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海賊ピーターパン  作者: 水澤しょう
3/14

Child? ~3~

「どうでしたか?」


 取り調べ室から出ると、後ろに手を組んで扉の横に立っていたハチが即座に向き直ってきた。


「なんか喋りましたか?」

「無口なガキだが主のことは信頼していると見える」

「と言うと?」


 首を傾げるハチ。


「ピーターパンが絡んでる」


 淡々とキョウが告げると、ハチは瞠目して――それからそろりと、キョウの左腕に視線を落とした。


「安心しろ……って言うのもおかしいか。三年前の傷害事件の奴は、多分絡んでない」

「傷害事件って……キョウさん、他人事みたいに言うのやめてくださいよ」


 他人事だと思うようにしている。客観的に事実を見つめなければ、きっと冷静でいられない。


「……供述の詳細は明日だ。今日はもう遅い。帰れ」


 自分より少し高い肩の線をポンと叩き、キョウはハチの横を通り過ぎた。ハチは複雑そうな顔でキョウを見送ると、やがて反対方向へと歩き出した。


    ★


「はじめまして、福井先輩」


 ハチと初めて会った日のことは、よく憶えている。よく晴れた春の日の、ラピス・ポートの入口だった。その日も港は大変混んでおり、威勢のいい売り込みの言葉が辺りを舞っていた。


 なぜそんなに詳しく憶えているのかというと、その実、キョウは後輩というものの面倒を見るのをものすごく嫌がっていたからである。


「……キョウでいい。あと『先輩』は落ち着かないからやめてくれ。お前のことは……」

「ハチ、と呼んでください。みんなそう呼ぶんです」

「ハチ、な……」


 その時から、子供は苦手だとキョウは自覚していた。かく言う自分も、ハチと出会った時は二十歳のガキであったが。


「じゃあ、これからよろしくお願いします、キョウさん!」


 ハチは不思議な十八歳だった。明るく奔放で、時にそそっかしく、クォーツ・ハーバー保安官として未熟で、若者らしく激情に駆られることも、稀にだがある。


 ただ――子供らしく浮ついたところがないのだった。


 妙な奴だ。口調、態度はまだまだガキなのに、世の中を知り尽くしたかのように翳り、くもりのある目は、絶対に子供のそれではない。

 ハチに対するキョウからの印象は、そういうものだった。


    ★


 ハチと取り調べ室の前で別れ、自身も帰宅しようとしていたキョウは、荷物をまとめながら今日一日を振り返って溜め息を吐いた。それはそれは、深い溜め息だった。


 海賊被害に遭った店の店主。息子が海賊にさらわれたと知って卒倒しかけたヒサの母親。幼さを削ぎ落としたような海賊少年。複雑な表情を向けるハチ。




『ただの遊びですよ。あ・そ・び』




「――……」


 軽く頭を振って、脳内からそれらを追い払う。


「おつかれ。お先」


 夜勤のために残っている数名の保安官に一声かけて、キョウはルビー・ポートの本部を後にした。


 正面玄関を出、申しわけ程度に設置してある門に向かう。敷かれた石畳が歩くたびにコツコツと音を立て、静寂に包まれた港に響く。

 空気が冷たい。澄んだ空には無数の星と、それらすべてを従えているような大きな月。季節は冬になりかけていた。人肌が恋しいとハチが嘯くものの、奴がまともに彼女をつくったなんて話はこの五年間で一回も聞いたことがない。あいつの顔と性格なら、それなりに女が寄ってきそうなものなのだが。


「……」


 下世話なことを考えていたキョウは、不意に自分を取り囲む不穏な気配を感じ取った。門に右手を掛けたまま、その場に固まる。

 植え込みに、茂みに、建物の影に、門の裏に。

 幾人もの呼吸。それも、若い。


「……」




『ピーターパンは、絶対に助けてくれると言った』




 厄介だ、とキョウは判断した。数人程度のただの子供なら、ひとりでも充分相手は出来る。しかし今回はかなり人数が多いと見え、しかも新参とはいえやり手の海賊だ。当然武装もしているはずである。


