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リアルがごたごたしててこんなに遅れてしまった……
ここからまた書いて行こうと思いますのでよろしくお願いします。
一般の騎士団の者はもちろん、教会に与する者ですら一部しか立ち入ることを許されない区域にアリーゼとエリスは立っていた。
変わらぬ無表情のまま歩くエリスと、どこか挙動不審なアリーゼ。その様子が彼女にも伝わったのか、エリス顔をアリーゼへと向けた。
「アリーゼ、どうしたの? やっぱりまだ不安?」
初任務に対する不安と彼女は捉えたらしい。アリーゼは慌てて首を横に振って苦笑いを浮かべた。
「ああいや、そういうのじゃないよ。ただ、立ち入り禁止区域に自分が足を踏み入れる日が来るなんて思わなかったから。不安とかじゃなくて、単純に慣れない、かな」
「……そのうち慣れる。アリーゼ、貴方は相応の地位にいるの。だから、そんなに畏まる必要もないし、もっと堂々としていて欲しい」
「う、うん」
気持ちを入れ換えたのか、若干の挙動不審は残るもののなるべく前を見すえて歩くアリーゼを見て、エリスは小さくため息を吐いた。
――どこまでも、権力というものが似合わない人。
エリスのアリーゼへの第一印象はそれだ。聖女の護衛や聖騎士という立場からそれなりに権力や地位のある立場の人間も見てきた彼女だが、アリーゼはそういったしがらみはまったくと言っていいほどに似合わなそうだった。
だからこそ、彼が戦うことにあそこまで肯定的であったことは何よりも意外で、そして頷けるものだった。
「全ては白さ故のもの、か。……骨は折れそう」
純粋。その言葉に尽きる彼の在り方に、これから共に動く者としての苦労と興味を感じたのか、エリスは人知れずため息をもう一度吐いたのだった。
―――――
「ここが聖女の間」
「ここに、聖女様が――」
「ええ。よくいらっしゃったわね、二人とも」
荘厳な飾りつけのされた大きな扉が、少女の声に合わせて開かれる。
何事かと驚くアリーゼに対して、エリスは扉の奥へと声をかけた。
「リリア、アリーゼは私と違うから、あまり驚かさないであげて」
「ふふ、優しいのねエリス。ちょっとした悪戯なのだから許して欲しいわ。
さぁ、二人ともこちらへいらっしゃい。時間はないけどお話をしましょう?」
「……アリーゼ、あまり気負いすぎないで。何かあったら私がリリアに怒るから」
「あら、まるでお姉ちゃんみたいね、エリス」
「彼の先輩に当たるのだから面倒を見るのは当然。リリアは意地悪な所があるから、心配もする」
「私を意地悪だなんて言えるのは貴女くらいよ」
気軽なやり取りを繰り返して、エリスは聖女の間へと入って行った。
後に続くアリーゼの視界に入ったものは、正しく聖女だった。
全身を覆う白のローブに、床に付こうかと思われるほどの長い髪の毛、その髪色はもちろん白く、エメラルドグリーンの瞳がアリーゼを見つめていた。
瞳の色が自分と同じなのか。などと考えてしまったことを恥じてしまうほどに、聖女は浮世離れした容姿をしていた。
「はじめまして、会いたかったわ。アリーゼ。
――ああ、堅苦しいのとかは無しよ? 貴方もこれからよろしくやっていくのだから。改めて、私はリリア。聖女様って呼ばれるのは嫌いだからそれ以外で呼んでね」
「ア、アリーゼ・レストです」
先程のエリスとの会話はどこへやら、すっかり緊張しきった様子のアリーゼにリリアはにこりと笑い、彼をまじまじと見つめた。
「――とても綺麗な目ね。貴方のこの目の輝きが変わらないことを、私は祈ることにしましょう。
……何よ、エリス」
「別に。たまには聖女らしいことも言うのね。って思って」
「酷い言われようね。アリーゼ、聞いていたでしょう? エリスったらいつもこうなのよ。貴方からも少しは私のことを敬うようにって言ってくれない?」
「リリアが真面目になったら考えておく」
「私は至って真面目よ?」
軽快な言葉のやり取りを一人取り残された形で眺めるアリーゼ。リリアの年齢は不詳ではあるがエリスとそう離れたものではなさそうな容姿もあってか、二人は気安い友人のように見えた。
「……こほん。アリーゼ、これがこのエフレイエのトップ。幻滅したかもしれないけど、強く生きて」
「……貴女、時折本当に失礼よね」
「あ、あはは……」
知らぬ。と言わんばかりにリリアから顔をそらすエリスにアリーゼはただただ苦笑いしかできず、リリアはふて腐れて顔を膨らませた。
「――よし、お遊びはおしまい。改めていらっしゃい、エリス。それに――アリーゼ・レスト」
「はい」
先程までの穏やかな雰囲気から一転、室内には厳かな雰囲気が漂い始める。
ここから先はもう公務の話なのだろうとアリーゼは口元を一文字に引き締めた。
「ふふ、貴方も真面目な子なのねアリーゼ。エリスも生真面目だからやはりお似合いだったみたいね。
と、このままだと脱線してしまいそうだから本題に移るわね」
にこりと。真剣な表情の二人とは反対にリリアは微笑んだ。それはとても穏やかな笑みで、彼女はその表情のままに、
「二人への公務の内容――それは粛清。砕いて言ってしまえば討伐よ」
雰囲気も、表情も一変させずに言い切った。その言葉の意味がこの部屋、そしてリリアという聖女に対してとても似合う言葉ではないことは明白なのにも関わらず、聞いた側すらもそれが当たり前のものなのだと思ってしまうくらいには自然に。
