表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第二章

ここから、米田が本性丸出し変態野郎になりますので、注意が必要です。

 とりあえず、何が起こったのか状況を確認しないといけない。

 時間を確認しようと左手首を見るが、そこに自慢の腕時計はなかった。どうしても欲しくて誕生日に親父に強請って買って貰った、念願の腕時計だっただけに、軽くショック。まぁ、女が付けるにはゴツい代物なんだけどな。

 代わりに右手首には、ベルトが細い女物の腕時計が着いていた。あ、そうか。女は右手に着けるのか。高級そうだが値段は分からない、でもお高いんでしょう?

 文字盤の上で、律儀に時を刻む秒針を見て、俺は驚いて山もっさんに見せる。

「おい、これ見てみろよっ!」

「あ? 時計? これがなに……なんだこれっ? 反対回りしてんじゃんっ!」

 耳を掻きながら、山もっさんが驚きの声を張り上げた。察しの良い山もっさんは、俺が言いたいことがすぐ分かったらしい。秒針は反時計回りをしていたのだ、時計なのに。文字盤に刻み込まれたアラビア数字も、全て反転している。こういうデザインの時計なのだとしたら、紛らわしいにもほどがある。

 長針と短針は、ちょうど十二時を回ったところだった。ということは、俺達が気を失ってからまる十二時間経った計算になる。そんなに長い間、俺達がここに倒れていることに誰も気付かなかったというのも、おかしな話だ。

 いつまでも便所にいても、何も分からない。ひとまず、便所から出ることにしよう。と、思った矢先だ。

 かしましい笑い声と共に、女子二名が便所に入ってくる。山もっさんは顔をこわばらせ、素早く俺の後ろに隠れた。あ、山もっさんが女性恐怖症なの忘れてた。ってか、今は俺もお前も女なんだけど大丈夫なのか?

 セミロングの髪を金を染めた眼鏡女が、馴れ馴れしく話し掛けてくる。

「あ、米田さん、ちーっす」

「……ど、どうも、こん……にちは……」

「どーしたんすか? 気分でも悪いんすか?」

「いや……あの……その……」

 人見知りの激しい俺は、見知らぬ人間に声を掛けられると異常に緊張してしまう。顔をひきつらせて、ぎこちなく挨拶した。誰とでも気軽に話が出来る、社交性のある奴が羨ましい。普段なら社交性が高いはずの山もっさんは、今は俺の後ろで見つからないように身を硬くしている。

 名前を呼んできたってことは、どうやら向こうは俺のことを知っているらしい。でも、女子高生に知り合いなんていないんだけどな。灰色の男子校で、二年近く過ごしてきたから。

 せめて名前を確認してやろうと胸元を見ると、右胸に「間大」という名札が着いている。

「まだい?」

「は? なに言ってんすか。大間おおまっすよ。いつも『大ママ(おおまま)』って、呼んでたじゃないっすか」

「大ママ? って、あの大ママ?」

「そっすけど、どうしたんすか? 今日の米田さん、変っすよ?」

 俺が「大ママ」と呼んでいたのは、同じクラスの「大間真夫おおままさお」のことだ。俺の知る大ママは、確かに金髪眼鏡で、こういう喋り方をする奴だった。でも男だったし、俺より図体がデカい筋肉馬鹿だった。レスリング部に所属していて、将来はプロレスラーになるのが夢だと語っていた。こんなデ……ぽっちゃり系女子高生なんかじゃなかった。

 俺は混乱しつつ、大ママに質問する。

「えっと……大ママの下の名前って、なんだったっけ?」

真美まさみっすけど?」

 不思議そうに目を丸くしながら、大ママが答えた。なるほど、真夫だから真美か。どうやら、大ママも女子高生になってしまったらしい。って、ことは隣にいる痩身の黒髪ワンレンも俺の知り合いか? 名札には「八壷」とある。さっき「間大」で「大間」だったってことは――

「ツボッパ?」

「んー? 何ー?」

 俺が呼び慣れたあだ名で呼ぶと、黒髪ワンレン女子高生が何気ない口調で返事をした。やっぱり、こっちはツボッパか。ツボッパも同じクラスで、本名は「壷八豊つぼはちゆたか」という。暇さえあればゲーセンに入り浸ってる奴で、飯代もバイト代もほとんど注ぎ込んでいるらしい。その所為で、痩せている。将来、パチンコ中毒になるタイプだな。もっぱら口癖は「最近、良いもん食ってない」

 一体どういうことなんだ? みんな女になっている。時計は反時計回りに回り、文字も反転している。学校中に溢れる女の黄色い声。どうしてこうなった。

 呆然としていると、今度はツボッパが首を傾げつつ訊ねてくる。

「ところで、山本知らなーい? 一緒にお昼食べようと思ったんだけど、いないんだよー」

「山もっさんなら……」

 俺の後ろにいると言おうとした時、後ろに隠れている山もっさんが、俺の制服を強く握り締めて引っ張った。どうやら、女性恐怖症は筋金入りらしい。いつもなら気さくに話せる大ママとツボッパに、怯えている。性別が変わっただけで、こんなにも変わるのか。それとも、山もっさんは性格も変わってしまって、コミュニティ障害になってしまったのか。なんにしても、こんな状態でふたりに会わせることは出来ない。

