ある成金者の物語
魔剣シャーギャルオン。
北、つまり、ラウレイド大陸の北方、雪の多いカラソラムの国において、北方の雄ゲルマネセルは南征をするに辺り強力な魔道具の作製を配下に指示した。
時に、北で高名となっていた魔導師でもあり、また、付与術師でもあったセルフェインは、己が製作できる究極の武器として、魔剣シャーギャルオンを完成させた。
武器属性は、魔。
精神に対して、非常に深く作用をする特徴があり、耐性の低い者は精神を蝕まれ下手をすれば死に至ることもある。主に扱う感情は、狂気と恐怖であり、些か耐性がある程度では狂気と恐怖で萎縮してしまい、戦うことなど出来なくなってしまうほどである。
これに対抗するには、魔を完全に遮断する手段を持つか、または、反属性である聖の力を持つもので対抗するしかなかった。
この武器が完成されてから約五百年間、数多くの命を奪い続けたが、聖剣ラグロウゼスの登場により、歴史の表舞台から消えることとなった。約千五百年前、北の王がこの武器を暴走させ、大陸北部一帯を広大な永久凍土に貶めて魔剣と聖剣は姿を消したのであった……。
フェニエル「……ちょっとまて」
ルミル 「どうしたの~?」
フェニエル「この情報が事実なら、何故お前があの剣達を持っている?」
ルミル 「あら、いいところに気づきましたねぇ。でも、それに関しては暫くの秘密です♪」
フェニエル「……まぁ、仕方がないか。教えてくれるまで待つとするさ」
ルミル 「殊勝ですね~」
フェニエル「どうせ教える気がないくせに、よく言うよ……。あ、これから本編だ、楽しんでくれ」
ルミルとフェニエルは、ルーケルセリュアの街の街中にある大きな市場に来ていた。
市場は活気に溢れ、生活必需品を主に沢山の品物が取引されていた。主食となる穀類。この土地の近郊では広大な穀倉地帯があり、それがここに持ち込まれて消費されていた。十万は居ると思われる都市である。その消費量は膨大であり、それを持ち運んで取引をするだけで幾千人もの生活を支えることが出来るほどであった。近隣の村々からは、様々な野菜や果物も運び込まれ、北部にあるソル・ウェス大森林からは、原木、または加工された木材が、毎日のように持ち込まれ、竈にくべる薪として、また建築や道具の材料として、消費されていた。
ここはそんな市場のもっとも大きな処だったのである。
「まだ持つのか?」
両手に一杯の荷物を抱えて、フェニエルが苦情を述べていた。既に様々な食材を持たされ、もうあまり持つ余裕はないほどである。
「あ~……流石にもう無理そうですね~。このあたりで今日は帰りましょうか~」
荷物一つ持たずにルミルがそう言う。苦笑しつつフェニエルが言う。
「ま、私が荷物持ちをかって出たわけだから、文句を言う筋合いではないが……少しは持ったらどうだ?」
その問いに、ルミルは、微笑んで返すだけだった。フェニエルはため息をつきつつ、
「ま、いいさ。帰るんだな?」
確認を取り、踵をかえして帰路につきはじめた。そんなフェニエルをみて、ルミルは更に微笑んでいた。
魔法の鍛冶屋ルミル・ミーリアの店は、一階が店の部分と台所が大半を占めていた。二階に、ルミル、フェニエルの部屋があり、食堂兼団欒室となる部屋があった。三階は、シャネ、ルフィ、エセラ、各三姉妹の部屋があり、屋上は、主に洗濯物を干す場所として、地下は食糧や商品を貯蔵するスペースとして用いられていた。
シャネが忙しく台所で働いている処に、ルミル達は入ってきた。
「ただいまなのです~。一杯買えましたよ~」
「ふぅ……やっと解放されるな」
フェニエルは手にした荷物を下ろし始める。
「あらあら、お帰りなさい~。昼食はこれからなんですけれど、何やら、店の方が少し騒がしいようで~」
調理をしながらシャネがそう言った。ルミル達は店の方に耳を向ける。確かに、ルフィが何やら男性と色々問答しているようだった。二人は店の方に向かうことにした。
「だから~、ウチで扱っている商品の価格は、基本時価で、しかも、店主の裁量で決まっているから、今すぐ売るわけにはいかないんだってばよ」
ルフィが懸命に説明するが、その客は頑としてなんとか商談を成立しようとしていた。
「いや、別にお宅に損をさせるわけではありませんし。今、手持ちにある所持金全て、つまり、金二百枚で譲って欲しいと申しているのです。この鎧であれば、相場的には金百五十枚くらいかと思います。決して損するような金額ではないと思うのですが?」
