7.呪い
急展開。
ディヴィディアが魔族討伐に出て既に一週間が経っていた。
ディヴィディアはとりあえず二週間の予定で国の東に向かった。
東側は昔から協力な魔族がよく出没するからだ。
二週間魔族討伐に出て、次の二週間は近衛の仕事、そしてまた討伐に出るという周期で仕事と魔族討伐を両立することになったのは、ティファナのお願いとシーブス夫妻が息子を止めたからだ。
シーブス夫妻は、ディヴィディアが魔族討伐に行くことに反対はしなかったが、必ず定期的に戻って来ることを約束させた。
そのため、ディヴィディアは2週間毎に王都と国中を回ることになった。
ティファナは、一人城に付属する聖堂にいた。
侍女も護衛も外に待たせている。この聖堂の中には、ティファナ一人だった。
ティファナはゆっくりと歩き、聖堂の一番奥――光の神ラオストアの彫像の前に立つと、巨大なラオストア像を見上げ、顔を歪めた。
「主神ラオストア。私はあなたを裏切りました。
……光の神であるあなたの加護を持つのに、闇の主たる魔王に惹かれてしまいました!私は魔王を私のものにしようとしています。
憎まれても、私は……ディヴィディアを離すつもりがありません!」
大して大きくもなかったが、ティファナの声は静かな聖堂に響き渡った。
「ティファナ」
「!?」
自分を呼ぶ声にティファナはバッと振り返る。
なにせそれは、ここで聞くはずのない声――。
「ディヴィ……どうして、ここに!?まだ帰ってくるには早い……」
「ティファナ」
驚くティファナに対して、ディヴィディアは恐ろしい程物静かな表情をしていた。
ティファナは恐る恐るディヴィディアに尋ねた。
「聞いていた?」
頷くディヴィディア。
「俺は魔王?」
「……そうよ。ディヴィディア・イーヴィル!それが貴方の本当の名前!貴方は魔王なのよ!!
私はそれを知っていたの……知っていながら、貴方に同族殺しを命じて、貴方に呪いをかけたのよ!!」
「呪い?」
「言霊を知っているかしら?神の加護を受ける者の言葉には力が宿るの。
私はそれを使って貴方を私に縛りつけてたのよ。
“私のディヴィディア。一生傍にいて”とね」
「……」
自棄気味に叫ぶティファナに対して、依然ディヴィディアは感情を露にしない。
その二人の温度差が気持ちの差を表しているようで、ティファナには辛かった。
「貴方が私から離れないようにするためよ……憎んでいいわよ。身勝手で、愚かな小娘を。魔王を手玉に取ろうとした人間を。憎んで、憎んで、貴方の手で殺してくれたらいいわ」
ディヴィディア、私は貴方を離したくなかった。
だから呪いをかけたの。
言葉に想いを込めて、力を込めて、言霊という呪いを。
だから、赦さないで、憎んで、そして一生私を忘れなければいい。
そうしたら、私は一生貴方の中で生きていられる。
それが何よりも嬉しいの。
憎んで、憎んで、憎み続けて。
貴方を縛り、すべてを奪おうとしたこの私を。
ティファナは心が引き裂かれそうに痛むのを感じながら、いっそ傲慢に微笑んだ。
思い出すのは、2年前。
あのお伽話を見つけた時のことだ――。
その時は、気まぐれを起こしたのだ。
ただ何となく、気が向いたから。
いつもは行かない図書館の奥。
ほとんど人が来ないせいか、隅の方には埃が溜まっている。
人が来ないことを理由におそらく掃除の者が手抜きしているのだろう。
そんな取り留めないことを考えながら、ティファナはゆっくりと本棚を見て回る。
侍女と護衛は、離れてついてくる。
図書館にいる時はいつもそうだ。
棚から棚へ移動する時は、護衛が気にするが、それ以外は基本的にティファナが気兼ねなく本を選べるように気を使ってくれていた。
そんな時ふと気になった本があった。
昔、母に読んでもらったことのある姫君と騎士の恋物語。
自分の騎士であるディヴィディアに恋するティファナは懐かしさと憧憬の念を感じ、その物語を借りて部屋に持って帰ることにした。
何だか胸が躍る。