 しかたないので、とっさに適当な嘘を吐く。

「なんか、あの日だから具合が悪くて、保健室行った……んじゃないかな?」

 すると、妙に納得したようにツボッパと大ママが頷き合う。

「あー……山本重い人なんだー。分かるー、私も薬ないと無理ー」

「自分もそろそろ近いっす」

「マジでー? ナプキン一個あげようかー?」

「すんません、タンポン派なんすよ」

「えー、タンポンなんだー? 私、タンポンとか無理だわー」

「慣れると結構楽なんすけどね」

「痛くないのー?」

「痛くはないっすけど、最初は違和感ハンパないっす。でも、すぐ慣れますって」

「うーん……やっぱ、ナプキンでいいわー」

 ツボッパと大ママが、女子にしか分からない話をドンドン進めていく。俺は完全に蚊帳の外だ。便所だからなのか、女子同士だからなのか、よくもそんな話で盛り上がれるもんだ。正直、聞いてる方はかなり気まずいんで止めて頂きたい。

 どうでもいいから、早くここから出て行ってくれないかな。後ろで隠れてる山もっさんが震えてて、ちょっと可哀想になってきたんだけど。

 仕方がないので、追い出すとしよう。

「あんましここで喋ってると、飯食う時間なくなんじゃない? 山もっさんは、俺が様子見てくるからさ」

「あ、そっすね。じゃ、米田さん、山本さんよろしく頼むっす」

「じゃー、またあとでー」

 軽く手を振りながら大ママとツボッパが便所から出て行って、俺は大きくため息を吐き出した。

 俺の後ろにいた山もっさんは俺にしがみついたまま、その場にしゃがみ込んだ。振り返れば、山もっさんが顔色を真っ白にして全身をわななかせている。お前、どんだけ女怖いんだよ。

 普段ならからかうところだけど、黒髪ロングの美少女になった山もっさんなら話は別だ。弱っている美少女は可愛い。俺は横に屈んで、落ち着かせるように背中を優しく撫でてやる。

「大丈夫?」

「こっ……これが、大丈夫にっ見えるか……っ?」

 恐怖に顔を強張らせ、声まで震えている。よっぽど怖かったらしい。

 俺は苦笑すると正面から向かい合い、その小さな体を抱き寄せた。女になったからか、いつもの筋肉質な体じゃない。良い匂いがして柔らかくて抱き心地良いし、長くてしなやかな髪の手触りも気持ち良い。

 抱き締めると、山もっさんの体が一瞬こわばった。俺は落ち着かせる為、父親が幼子にやるように軽く背中を叩いてやる。

「はいはい、大丈夫大丈夫」

「米田さん……」

 山もっさんの声が、少し和らいだ気がした。しばらくすると震えも徐々に収まっていき、俺に全身を預けてくれた。なるべく優しい口調で問い掛ける。

「どう? 落ち着いた?」

「うん……ちょっと落ち着いたかも……ありがと」

 はにかんで、山もっさんが礼を言った。山もっさんが会釈すると、黒髪が美しくなびいた。

 うっわ、なにこれ山もっさん超可愛いっ! 山もっさんが女になったら、ストライクゾーンど真ん中なんだけどっ! ヤベェマジで抱けるわ、これ。もう一生、男に戻らないで欲しいぐらい超好みっ! 

 ここで俺も女なのが残念でならない。ああ、俺のナウい♂息子が恋しいぜ。

 そこまで考えて、ふと気になったことがある。

「山もっさんさ」

「ん?」

「なんで、俺は平気なの? 俺も今、女じゃん」

 当然の疑問を口にすると、山もっさんも不思議そうに小首を傾げる。

「そういや、そうだな。なんでだろ? 米田さんだからかな?」

「俺だから平気って、どういうこと?」

 分からずに聞き返すと、何か考えていた様子の山もっさんがややあって悪戯っぽく笑う。この顔は、何か隠している顔だ。

「知~らねっ」

「お前な。大人しく吐かないと、今すぐ女の輪の中に放り込むぞ?」

 不敵に笑って小さな体を抱き上げると、山もっさんは首を激しく振って顔を青ざめさせる。

「ふ……ざけんなっ! 言う言う言うっ! 言うから、止めろっ!」

「じゃ、教えて?」

 破顔して訊ねると、山もっさんは可愛らしくむくれた顔で答える。

「女でも、家族とか親しい人なら平気なんだよ……っ。母さんとか妹なら、女でも怖くねぇの。たぶん、米田さんはいつも一緒にいる親友だから、平気なんだと思う」

 聞いてみれば、大した内容じゃなかった。つまり、俺には心を許してくれているって解釈で良いんだよな? それって、かなり嬉しい。学校にいる間は、俺しか頼る人がいないってことだもんな。黒髪ロングの美少女を、独り占めだ。

 ちなみに何故、山もっさんが女性恐怖症と暗所恐怖症なのか。話せば長くなるが、幼少期に痴女に拉致られて暗闇の中で悪戯されたのだという。それ以来、女が一メートル範囲内に入ると、恐怖を覚えるそうだ。

 以前、間違えて女性専用車両に乗ってしまった時は、死を覚悟したらしい。

「そっか、良かったっ」

 俺が満面の笑みを浮かべると、山もっさんは涙を薄く浮かべた上目遣いで懇願してくる。

「そんで、その米田さんにお願いがあるんだけどよ」

「何?」

「たぶんここ出たら、女がいっぱいいんだろ? 俺きっと一歩も動けなくなっちまうか、全力で泣きながらやみくもに逃げちまう。だからさ、このまま連れて帰ってくんね?」

 言い終わると、山もっさんは俺の胸に顔を埋めた。

 つまり俺に、山もっさんを抱っこして帰れと。お持ち帰りということでよろしいでしょうか? そんな可愛いこと言われたら、好きになってしまいそうなんだけど。いや、もう既に大好きです、本当にありがとうございますっ!

 なにこいつ、女になったらかなりあざと可愛いだけど。俺が男だったら、即お持ち帰りして押し倒すっ!

 もうこうなったら、女のままでもいいかっ!

ここまでお読み下さった方、ありがとうございました。

並びにお疲れ様でした。

もし、不快な気持ちになられましたら、申し訳ございませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