客が示している鎧は、漆黒の革鎧で、鮮やかな金属の模様が綺麗に彫り込まれた代物であった。専門の者であれば、その漆黒の革が、魔獣の物であること、更に、金属は、ミスリル銀であり高い魔力を有していることが解ったであろう。
更に言えば、客が言った価格は、相場的には確かに問題はなかった。が、ここは、「魔法の鍛冶屋」、通常の販売はしていないのである。ルフィは、それを説明したかったのだが、客が頑として自分の筋を通そうとしたために膠着状態となっていたのであった。
「ルフィ姉様、ああいうタイプは苦手だからなぁ……」
エセラは一生懸命に説明しようと試みるルフィをみてそう言っていた。ルフィは、ボーイッシュな外見が象徴するように、あまり言い回しだのには興味がなく、直情的な表現が好きなタイプである。理屈や、言い回しは、エセラが得意としているのであった。
「ルフィには、面倒な相手ですね~。ここはあたしが行きましょうか~」
「あ、マスター!」
ルミルが到着して客の方に進んでいく。フェニエルとエセラは、後方で成り行きを見守っていた。
「初めまして~。店主のルミル・ミーリアと申すものです~」
丁寧にお辞儀をして、客に挨拶をする。客も、意表をつかれたのか「は、はぁ」と些か拍子抜けな返事をしてしまった。
「お客さんは、相場価格以上支払うので売ってくれと仰るのですね~?」
「あ、ああ、そうだ。一般的な魔法防具の価格より高く支払うと言っているのだ。それなのに、この店ではできないと言う、どうしてなんだ?」
「ん~……そもそも、値段ってなんでしょうね~?」
「は?」
逆に突拍子もない質問を浴びせられて、客は躊躇した。
「どうして値段があるのでしょうか~?」
「そ、それは、商品に対する正当な対価を表現するためだと思うが……」
「お客さんは、商売をなさっておられるようですね~。物価、と言うものに対してよい見解を持っておられるようです~」
「な、なら、金二百枚で売って……」
「ダメです。」
ルミルはキッパリと断った。客は唖然とする。
「な、何故だ?金百五十枚程度の物を二百枚で買おうと言うのだぞ?」
言うなれば、高く買い上げるのだから売って当然だ、と言っているのである。ルミルは苦笑しつつ、フェニエルを招き寄せた。
「ちょっとこの子を観て貰えますか~?」
そう言ってフェニエルに聖剣ラグロウゼスを客に見せるように目配せをする。フェニエルは、意図を察して客に見せた。
「こ、これは……詳しくは解らぬが、素晴らしい剣であることは私でも理解できる……しかし、これがどうしたと?」
「ま、この子は価値換算が出来ないほどの武器ですが、金一万枚としたとして、彼がその価格で売ると思いますか?」
そう問われて、客は暫く考えた。
見たところ、彼の男性は戦士か騎士のようだ。となれば、あの剣は、自分の命と同等とも言える大事なもの。それを一万枚とはいえ金に換金しようとは思わないだろう。勿論、一般人であれば話は別であろうが、戦士や騎士と言うものはそう言うものだ、と聞いていた。
客は結論付けて言う。
「いや、彼の立場からしてそれは有り得ないだろう」
その答えに、ルミルはにこやかに笑いながら、
「同じ理由で、貴方にこの鎧はお売りできないのです」
鎧に手を掛けて、そう言った。客は、まだ納得できぬようで、食い下がって言う。
「彼や彼の剣と、この鎧が、どう繋がると言うのだ?私には皆目解らない」
ルミルは、フムと、言ってから答えて言った。
「じゃ、特別に、意見を言って貰いましょうかね~。さ~、出ておいでなさい、セレイラ」
ルミルがそう言うと、彼女が触っていた鎧から黒い霧のようなものが現れ出て、次第に形を宿し始めた。それは、次第に人の形に、可愛い少女の形になった。漆黒の髪を持つ、美しい少女であった。
「彼女がセレイラ。この鎧に宿す精霊ですよ~。どうしてかは彼女が言ってくれますからね~」
ルミルはそう言い、セレイラに語るよう促した。セレイラは、些か躊躇していたが、幼子が、自分の言葉を吟味するかのように喋るように、辿々しく語り始めた。
「あ、あの……は、初めまして……え、えっと……貴方に、売られたくない訳は……あの……その……私を……使っていただきたい……方が居る……からです!」
「はい。よく言えました~」
客は目の前で起きた状況に唖然としつつ、突っ立っていた。
「あらあら、棒立ちになっちゃっていますね~。ん~、ついでだから、セレイラ、告白しておく~?」
