはずがない。悟ったからこそ、今までのピーターパンたちは同年代の仲間を連れて去っていったのだろう。

 カズと呼ばれたピーターパンは、ふと顔を伏せた。話は伝わったのか。交渉成立か。


 多分、こんなことで折れるなら、この少年はピーターパンなんてやっていない。キョウはじり、と一歩引いて、ピーターパンの返答を待った。


「……言うな」

「は」


 後ろにフードが落ちる。違う。動き出したピーターパンに、フードが置いていかれたのだ。


「わかったようなことを言うな!」


 次の瞬間には、刃を振り上げたピーターパンがキョウに飛びかからんと駆け出していた。


「!」


 サーベルで重い刃を受け止める。そして、


「――っ」


 細い刀身が、一瞬のうちにへし折られた。

 なにが起こったのかわからないまま、呆然とする暇も与えられず、次の斬撃が振り下ろされる。キョウはとっさにそれを、左腕で防いだ。


 ガツンッ!


 生身の身体では有り得ない衝撃音がして、ピーターパンとその弟妹たちが瞠目する。


「――なるほど」


 にやり。嫌な微笑を浮かべるピーターパン。キョウは歯を食いしばって、刃を押し戻した。


 キョウの左腕は本物ではない。三年前に〝ピーターパン〟と名乗る子供に肘から先を切り落とされて以来、金属の義手を着けて生活している。

 普段は手袋をはめて見えないようにしているが、捕縛した時に強く抱きすくめたせいか、レオにはバレてしまっていた。だからこそ「左腕に訊け」などと言われたのだ。


「とすると、三代前が港で『遊んだ』保安官があなただったということですね」


 遊んだ。遊んだ、というレベルのことだったのだろうか、あれは。目の前が真っ赤になる感覚に陥る。鮮血の赤か、怒りの赤か。




『ただの遊びですよ。あ・そ・び』




 目を閉じて、真紅を漆黒に塗り潰す。

 左腕を失った時は、死ぬかと思うほど痛かったし、冗談じゃなく悲しかったし、あのピーターパンにどうしようもなく憎悪を覚えたけれど、


 子供のやったことだ。


 そう割り切ることによって、今日までその事件を過ぎたこととして感情を対処してきたのだ。


 ふっと息を吐いて、目を開ける。いつのまに顔を伏せていたのか、石畳の上の折れたサーベルの刃が目に入った。ずっと使っていて、愛着があったのに。ややどうでもいいことを思いつつ、皮肉な笑みを目の前の少年に向ける。


「……妙な得物を持っているな。それはそういう用途なのか」


 ピーターパンの持つロングソードは、一部分が櫛のようになっており、そこに敵の刃を噛ませる仕組みになっているようだった。


「刀身が細かったのが致命傷になりましたね。義手でよかったんじゃないですか」


 今度フックでも着けてみてくださいよ。ピーターパンが嘲笑するように言ったその時、建物の中から少年少女がどやどやと飛び出してきた。その中には、レオの姿もある。


「お前……」


 潜入部隊のリーダーと見られる少女が、得意げに報告する。


「案外チョロかったね。夜だから人は少ないし、レオの見張りはひとり。後ろから襲いかかって鍵を奪えばすぐだったよ」

「よくやったお前ら。ユーコ、引率ありがとう」

「あれ。あんた船で待ってるんじゃなかったの」


 ユーコと呼ばれた少女はピーターパンと同い年らしく、腕組みして彼を見据えた。


「船までみんなを引き連れていってくれるか」

「おっけー。行くよ、みんな」

「ちょっと待て」


 キョウが声を上げる。


「お前ら……特にそこのお前、ここに保安官がいて、このまま帰れると思ってるのか」


 ピーターパンを指差す。彼はじっとキョウを睨み返した。そして、


「俺らのうちの誰かひとりでも捕まえたら、今日さらった赤ん坊を殺します」

「……は」

「俺らが与えた食べ物を食べていない奴は、まだ正式な仲間じゃない。こんなこともあろうかと、あいつにはまだ食事をさせていません」


 殺す。


 そんな言葉は、このくらいの年齢の少年が使うべきではない。

 しかし、この少年の目を見る限り、キョウは断定出来る。


 こいつなら、躊躇なく殺る、と。


「では、最後に俺からひとつ。いや、これを言うためにあなたとわざわざ接触したわけなんですけど」


 キョウに背を向けながら、肩越しに言い捨てる。


「俺たちに関わろうなんて思うなよ。……以上」


 ユーコが先立って走り出す。何十人いたのか、その後にぞろぞろと子供たちがついていき、しんがりにピーターパンがついた。子供が大勢いるのに誰ひとりとして話をしているのが聞こえないことが、彼の統率力を匂わせる。




「嫌な世の中だな」


 折れた刃を拾い上げながら、静かに呟く。血が通っている右手が切れて、わずかに赤色が滲んだ。



「子供でいたいとほざく奴こそが、一番変に大人びてやがる」


    ★


 ラピス・ポートから程近い場所に、クォーツ・ハーバー保安官の寮はある。


 五つの港が活気づきはじめる午前七時頃、キョウは重い身体を引きずりながら、ようやく帰寮した。


 あのあと、重要参考人がいなくなって騒然とする本部内を駆け回ったり、事の顛末を説明したり、上官からのお叱りを受けたりと、不眠不休で事後処理に対応しているうちに朝になっていたのだ。本日は夜勤なのが、唯一の救いである。

 自室に転がり込む前に、相棒の部屋のドアを叩いた。

 やがて顔を出したハチは、同じく夜勤のため、未だパジャマのような服装であった。キョウを見るなり、心配そうに眉をひそめる。


「キョウさん、一晩中働いてぶっ倒れる直前みたいな顔して、どうしたんですか」


 無意識にずばりと現状を言い当ててくる辺り、こいつはすごい。偶然だとしてもすごい。


「まあな……その説明をと思ってな」

「その前にキョウさん、」


 キョウを部屋に上げながら、ハチが軽く顔を覗き込む。


「前髪、切りました?」

「……」


 深く溜め息を吐き、疲れ切った笑みを浮かべる。


「散髪していただいたんだよ。我らが上官様直々にな」


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