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海賊ピーターパン  作者: 水澤しょう
1/14

Child? ~1~

高三進級前に終わらせられるのでしょうか!!


 キョウは嘆息した。相棒のハチが、被害に遭った店の店主に話を聞いている間に、惨状を呈する店先を眺める。


 港の市場が海賊被害に遭うのは、今月で三回目だ。それも食料品店ばかり。キョウは再び嘆息して、橙に染まる空を仰ぎ見た。夕刻を示す空には、星灯りがただひとつ。


 ラピス・ポートは、日頃から超大型市場として賑わう場所である。そこを騒然とさせたのが、件の海賊どもなのだ。


「キョウさん」


 事情聴取を終えたハチが、手帳を片手に駆け寄ってくる。柔らかそうな猫毛が、一歩踏み出すごとにふわふわ揺れる。


「やっぱり奴らです。黒帆の船の」

「そうか」


 キョウは苦々しく返すと、続けて尋ねた。


「年齢層は?」

「十歳くらいの者が多かったそうです。最年長に見えるリーダー格の少年でも、中等生に届くか届かないかくらいで」


 それも前回と同じ情報だった。


「子供の海賊集団か……」

「いよいよ深刻ですね」

「ああ。いたずらで済まされるレベルじゃない。もし、裏で誰か大人が糸を引いているんだとしたら、とっとと尻尾をつかんで子供たちを保護しなくちゃいけないんだが……」

「裏の黒幕の存在を考えるにしては、盗まれる物の食べ物率が有り得なくないですか?」


 ハチの言うことはもっともだ。貴金属等にも目を向けていいはずなのに、子供たちが奪っていく物はだいたい食料である。


「子供たちだけで、どこかに隠れ住んでいると?」

「その線も強いと思います。実際、黒帆の船がどこに消えていくのか、知っている人はいないじゃないですか」

「ああ」


 キョウは頷いて、海に振り返る。このラピス・ポートがある広大な湾、クォーツ・ハーバーのどこに子供たちが身を隠したのか。どうして海賊行為を繰り返すのか。ただの保安官には見当もつかない。


「子供は、苦手だ。なにを考えているのかまったくわからない」


 溜め息のように吐き出した言葉に、ハチが驚いたように問う。


「え、キョウさんにも子供時代があったんじゃないんですか」

「違いない。でも、この年にもなれば、やっぱり忘れちまうもんだろ。だからどうしたって苦手なんだよ。そもそも好かれないしな」


 苦笑して返すと、ハチは不満そうに口を尖らせた。


「えー、もったいないですよ。今にでも渋くてかっこいいお父さんになれそうなのに」

「余計なお世話だ渋いとか言うな。俺はまだ二十五だ!」


 やや老けて見えることが悩みの保安官は、悪気はない相棒兼後輩に吠えた。

 暮れなずむ空の下、穏やかに波打つ海に橙が溶ける。


    ★


《人物紹介》


 キョウ(二十五歳)

 クォーツ・ハーバー保安官。職歴七年。おとめ座のA型。基本的に落ち着き払った性格のため、やや老成して見られるのが悩み。後輩内の『怖そうな先輩ランキング』常に上位。本人が一番怖がっているのは直属の上官。三年前の職務中に大怪我を負っている。


 ハチ(二十三歳)

 クォーツ・ハーバー保安官。職歴五年。さそり座のAB型。キョウの後輩で相棒。どこかつかみどころがないが、明るくて素直な性格。キョウと組んでいるため、同期の中ではやや勇者扱い。ふわふわの猫毛が特徴。


    ★


 五つの港が点在するクォーツ・ハーバーには、日々様々な面倒事が起こる。港があれば市場が盛え、市場が盛えれば人が溢れる。そしてその分、事件も増える。


「止・ま・れーっ!」


 本日はルビー・ポートにて。ハチはスリの常習犯を追跡していた。先月も先々月も逮捕して、そのたびに「すんませんっした……いやほんと」と頭を下げるくせに、結局こうなるのは、恐らく病気なのだろうと保安官たちは思っている。


 いつもは人ごみでろくに身動きもとれない市場だが、物騒な事件が起こった時だけは、全員ものの見事に道の端に寄ってくれるのであった。


「止まれ……!」


 あと少しで追いつきそうになったところで、ハチが強く地面を蹴って跳んだ。ちょうど猫が獲物目がけてジャンプしたような、美しいフォーム。


「つってんだろうが!」


 男に飛びつき、地面に組み伏せる。ジャケットの内側にある手錠を掛けようとして片手を離すと、男は尚も抵抗を続けてじたばたと藻掻いた。


「ああもう、うざったいなあ」


 ハチは自慢の猫毛が湿気であちこちに跳ねまくる雨の日のように顔をしかめると、一瞬のうちに男の肩の関節を外した。ごり、と不穏な音がして、当事者でもないのに野次馬たちが痛そうに口元を歪める。

「っでぇ!」

 男が痛みで悲鳴を上げるが、それ以上無理に暴れることはなかった。ハチはさっと手錠を掛けると、すぐにまた関節をはめ直した。再びの不穏な音。


「いっ!」

「ほらー大人しくしないから痛い目見るんだよ? ってか今のは治してあげたんだからそこまで痛くないはずだよ」



「相変わらずえげつない召し捕り方するな」


 その時ようやく、野次馬たちの中からキョウが姿を現した。見ていたかのような口振りなのは、実際に人ごみの中でしばらく静観していたからだ。

 ハチは男に馬乗りになったまま、にやりと笑って返す。


「えげつないもなにも、キョウさんが教えてくれたんじゃないですか」

「違いない」


 違いないが、自分は捕り物の直後にそんな悪い笑顔は浮かべない。

 キョウはハチに男を連行するよう指示すると、再び巡回に戻った。騒然としていた市場も平常に復し、呼び込みの声が上がり始める。


 湾全体の安全を守るのが、クォーツ・ハーバー保安官の仕事だ。犯罪に限ったことではなく喧嘩の仲裁や迷子の捜索、店同士のトラブル解決も職務のうちだ。


「あ! ハーバー保安官だ!」


 菓子の屋台の前でたむろしていた数人の子供たちが、キョウの姿を見てびしっと敬礼する。キョウのほうからも敬礼を返すと、子供たちはキャッキャと喜んだ。


 保安官かどうかは、腰元に差したサーベルの有無でわかる。港で唯一武器の携帯を許された保安官のサーベルは、多くの少年たちの憧れであるらしく、触らせてくれとせがまれたことも一度や二度ではない。もちろん、触らせたことなどないが。


 そんなこともあり、元来子供と積極的に関わろうという意思がないこともあり、足早にその屋台の前を離れる。去り際にもう一度目を向けると、子供たちは手を振って見送ってくれていた。

 無邪気なその姿を見つめつつ、キョウは先日の子供海賊のことを思い出した。


 あれとそう変わらない年頃の子供たちが、店を荒らし、物を盗む。武器も持っていたという。サーベルに勝るとも劣らない、鋭い得物を。


「嫌な世の中だな」


 キョウのかすかな呟きは、市場の喧騒に掻き消されて、自分自身にすらほとんど聞こえなかった。


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