プロローグ
はじめまして、至木三芭と言います。いたりぎみつばと読みます。
完全自分得なやりたいことを詰め込んだファンタジーですが、何かセンサーに引っ掛かる人がいらっしゃって、これを読んで「あ、これいいかも」なんて思って貰えたら幸いです。
では、しばらくの間お付き合いよろしくお願いします。
「……はぁ」
まだ日も真上に昇りきらないうちから、少年は本日何度目かというため息を吐いた。そのため息は諦めや落胆、挫折が含まれたものではなく、緊張から来るものであり、少年は身に纏う純白のコートに視線を向けて、再度大きくため息を吐いた。
「夢見たことはあったけど、こんなに早く現実になるとは思わなかったよ」
ひとりごちて、緊張からか重くなる足取りを進める。選ばれた時はただただ、夢かと疑った。どうして自分が? とも。
彼の着る純白のコートは、この聖都"エフレイエ"を取り纏める教会の騎士団において最高位の聖騎士団にのみ許されたコートであり、つまり彼は聖騎士団へと格を上げられたことになる。これは騎士団にとって最高級の名誉であると言える。
「補佐官とは言え、引き抜きだなんて……どうしてなんだろう」
少年がこれから就く役職は聖騎士ではなく、聖騎士のパートナーに当たる役職で、本来形式化された試験を抜けて得る役職であり、このように引き抜かれるなどは異例であると言える。
少年は、自分が強いとは思っていない。確かに他とは一風変わった能力を持ち騎士として職務に励んでいたが、騎士団で自分が一番強いかと問われれば首を横に振るだろう。第一自分の力はそういう状況の戦いには向いていない。
「聖女様に賜ってしまった以上、引くには引けないけど……と、ここか」
思考するうちに目的地へ着いたのか、扉の前で再度大きく深呼吸。"エリス・クリフィース"と札の貼られた荘厳な扉へ二回ノックをした。
「……誰?」
聞こえてきた声は女性の者。騎士団にも女性はおり、聖騎士に女性がいることはなんらおかしくない。少年はごくりと唾を飲んで、緊張を多分に含む――しかし張りのある声で答えた。
「本日より聖騎士クリフィース様の補佐官を勤める事となったアリーゼ・レストです」
「……入って」
「失礼します」
少年――アリーゼの入室した先には少女が立っていた。目元にかかる前髪と腰付近まで伸びた後ろ髪はウェーブがかかっており、男としては小柄なアリーゼをして、更に小柄で、資料によると彼の一つ上の年齢に当たるはずなのに幼く見える。無表情にアリーゼを見つめるその容姿はとても綺麗に整っており、スカイブルーの瞳も合わさり作りの精巧な人形を連想させる。
可愛い人だな。と言うのがアリーゼの第一印象だった。
「はじめまして。私は聖騎士団第五位、エリス・クリフィースです。貴方が、私のパートナー?」
「はい。アリーゼ・レストと申します。この度は――」
「そういうの、いらない」
必死に覚えた礼の言葉を一蹴されて唖然となる。そんなアリーゼにゆっくりとした歩調で近づくエリスは、そのまま彼のことを一通り見つめた。
「……なんでしょうか」
間違いようのない美少女に見つめられるアリーゼだが、彼はこのような見られ方には耐性があった。声音に少しの嫌悪感を隠せなかったことには若干、後悔してしまったが。
――アリーゼは傍目に見て、おそらく多数の人間が美少年と答えれるくらいには整った容姿をしている。肩甲骨付近まで伸びた金髪を襟足で一纏めに結い、眉上で整えられた前髪にエメラルドグリーンの瞳、中性的な顔立ちと美少年の要素を多分に含む。体格も小柄で、屈強な騎士とは真逆の印象を持たせるだろう。
「ハーフ?」
「ええ。父も母も知りませんが」
にも関わらず、彼には友人と呼べる者が少ない。美少年になるはずにも関わらず恋愛の経験も無ければ、少女達の黄色い声も受けたことがない。それは、彼の耳にあった。
人間と言うには異質で、異種族と言うには中途半端。少しだけ尖った耳は彼の特徴だった。その容姿に似合わないわけではない。しかし、それはある一つの事実を彼に刻んでいる。
「何の混血?」
「ハーフエルフだそうです。ガイガンではなく、アルテラの血が流れてると言われました」
アリーゼはハーフエルフだった。神を、聖女を信仰し国を成り立たせるエフレイエにおいて、迫害はなくとも混ざり物は禁忌に近い。故にアリーゼは敬遠されがちで、だからこそこうして聖騎士補佐として自分が選ばれたことに戸惑いを隠せない。
「ガイガンが近接系特化でアルテラが魔術特化だから……貴方は魔術師?」
「はい」
「……ん、わかった。じゃあ改めて、ようこそアリーゼ。私は貴方を歓迎します」
「は、はい。よろしくお願いします」
「敬語はいらない。貴方は私のパートナーだから、貴方が私に敬語なのはおかしい」
「しかし……」
「反論は受け付けない。聖騎士がどうとか言うつもりなら、これは命令にする。貴方は私に敬語を使っちゃだめ」
「……わかった。これでいいのかな、エリスさん」
「呼び捨てで」
「……はい」
変わってる人だな。と言うのが、アリーゼのエリスへの第二印象となったのだった。
―――――
「それでエリス。僕はキミの下について何をすればいいのかな」
数分後、用意されていた自分の椅子に座ったアリーゼは同じく自分の椅子に座るエリスへと視線を向けて尋ねた。
