最後の進軍―3
「青い港」の前で、テレサは純白の女と対峙した。
「ペルちゃんはどうしたの?アームズフォート」
「……中で寝てるんじゃないですか」
テレサは手袋を取りながら、淡々と言った。
「……囲め」
クリスタのその一言で、兵士たちが彼女とテレサを取り囲む。
「何のつもりですか」
「……シャープイヤーの要請なの。シラは切れないでしょう?おとなしくすれば、処刑台で綺麗に頭を落としてあげるわ」
聞く者の背筋を凍らすような、冷厳とした声。
テレサは静かに両手を合わせた。
「……っ!かかれ!」
「Arm’s Fort……Activate……」
空色の閃光。
周りを取り囲んでいた兵士たちは、その鎧を砕かれて崩れ落ちた。
しかしその隙に、クリスタはテレサの至近まで踏み込んでいた。
「……!」
その鞘から、刃が恐るべき速度で打ち出される。
テレサの胸に横一閃、赤い筋が入った。
「避けるのねぇ。面倒だわ」
後ろに飛びのいたテレサを、クリスタは追う。その刃はすでに鞘の中だった。
「……っ!」
着地を誤って、テレサがよろめく。クリスタは一息にその間合いへ踏み込む。
「さよなら、アームズフォート」
神速の斬撃が、再び放たれた。
「……!?」
そこにテレサの姿はない。
光の軌跡を追ってクリスタが見た先は、上。
その膂力で道の両脇に立っている家を掴み、支えにして高く跳んだテレサは、その力を、速度を、今度は地面に、クリスタに向けて叩きつける。
「なっ……」
反射的に放たれた抜刀は、一本目の腕を切り裂いた。
返す刀は二本目を消滅させた。
それで終わりだった。
三本目の腕はクリスタの右腕を。
最後の腕は左腕を打ち抜いた。
そして勢いの乗った体が、クリスタの胴体を刈る。
「っ……!!」
隣の交差点まで吹き飛ばされてなお、クリスタは起き上がろうと悶える。しかしその体に叩き込まれた衝撃が、それを許さなかった。
それを一瞥して、テレサは振り向いた。
「あんた……テレサ、何があったの」
呼ばわる声にテレサは顔を上げる。
「青い港」の出入り口には、ペルが立っていた。
「一体どうしたの?テレサ」
「……どいて、ペル」
沈痛な面持ちで言うテレサに対して、ペルの表情もまた悲痛だった。
「……どうしても、やるの?」
「もう、後戻りできないの。エレナと永遠を過ごすには、これしかないの」
テレサは顔を歪ませながら呟く。
「私、ペルの命、もらっちゃったもの。これで失敗したら、どうしたらいいのか、わからないよ……!」
空色の腕がペルを薙ぎ払う。しかし、彼女は平然とそこに立ったままだった。
「……?」
もう一往復、光の腕がペルを通り過ぎる。
「……そっか、ペルは良い人なんだね」
「そうね。一応誇りに思ってる。神様に顔向けできないようなことは、して来なかったつもり。酒の席の話は勘定されてないのかな、ひょっとして」
冗談めかして言いながら、ペルは歯を食いしばって一歩、テレサに踏み出した。
「……どうしてもやるっていうなら、テレサ……私はその誇りを捨てなきゃならないね」
光の腕は虚しく空を切り、ペルの行軍を絢爛に飾り立てる。
「ペル……止めて……今死んだら……あなたの死まで無駄になっちゃうかも……!!」
「無駄でもいい。無駄でもいい!大事な人を四人も失うくらいなら……」
すでにお互いの手と手が触れあう距離。
痛烈な破裂音。
ペルはテレサの頬を張った。
「大好きな親友の心が救いようもないほど汚れちゃうくらいなら、私の命くらい無駄でいい!!」
テレサはその姿勢のまま、ぬるりと呟く。
「……汚れてないよ」
「……何?」
「汚れてなんかない!汚くなんかない!これが私とエレナの愛だもん!永遠の形だもん!ルーカスさんたちには子どもがあるけど、私たちにはこれしかないんだもん!!行かせてよ!ペル!!やっと分かったの、愛って何なのか!!!」
そのまま駆け抜けようとする首根を、ペルが掴み取り締め上げる。
「が……かっ・……」
「……悪いけど、行かせない」
その双眸からは緋色の筋が伝っていた。
「あっ……が……」
「なんて……難儀な相手に捕まったもんだね、ほんとに……」
水仕事でささくれだった指が、柔らかな喉に食い込んでいく。
「どうして、幽霊なんだよ……どうして生きた人間じゃ駄目だったの……?」
聖女の腕は徐々にほどけて、月光に混じって消えていく。
手の甲の紋章が、光を失う。
「…………」
もはやうめき声すら聞こえない。
ペルは固く目を閉じた。
「ごめんね……いつか会えたら、また一緒に料理しようね……」
固く締めあげていた両腕が宙を切った。
支えを失ったテレサの体は、無造作に石畳へ転がった。
「テレサ……」
ペルは親友の名を静かに抱いた。
そこに、クリスタがふらふらと近寄ってきた。
「ペルちゃん……」
ペルはテレサの脇に屈みこんで、静かに嗚咽を漏らしている。
「……辛いことだけれど、あなたはよくやったわ。止めたんですもの」
次第に透き通っていくペルの背中に、クリスタは優しく微笑んだ。
「向こうに行ったら、ゆっくりお休みなさい。何もかも、忘れられるほどにねぇ」
そして、ペルは光の粒になって消えていった。
クリスタはあたりを見渡して、意識を取り戻した兵士に声をかけた。
「こっちに来なさい。最後の仕事よ」
兵士が慌ててクリスタに駆け寄ると、その足元からか細いうめき声が聞こえてきた。
「無理もない。大好きな親友を殺すことなんて、そうそう出来ないわ」
クリスタは兵士に目くばせした。兵士はそれを受けて、剣を両手で振り上げた。
「私がやるつもりだったのだけど……嫌なことを引き受けさせてしまって、ごめんなさいねぇ……」
重い斬撃が、振り下ろされた。




