ローストチキン・・・バジルを忘れずに
ガサガサと、冷蔵庫を開けたままの母さんが、扉越しに見える。扉を閉めた母さんは、手に鶏手羽を持っている。
ははん、今日はクリスマスだからローストチキンでも作るんだな。
俺は定位置の座布団の上から、少しだけ顔を上げて眺め、また眠る体勢に戻った。
しばらくして、バタンッバタンッと扉を開ける音で目が覚める。見ると、母さんが困った顔であちこちの扉を開けて首をかしげては、違う扉を開く。
また、どこに何をしまったのか分からなくなったんだな……
「あっ、あった」
そう言って母さんが、手に塩と胡椒を持って調理台に戻る。
まな板の上には、鶏手羽。机の上には「ローストバジルチキン」と書かれたページが開かれた本が置いてある。
母さんは、鶏手羽に塩胡椒を振って手で揉んで味をしみ込ませようとしている。
でも……
「きゃっ!」
その母さんの声と一緒に、鶏手羽が宙を飛ぶ。
ボトンッ。
むなしい音とともに床に落ちた鶏手羽を拾おうと屈んだ母さんが、胡椒の入れ物を引っかけて落とす。
俺は砂漠なんて行ったことはないが、ここが砂漠か? と一瞬目を疑う。もわわんっと胡椒が舞い上がり、部屋中につんとした匂いが満ちる。
母さんとの出会いは、4年前。母さんが大学1年の時に出会い、それから一緒に住んでいる。
趣味が料理というだけあって、台所の棚の中には様々なスパイスから各種塩、最近流行りの食べるラー油、なんてものも何種類かある。
だが……料理好きでも不器用な母さんが台所に立つと、あっという間に戦場と化すのだった。今日もことごとく、肉が落ち、胡椒がばらまかれ……布きんで床を拭いてる母さん。
俺はため息をついて目をそらした。
どうにか、塩胡椒と白ワインに付け込まれた鶏手羽が漂うタッパーが冷蔵庫にしまわれる。付け込む間にサラダや副菜を作る母さん。
1時間後に冷蔵庫から取り出された鶏手羽が、オーブンのトレーに敷かれたクッキングペーパーの上に、等間隔に並べられる。
その時、インターホンが鳴り母さんは玄関に向かった。
俺は座布団から起き上がって、トンっと食器棚から机の上に飛び降りる。
鶏……旨そうだな。
くんくんっ。
机の上に置かれた鶏手羽に鼻先を近づけ匂いを嗅ぐ。つんっと鼻を突く、白ワインと胡椒の匂いに俺は顔を顰める。
母さん……「ロースト“バジル”チキン」なのに、バジルをかけ忘れてますよ……
俺はぴょんっと机から降りて、俺が寝てた食器棚とは別の食器棚の切り返しの段に乗って、前足の爪をたてて食器棚の扉を開け、食器棚にもぐり込む。
確か、バジルとガーリックペッパーはここにしまってあったよな……
俺は鼻を利かせ、目当てのバジルとガーリックペッパーの瓶を見つけると、前足で掻きだし、床のカーペットに目指して落とした。
ゴトンっ。
その音に、玄関から戻ってきた母さんとかずよしが俺を見た。
「何の音?」
「あっ、ガトー! ダメだろ、食器棚なんかに入ったら」
そう言ったかずよしが俺に近づいて手を伸ばしたから、俺は焦って食器棚から飛び出し、ぴょんっぴょんっと一番高い食器棚の上に登って、ちらっと下を見た。
「おーい、気をつけろよ」
「はーい。ガトーは器用なのよね」
怒るかずよしに対して、母さんは俺に微笑んで言って、床に落ちた2つの瓶に気づき拾って、あっと本に駆け寄った。俺はそれを見届けると、頭を抱えるように丸くなった。
ウトウトとする俺の鼻先に、バジルとガーリックの匂いが漂ってくる。母さん、ちゃんと振ったんだな、と安心する。
「メリークリスマス!」
カチャンっとグラスの音を響かせて、今日もいい匂いのする食卓を囲んでる母さんとかずよし。食事が終わった頃に、俺はとんっと食器棚を降りて、母さんの足元にすり寄った。
母さんはしゃがんで、俺の頭と顎の下を両手で挟んで撫で、笑って言った。
「ガトー、バジルとガーリック出してくれてありがとね。ガトーのおかげで今日もおいしく作れたよ」
そう、俺は、母さんの良きパートナーで、名料理人なんだ。
思いつきで書いてみました。
気づきましたか? ガトーは猫です。
こんな猫の手なら……借りたいでしょ。
※※ ガトーメモ ※※
簡単・美味しい『ローストバジルチキン』の作り方
① 鶏肉をガーリック、ブラックペッパー、白ワイン、塩に漬けこみ、1時間程おく
② 鶏肉にオリーブオイルとバジルを振りかけて、200度のオーブンで15~20分焼く