「それはつまり――」
「そう。人を殺せと言っているのよ。
――もっとも、もう既に人かどうかも怪しいけれど」
数瞬遅れて言葉の意味を理解して聞き返そうとしたアリーゼへとリリアは更に直接的な表現で言ってのける。
次いで出てきた言葉にぴくりと反応したのはエリスの方だった。
「それはどういう意味?」
「そのままの意味よ。今回の粛清対象の男は魔物商会と通じていたみたいなのだけれどね、どうも私の存在が気にくわない方の一派だったみたいでエフレイエに魔物を流す気でいたみたいなの」
「そこまでわかっていたのに手は打たなかったの?」
「わかってて手を打ったらこうなったのよエリス。
早々に貴女を向ければ良かったわ。
――やらかしたのよ、その男はね……魔獣の細胞を持ってたみたいなの」
「なっ」
「魔獣の細胞?」
リリアから出て来た言葉に絶句するエリスと、その意味をわからずにおうむ返しをするアリーゼ。
リリアはそう。と頷いて彼へと視線を向けた。
「この世界にはたくさんの魔物がいるでしょう? その各生態系のルーツとされる存在が魔獣なの。魔物は本来ただの動物だったものが魔獣の細胞を身体に取り込んで魔物化してしまったものなのよ。もうほとんどの魔獣はこの世に生きてはいないけど、存在はしているの。肉片、内臓、骨……そういうものを総称したものが魔獣の細胞。ここまで言えばその哀れな男の末路はわかるでしょう?」
「まさか、魔物になってしまった……?」
あり得ないと。アリーゼが震える声で半ば呟くように答えればリリアは頷いた。
微笑みの表情にどことなく陰が混ざったような錯覚がして、少年はまばたきの数を多くした。何も変わらない、微笑みの聖女が立っているばかりだった。
「人も立派な動物よ。中には魔獣の細胞と共存していける個体も存在するけれど、基本的にはどんな種族も理性のない魔物に成り果てておしまい。教会も先手のつもりで憲兵を身柄確保に向かわせたみたいなのだけど帰って来ないの。恐らくもう……
馬鹿な男よ。身の安全を得るために理性のない魔物へと身を堕とすなんて」
リリアが続けようとしたことが伝わったのか、アリーゼもエリスも眉間に皺を寄せた。
そして、少年は一つの危険に行き当たって勢いよく顔を上げた。
「じゃあ、今エフレイエの中に魔物がいるってことですか!?」
「ええ。だから貴方たち二人を呼んだの。他の聖騎士たちはみんな出払ってしまっているし、エリスの公務は私やエフレイエの治安維持。今回の件は該当するわ」
「なら、早く行かないと――」
「慌てないでも大丈夫よ。現場は私が結界に閉じ込めているから」
「え? 結界……?」
勇み足で動こうとするアリーゼを止めたのはリリアの突拍子もない言葉だった。通常、魔術に類するものはこのような室内から遠隔で操れるほど優れてはいない。
満足いく反応だったのか、リリアは微笑みを深くして悪戯っぽく笑った。
「私はね、エフレイエの中は結構融通が利くの。魔物一匹を結界に閉じ込めておくくらい大したことないのよ」
何の気なしもなく言うその規模に、アリーゼは呆気に取られていたようだった。
エリスとしてはわかっているのだろう、表情一つ変えていない。
「ただ戦うことができないから、エリス、それにアリーゼという戦う手段が必要なの。故に二人に勅命を出します。
――聖女リリアの名において、これより二人へ魔物の討伐を命じる。魔獣の細胞を直接取り込んでいるから並みの魔物の比にならないくらい強いだろうし、魔物商会から買っていた魔物も放たれてるからくれぐれも注意して」
聖女は、淡々と公務の内容を述べて、次いで自身の把握できている情報を二人へと伝えた。
無意識にアリーゼが手を握って拳を作り、それに気づいたエリスは少年の顔を見つめる。緊張とかではなく、覚悟を決めた顔が浮かんでいた。
「ふふ、もっとも――
――貴方たち二人が相対して遅れを取るような相手には思えないけれどね」
「油断大敵。寸分の狂いなく斬り捨てる」
「同じく。余計な被害を出さない為にも、ここで食い止めてきます」
「よろしい。いってらっしゃい二人とも。私が直接無事を祈っているから加護はばっちりよ」
リリアなりの冗談なのか、聖女としての言葉なのかどちらとも取れる言葉に苦笑して、アリーゼは既に部屋の出口へ歩き出していたエリスの後を追った。
振り返らずに出てくエリスと、振り向いて丁寧にお辞儀をするアリーゼ。二人の姿が見えなくなって、リリアは大きくため息をついた。
「始まってしまったわね。災厄への歯車はこれでもう止まらない。
止めるとするならそれは全てが終わって災厄の始まる瞬間。あの子を、あの子達を使った私を貴女は怒るでしょうアリア。でも、こうするしかないのよ。
――貴女を、楽にしてあげる為には」
答える声はなく、聖女は天井へ語りかける。この歯車を動かしたのは自分で、その歯車に彼らを利用した。そこまで全て折り込み済みで、彼らへ降りかかる困難すら予想した上で自分は時を進めたのだとリリアはか細く紡ぐ。
「貴女の願いも叶えるし、貴女を解放もしてあげる。だから、しばらくはこの舞台を見ていてね。アリア」
答える声は、やはりなく。
あれですね、RPGで言うところの最初のボスですね。ここでチュートリアルとかこなしてゲームに慣れてくださいねー!的な感じです。
さて、次回からは戦闘回です。気合い入れて頑張りたいと思います。
ではでは。