 三年前も、相手が子供だと思って油断したんじゃないのか。


 右手を門から離し、コートの内ポケットに伸ばす。そしてそれが再び外気に触れたとき、


「――!」


 手の甲を痛撃され、ホイッスルを取り落とす。一瞬撃たれたのかと思ったが、視線を下げた時に、ホイッスルとともに小石が落ちているのが見え、パチンコかなにかかと推測する。そしてそれ以上、キョウに考え事をする猶予は与えられなかった。


 ガサッと茂みが揺れたかと思ったら、目と鼻の先に銀色の刃が迫った。反射的に頭を引き、相手の手首を手刀で弾き返す。反動で二歩ほど後ろに下がったその刺客は、年端もいかない少女だった。こちらにナイフを向けたまま、強く睨みつけてくる。七、八歳の少女のはずなのに、その眼光はすでに子供のそれではなかった。


 急いでホイッスルを拾い上げようとしたキョウの足元を、ヒュッと一陣の風が通った。

 風だと思ったそれは子供の足だったらしく、たった今拾い上げようとしていたホイッスルが遥か遠くに蹴り飛ばされた。すぐ傍で尻もちをついていた少年がぱっと飛びのき、こちらに向かって赤い舌を出す。


「今だ! 行くよ、潜入班!」


 木の影にいた少女が、茂みに隠れている子供たちに指示を飛ばす。すると、十数人の少年少女が、キョウが先ほど通った玄関に向かって駆け出していった。


「おいっ!」


 踵を返して追おうとするキョウを、刃物を持った少年たちがぐるりと取り囲む。ここから一歩も動かせないつもりか。

 ふーっと、息を吐き出す。そして、あくまで威嚇用だと自分の言い聞かせながら、キョウはサーベルを抜いた。一瞬、少年たちが怯むのが肌で感じられた。


「……び、びびんなよ! 大人になんか負けてたまるか!」


 ひとり威勢のいい少年が焚きつけ、キョウに向かって刃物を振り上げる。

 サーベルを振るう必要もない。キョウには嘆息する余裕すらあった。


「あのな……身体の前側がガラ空きだ!」


 後輩の指導をする時のように、思わず口と手が出る。サーベルの柄を左腕に引っかけ、少年の腕をつかんでひねり上げる。

 次の少年は背後から斬りかかってきた。この少年も非常に隙が多く、キョウは足を払って転倒させると、少年の手を離れたナイフを仕返しとばかりに遠くへ蹴り飛ばした。


「大人になんか、と言ったな」


 腕をつかんでいた少年を突き放し、キョウは睨みをきかせる。子供に好かれない顔の凄みに、子供たちが息を飲んで固まった。いっそキョウのほうが傷付くくらいに。


「ひとついいこと教えてやる」


 キョウは重大な事実を告げる前のように大きく息を吸い込んだ。

 大人を憎む子供たちに、キョウは大人代表として言わなければならない。


「足掻いたところで――結局はお前らもいつか大人に」


「戯言だ。聞くなお前ら」


 つい最近耳朶に触れた、いがらっぽい声。

 それが自分を取り囲む輪の外から聞こえてきた時、キョウは思わず顔を上げた。

 深緑色のケープを被っているその影は、他より背が高く、年頃の少年にしてはやや線が細い。フードの奥の双眸は不思議なほど穏やかに凪いでいるが、子供らしからぬ冷やかな鋭さは隠し切れていない。


「カ……ピーターパン! 船で待ってるって言ってただろ!」


 少年のひとりが駆け寄った。


「おい大人! 俺たちのピーターパンは風邪引いて調子出ないんだぞ! 声がらがらなんだぞ! 面倒かけんじゃねーよ!」


「いいから下がってろ」


 いきり立つ少年を静かに宥め、ピーターパンは輪の中に入ってキョウと対峙した。


「俺の仲間に妙なことを教えるのはやめてもらえませんか」


 思ったより丁寧な言葉遣いに、キョウはやや拍子抜けする。しかし、三年前のあいつも敬語だったため、一切の油断は許されない。キョウはさり気なくサーベルを右手に持ち替えた。


「妙なこと?」

「大人になる、とかそういう類のことです」

「今のお前にとっては不都合な真実らしいな」


 どういうことだ、と眉をひそめるピーターパン。キョウは自分の喉元を指でつついた。


「声、大丈夫か?」

「……」


 鉄仮面のようだった表情に、わずかな変化が訪れる。冷やかで鋭いだけだった目に、明らかな憎悪が宿ったのだ。

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