聖騎士の序列第五位、最新の聖騎士の仕事は公には出ておらず謎に包まれている。アリーゼ自身、噂に聞く程度で会うまで聖騎士が女性ということに半信半疑だったくらいだ。
「砕けて言えば、聖女の身辺全て。護衛からお守りまで」
「聖女様の?」
そう。と少女は頷いた。
「場合によっては粛清とかもある。アリーゼ、人を殺したことはある?」
「なくはないよ。やむを得ず、って場合ばっかりだけど」
「……私の仕事は全てじゃないけど、そういうものもある。汚れを担うことも。貴方はそれでも大丈夫?」
「それがエフレイエの人々にとって良いことなら」
「……」
躊躇いなく言い切るその姿に少女は驚きの色を表情に滲ませた。
こんな顔もするのか、と内心呟いてどうしたの? とアリーゼは問いかけた。
「普通、それでも殺生は……ってなるはず」
「――ああ、」
アリーゼは少女の言わんとしてることを理解した。ここエフレイエは五神崇拝、聖女崇拝で成り立つ信仰の都だ。故に殺生はいい目で見られることもなく、時には復讐行為すら咎められる。潔癖の都、と揶揄されることもあるのだ。
その中において、アリーゼは殺生をしたことがあり、躊躇わないと頷く。振ったのは自分だが、あまりの飲み込みの良さに首を傾げた。
「怒らないで聞いてもらえると嬉しいのだけど、僕にとって神様とか聖女様とか、あまり関係ないんだよ。僕を助けてくれたのは結局のところ人間だったからね。だから、今度は僕が助ける側になりたい。信仰心とかから来るものではないんだよ、僕がここにいるのは。だから、先に待つものが人々にとって無益なものじゃないなら、僕は喜んで汚れを担うよ」
混血で、孤児だという出生でもあるし、と内心で付け足す。これは人に言うことではなく、自分がそう定めていることで彼女には関係ないことだし、と。
「……リリア――聖女はその言葉を喜んでくれると思う。私も、貴方がそういう考え方の人で嬉しい」
「僕はホッとしたよ。怒られないかって」
「怒るわけない。私達も騎士団も聖女や教会の為のものじゃなくて、民のもの。貴方の意思は美しい」
「なんだか照れるなぁ。褒められたものではないと思う気がするけど」
「ううん、褒める。いらなかったら突き返すつもりだったけど、貴方は、いる」
「それは良かった」
まだ話して数分だが、エリスは言葉少なく、故に遠慮をしない。多少の配慮はあるかもしれないが、一言一言が芯に来るような物言いで、アリーゼの内心は怒らせないようにと気が気ではなかった。
だからこそ、必要とされたことにホッと肩を撫で下ろした。無論、内心でだが。
「だから、貴方ももっとはっきり言いたいことは言うように。これからは対等なパートナーだから、私を怒れるのは貴方だけ。貴方を怒れるのも私だけ。いい?」
「あはは、お見通しだったんだね。うん、わかった。これからよろしくね、エリス」
どうやら悟られていたらしい。降参と言わんばかりにを息を吐いて、アリーゼはエリスへと笑いかけた。
エリスも、ふわりと少し口角を釣り上げて控えめに笑ってみせる。無表情な顔に、それだけで綺麗な色がつく。
「こちらこそ、よろしく。アリーゼ」
ああ、やっぱりこの人は可愛い人だな。アリーゼはそう再認識したのだった。
―――――
「出会ってしまったのね、二人は」
水晶越しに、少女は呟いた。言葉とは裏腹にとても嬉しそうに、慈しむように。
髪から肌、衣服まで全て白い少女は、水晶に映る少年と少女を見つめ、愛おしそうに水晶を撫でた。
「出会わせてしまった、の間違い」
「あら、どうして貴女がここに? 貴女のような"モノ"はここには入れないはずだけれど」
少女の向かいに現れたのは、全て黒に包まれた、同じく少女。肩に黒猫のぬいぐるみを乗せて、少女は白の少女の問いを一笑した。
「私はどこにでもいける。どこにもいないから。……始まるの?」
「ええ、始まるわ。終わらせてなるものですか。ご主人様にもそう伝えておくといいわ」
「伝えておく。けど、あれはご主人様とかじゃない。憎い、私の敵。だから、来た」
にゃあ。とぬいぐるみから可愛らしい声が出る。どう見ても生物でないそれは、まるで生き物のように動き、黒の少女に身体を擦り寄せた。
「私は私で彼が必要。だから、借りることもきっとある。友達を取り戻す為に」
「構わないわ。お互いの邪魔にならない程度に、だけど。貴女の言うことが正しいなら私達の目的は同じはずだし」
「うん」
水晶の先では、少女が珍しく笑っていた。彼女との付き合いの長い白の少女は驚いてから、嬉しそうに笑い黒の少女はその様に瞳を伏せた。
それから互いに目を合わせ、口を開く。
「「全ては、魔女を滅ぼす為に」」
今ここに、鍵は揃った。否応なく進む物語は、全ての人に平等に選択を迫る。
終わりへ向かうのか、終わらずに進むのか、それを知る術はまだ何も存在しない――
ひとまず終わり。プロローグです。
子供の頃からファンタジーが大好きで、迸るパトスを我慢できず書き始めてしまいました。ぶっちゃけると二部構成の予定で、ひとまず一部の構成までは出来上がっていますので、もし読み続けてやるか。って思っていただけたらもうしばらくお付き合いをお願いします。では、次回にてまたお会いしましょう。