深い森の出口へ。
ある夜、あるビルの屋上で。
ある女性は夜景を見ながらこう言った。
「あたし……もうだめだ……」
そして、泣く。
「もう……逝こうかな……?」
―――
ある朝。
俊也は、いつものように朝ご飯を食べ、「行ってきまーす」と言って、一人で出ていった。
―――
最近、奏恵が俊也を避け始めた。
彼はその理由がわからず、頭を抱え込んでいる。
しかし彼は、直接聞いてもしょうがないと思い、しばらく間を置き始めた。
―――
そして、夕方。
俊也は自分の部屋でサイトを開き、依頼を探っていた。
そして、重すぎる一通の依頼書を見つけた。
―――
Light killers様
私はもうだめです。
私の人生はもう最悪でした。
幼い頃に両親を亡くし、引き取られた先では、DVを受けるばかりで、いざ上京にしても上手く行かず。
もうこんな人生は嫌です。生きたくない。
……殺してください。
□□県△○市20代女性
―――
これを読んだ直後、俊也は自分の部屋のドアを開けて、「おーい、高野ぉーー。いるかーー?」と叫ぶと、「はーい」と皿洗いをしていた美帆は叫び返した。
そして、その様子を伺っていた奏恵は、「皿洗いは、あたしがやるから」と言って、持ち場に着く。
「えっ、……でも……」
「いいの、いいの!! 行って来て。……ていうか、行って!!」
奏恵は頑張って造った笑顔を美帆に見せる。
「わっ、わかりました……」
そう言うと、美帆は俊也の部屋がある二階へと向かって行った。
その様子を見て、奏恵は、
「あたしには、もう、人を……救えない……から……」
そう呟き、皿を持ちながら涙を流した。
―――
彼女が部屋に入り、ドアを閉めきると、「……で? 何ですか? 依頼ですか?」
と聞いた。
「まぁ……そうなんだが……」
俊也の声が不意に途切れる。
「……これを読んでくれ」
そして、俊也は例の重すぎる依頼書を見せた。
―――
「…………何か、昔の自分を思い出しますね」
「……まぁ、そういう事だ。後は頼んだ」
「はい………………ハイィィィ!!??」
「……何だ? 何か文句でもあるのか?」
「……あるも何も……あたしでいいんですか!!?? こんな重すぎる依頼……」
「一つの依頼に軽いも重いも無いだろ。……俺もフォローするからさ」
……途中から声のトーンが変わったせいか、何かの勧誘みたいだと美帆は少し思った。
「わ……わかりました」
そう言うと、俊也はニコッと美帆に一瞬笑顔を見せ、
「んじゃ、よろしく頼む! 場所とかももう送っておいたから!」
と言うと、何かに解放されたかのように、ドアを大げさに開け、彼は子どものようにスキップをしながら、「お風呂ぉ〜、お風呂ぉ〜」と変な歌を歌って、どこかに行ってしまった。
後から出てきた美帆は、ハァ……とため息を付き、(もう……何なんだ……)と思いながら開いたドアからトボトボと歩いて行った。
―――
当日の昼。
美帆は場所の下見に行って来た。
普段なら誰もいないはずの、明日に取り壊される予定のビル。
そこには美帆以外の、女性がいた。
ビルの屋上で、その女性は、そこから見える、景色を見ていた。
彼女は、何を想い、何を感じ、何を求めながら生きてきただろう。
その答えは、誰よりも一番美帆が知っている。
同じ経験をした者にしか、わからないモノ。わからない感情。
……あぁ、だからか……
だから、あたしを選んだのか。
景色を見ている女性を見て、改めてそう思った美帆であった。
―――
夜。
例のビルの屋上では、昼にいたあの女性がいた。
そのビルには、外階段がある。
美帆はその階段をわざとらしく音をたてながら、登った。
すべての階段を登り切ると、
「Light killersさん……ですか?」
女性の方から振り向き、尋ねてきた。
「…………そうよ」
美帆は答える。
「私を、さっさと殺してください。……もうこんな世界に居たくない」
「わかった。……でも、その前に、あることをしてもらう」
「…………?」
「目をつぶれ」
「……はい?」
「そして、言いたいこと、今まで抱え込んでいたこと、何でもいいから、話せ」
女性は少し戸惑ったが、やがて目をつぶった。
そして、言った。
「私は、ずっと一人だった。保育園、小学校、中学校、高校と友達が誰一人として存在しなかった。家ではDVを受けて、でも、訴えたら、また一人になる。……それが嫌だった。私は、ずっと一人だった 大人になって上京して、ろくに仕事も見つからなかった。私を助けてくれる人は誰もいなかった。私はずっと一人だ。過去も今もこれからも……
ずっと…………一人…………」
そこまでの長いセリフを言うのを聞くと、美帆はゆっくり女性のところへ来て、そして、
「のわぁぁぁぁ!!!!」
抱き締めた。
ビックリしたのか、女性は無意識に奇声を発し、目を見開いていた。
そして、美帆は小声で優しく、言った。
「あなたは一人じゃない」
「…………へ?」
また。
「あなたは一人じゃない」
言った。
「……何で? 何でそんな事言えるのよ!?」
女性は突き放して、怒鳴った。
「私もあなたと同じ経験をした」
寂しげに言った。
「…………!?」
「だから、分かる。あなたの気持ち」
「じゃあ、あなたも一人だったはずよ!! ……なのに、何で『一人じゃない』って……」
「あなたが気付いてないだけ。……例えば、ご飯。DVを受けた。でも、その体型から、ご飯は食べていたことは分かる。あなたは助けられている。……よって、あなたは一人ではない」
女性の体は、少し太っていた。
「でも、それは上京してから……」
「本当に?」
「…………へ?」
「本当に?」
「……違う」
「…………そう」
美帆はそう言って、続けて、
「でも、あなたはここまでよく頑張った。よく耐えた。今日は、その気持ちを全て吐き出して」
と言うと、
ヒクッ……ヒクッ……
と女性がしゃっくりのような音を出すと、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」
と叫び、泣き出した。
「あなたの闇を狩りました」
美帆はそう小声で言うと、女性を優しく抱き締めた。
―――
翌日の朝。
「やっぱり、ここ、取り壊されるんだ……」
美帆は昨日行った場所の前で呟いた。
「……どうしたの?」
隣にいた奏恵が聞く。
「……いえ、何でもないです!! 行きましょう!」
美帆は、今日もハイテンションで通学路を歩く。