ルミルにそう言われて、セレイラは顔を真っ赤に染めて、静かに頷いた。ルミルはその姿に微笑みつつ、フェニエルを呼ぶ。
「ん?どうしたのだ、ルミル」
状況が余り理解できていないフェニエルは言われるがままに側に来た。
「あ、あのっ!……」
フェニエルの前でセレイラが一生懸命に言葉をかいつまもうとしていた。ルミル達は、微笑ましいその情景を笑みを湛えながら見ている。
「焦らなくていいから……なにかな?」
フェニエルの優しい言葉を聴いて、セレイラは、一呼吸をおいて語り始める。
「私を、貴方の鎧とさせていただけないでしょうか!」
セレイラの「告白」に、さすがのフェニエルも唖然としてしまった。
暫く、時の空白が続く。
「あ、あの……だ、ダメでしょうか……」
セレイラが、今にも泣きそうな瞳で見つめる。その瞳に驚くようにフェニエルは応えた。
「あ、いや、そんなことはない。ただ、急な話で驚いただけだ。しかし、私でいいのか?世の中には他にも優れた者が居そうだが……」
その問いに、セレイラは即答し、
「はい!是非に、貴方の鎧として働きたいと思います!」
と、元気に答えるのであった。そこまでの経過が終わってから、ルミルは客の方へ向いて、語り始める。
「ま、そ~言うわけですから~。彼女の意思を尊重するためにもお売りできないのですよ~。もし、護身用の物とか、愛用品を見つけたときはお立ち寄りくださいね~。そう言うものでしたら、お客さんにもお売りできますので~。残念ながら、飾ったりするものとしての商品はここにはないのです~」
客が買おうとしていたのは、あくまで飾って自慢することであることを見抜いて、ルミルはそう言ったのであった。客は、溜め息を一つ吐いて、
「ここまで、命の危険を冒してまでして、一財産を築いたから、と少々甘い考えが入っていたようだ……。道具は確かに、使われて、そして愛されて価値があるものだな……私は、ちょっとお金が稼げたことで少し成り上がっていたようだ。少し頭を冷やしてから、また伺うとするよ」
そう述懐しながら、店を後にしていくのであった。
客が出ていった後、フェニエルとそれにくっついているセレイラ、それを微笑ましく観ているルミル達が残された。
「あらあら、微笑ましい光景ですわね~。皆さん、昼食が出来ましたから食べませんか~?」
奥の台所からシャネが出てきてそう言った。ルフィがくすりと笑い、
「ま、良いようになったし、お昼にしますか。エセラ、行こうぜ」
「は~い、マスター先に行ってますね~」
そう言い、エセラもそれについていった。
店には、フェニエル、それに抱きついて感動の余り泣きじゃくっているセレイラ、そんな状況を楽しんでいるルミルが残されていた。
ふと、
「セレイラがそういうことになると~、また別の子を店に連れてこないといけないですね~」
ルミルはそう言いながら、台所の奥にある、地下に通じる階段の方へ向かっていくのであった。
フェニエルは漸く、状況を整理できていた。どうやら、自分はこの子(鎧だが)も、相手にしないといけないようだ。なんだか、大変な場所に居るんじゃないか?と、今更ながらに思うフェニエルであった。
「魔法の鍛冶屋ルミル・ミーリア」、今日も色々なドラマが生まれているのであった。
ルミル 「じゃ、挨拶をどうぞ~」
セレイラ 「あ、あの……えっと……フェニエル様の鎧として活動することになりました……セレイラです……」
シャネ 「あらあら、可愛いわね~」
エセラ 「あ、あたしだって負けないもん!ほら~見てよ~」
フェニエル「ちょ?!何故そこで服を脱ぐ?!」
ルフィ 「どっちが可愛いか、決めろって言うんだろ~?良くあることじゃないか。ま、諦めて、相手をしてやれよ」
フェニエル「いや、可愛いと、服を脱ぐこととは関係ないだろう?!」
ルミル 「それは~お約束と言う奴ですね~」
セレイラ 「わ、私も負けないです!」
フェニエル「わ~!まてまてまて!セレイラまで剥きになるな~!こら!お前ら!この状況を止めないか~!」
シャネ 「あらあら、楽しそうですねぇ」
ルフィ 「ま、諦めな、フェニエル」
ルミル 「楽しいから観ていますね~」
二人 「フェニエル様~!どちらが可愛いですか~?」
フェニエル「い、いや……どちらって……決めれるわけがないじゃないか~!」
ま、頑張れフェニエル(* ̄∇ ̄*)
次回は「ルーケルセリュア大聖堂へ行く」の予定です。