きっと自分を物語の中の姫君に重ねているのだ。
だってこれは幸せな恋物語。
ティファナが借りた本は、随分古いものらしく、装丁が崩れかけ、表紙のインクも擦れて大分薄れていた。それでも何だか運命の出会いのように感じて、新しい本と取り替えるという司書を遮って借りようとした。
それならば、と司書はティファナにその本をくれた。
既に新しい本は図書館に入っていて、古いその本は捨てるつもりだったから、と。
自室に帰り、ティファナは早速もらってきた本を読み始めた。
内容は覚えていたが、ゆっくりと慈しむように読んでいた。
読後、幸せで胸がいっぱいになりながら、本を閉じようとした時、裏表紙の内側の装丁が剥がれかけていることに気付いた。
しかもそこから、何か紙切れがはみ出している。
ティファナはそっとその紙切れを取り出し、開いてみた。
『ここに私の罪を記します』
そんな一文で始まった文章は、旧字体で書かれており、何百年も昔のものだということが知れた。
『ここに私の罪を記します。
私の国は小さくて、いつも魔族に脅かされていました。
私がまだ10歳の頃、満月の夜に一人の魔族と会いました。
私を襲う気配のないその魔族は怪我をしていたので、私は手当をしました。
それから魔族はお礼に頻繁に私に会いに来て、遊んでくれました。
私が一人は寂しいと言ったからです。
16歳になって、私には縁談が持ち込まれました。
ラオストール王国国王ティルト様との縁談です。
小国である我が国には過ぎた話でしたが、父母も国の貴族も喜び、話を受けることになりました。
私は反対したかったのです。
私が好きなのは、私に会いに来てくれる魔族だったからです。
でも、私のわがままなんて聞いてもらえません。
魔族と通じてることがばれたら、彼を危険に曝します。
私は、ティルト様に嫁ぐことになりました。
ティルト様は、私がラオストール王国に嫁ぐ前に、私の元を尋ねてくれました。
しかし、ティルト様は光の神に加護を受けた方。
私が魔族とのふれあいで纏った闇と魔族の気配を悟られました。
そしてその晩、嫁ぐことを報告しようとしていた私の前に魔族が現れました。
そこへティルト様も現れたのです。ティルト様は魔族を倒そうとしました。
私はティルト様を説得し、魔族を逃がしました。
もう寂しくないと告げて。
彼が私に会いに来てくれたのは、私がずっと寂しがっていたからです。
私を愛してくれていた訳ではありません。
寂しがる子供の相手を彼はしていたのです。
だから私は、魔族に本当の気持ちを隠して、もう大丈夫だと告げました。
その魔族が殺されることのないように。
私はラオストール王国に嫁ぎました。
私は、私とティルト様と彼を題材にしたこの本に真実を隠します。
私はティルト様を愛してはいません。
私が唯一愛するのは、ディヴィディア・イーヴィル。
魔王ただ一人です』
ティファナは愕然とした。
ディヴィディアが魔王?
確かにこのお伽話は、ラオストール王国初代国王ティルト・ラオストールとその王妃を題材にしている。
でも、真実とは違うとこのメモは語る。
ディヴィディアが、魔王。
2年前の記憶から浮上したティファナはディヴィディアを見つめる。
髪と瞳――魔族の証である闇の色を纏うそのヒトを。
「……何で俺を縛ろうとした?」
コツコツと優雅に歩きながら、ディヴィディアはティファナに近付く。
その身から発せられるまがまがしい気配にティファナは総毛立つのを感じるが、逃げない。
どうして愛しい人から逃げる必要があるのか。
自分はむしろその手で殺されたいのに。
「そんなの決まってるじゃない!貴方を愛してるからよ!誰にも渡したくない!誰よりも何よりも好きなのよ!縛りつけないと、悠久の時を生きる魔王は私のモノになってくれないじゃない!!」
叫ぶティファナの目の前に立つディヴィディアは、ティファナを見下ろすように視線を向ける。
ティファナはそれを強い瞳で迎えた――。




