アイネアの居ないルーケルセリュアで
「吸血」。
ここで言う吸血とは、生物から栄養素として血を吸いとること、つまり蚊のような行為のことではない。これから述べる吸血はバンパイアが自らの種を殖やすために行うバンパイアにとって神聖な行為のことである。直接生殖行為では自分の種が殖やせないバンパイアにとって唯一の生殖行為である。吸血と言っているが、吸う血液はそんなに多くはない。対象の血液を吸うことで吸ったバンパイアは「親」となる。そして「子」に自らの呪術の呪詛を伝え、バンパイア化させるのである。つまり、吸血行為はバンパイアとバンパイアになる者との親子になるための神聖な儀式なのである。ちなみに、この親子関係は片方が死亡するまで永続する絶対的なものであり、力において一方的に凌駕するような状態でも起こらない限り、子が親の命令に逆らうことはほぼ不可能である。「吸血」には苦痛が伴い、また必ずバンパイア化するわけでもなく、更に親子関係の発生によるしがらみなどの問題もあるため、バンパイアはあまり吸血を行わない。ミュレスが長年バンパイアをしてロードにもなっているのに、子らしいバンパイアが居ない理由はここにある。彼女にも「親」は居た。それが語られるのはまたの機会に。
セレイラ 「ミュレスさんにも親はいるのですね」
ミュレス 「居ないとあたしは生まれないわよ……。精霊とは違うんだから……」
ラグ 「ああ、そっかぁ……。僕達は宿るのが普通だもんなぁ」
セレイラ 「じゃあ、どうやって生まれるんですか?」
ミュレス 「ええ??!あ~……それは……(きた!お約束の問題が!)」
ラグ 「ねえ~、どうやって~?」
ミュレス 「え~っと、お祈りをしているとコウノトリが……」
フェニエル 「まてまて!!嘘を教えるな!」
ミュレス 「お!じゃあ、後は宜しく!!」
フェニエル 「な、何?!」
セレイラ 「フェニエル様、どうやって人間は生まれてくるんですか?」
ラグ 「教えて~」
フェニエル 「う……それはだな……ここじゃ不味いから私の部屋で話そう……」
二人 「は~い♪」
ミュレス 「良かったのかしら?」
ルミル 「ま~、精霊が事実を知っても子供は作れませんしねぇ」
ミュレス 「そ~いう問題じゃないような……。あ、本編をどうぞ~」
魔獣レビヤタンは倒れ無惨な骸を晒していた。横暴を極めようとした存在が倒されて、童話であれば皆、幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし、で終わるのかもしれない。しかし現実はそんな甘美なものではなかった。
大聖堂は大きな戦闘もあったため、あちらこちらが壊れ、特にレビヤタンが居座っていた中心部は酷い有り様だった。レビヤタンの骸も当たり前ではあるが残っており、またレビヤタンに襲われて死んだ者達、逆にミュレスやフェニエル達に倒された者達の死体が数多く散乱していた。
シニファの元に居たルミル、ミュレス、アムシェのところに、フェニエル達が合流する。
「何と、既にレビヤタンは倒していたのか」
レビヤタンの骸を見てフェニエルが言う。ルミルは微笑んだ。
「そ〜なのですよ〜。ミュレスとアムシェが頑張ってくれましてね〜」
「あ、あたしは大したことはしてないわよ。頑張ったのはアムシェだし」
ミュレスはやや顔を赤らめた。アムシェも顔を赤くする。
「いえ……ミュレスさんは頑張ってくださいました。レビヤタンに止めを刺したのもミュレスさんですし、その……シニファさんを助けてくれましたし……感謝します」
「べっ……別にあんたのためにした訳じゃないし!只あたしが出来ることをしただけなんだからね!」
「しかし……」
「えっと……すみません……先程ここに来たばかりで話が良くわからないのですが……シニファさんというのは、そこで寝ている女の子の事でしょうか?」
理解が出来ずセレイラが訊ねる。ミュレスは苦笑した。
「そりゃ、わからないわよね……」
ミュレスは経緯を説明した。
クロスは式場の内外で負傷者等を治療している司祭の一人に近づいた。
「サロウィス殿、お仕事中、申し訳ないのですが……」
「おお!クロスグレヴド司教、ご無事で何よりです。只今このような有り様で……。私でお答えできることであれば良いのですが。何でしょうか?」
「あの……アイネア様は……どうされましたか?」
クロスの質問にサロウィスは俯く。
「アイネア様は化物出現時に真っ先に襲われまして……。防戦した聖騎士団員もろとも……」
「な……何ということだ……」
クロスは膝をつき脱力する。ルルアトがそれを見て叱咤する。
「クロス!お主の気持ちはわからぬわけではないが……。周りを見よ!今、苦しむ彼等を救うことも我らの仕事ではないか?」
そう言いながらルルアトは怪我をして苦しんでいる者に「力」を使い眠らせた。クロスは苦笑した。
「確かに。力ある者が怠けていてはダメですね。早速やり始めましょう」
クロスは立ち上がり苦しむ者達のところへ行く。その姿を見てルルアトとサロウィスは顔を見合せ微笑むのだった。
「まあ、そんな訳よ」
ミュレスが今までの経緯を説明した。ロイがふと疑問に気付く。
「ん?確か「吸血」というのはバンパイアが種を殖やすための生殖活動じゃなかったかな?」
「あ、うん。そうよ、さっきも言ったようにシニファを助けるためにも、あたしはしたんだけど」
「ということはだ。ミュレスが母親で、このシニファが娘……?!」
「ま……まあ、形式的にはそういうことに……。って、何よ、みんな、その目は!」
まるで珍しいものでも見るかのように、皆がミュレスを見ていた。
「その形で母親って言われてもなあ……」
「私達みたいに見えますよね、ラグ」
「あ、そうか、母娘と言うより姉妹に見えるね」
「ええい、喧しい!バンパイアは外見が変化できないから仕方ないでしょ!一応、あたしはこれでも約五万年生きたバンパイアなんだからね!」
「そ〜なんですよね〜。こんなに可愛いのに五万歳のお婆ちゃんで……」
「ちょ?!ルミルも変なボケしないでよね!とにかく!あたしとシニファは立場上、母娘になったってこと。ま、吸血の関係でそうなっただけで、あたしとしてはシニファが助かってアムシェが喜んでくれればそれで……ちょっとアムシェ?!」
アムシェは泣きながらミュレスを抱きしめていた。
「あ……ありがとうございます……。ミュレスさんには負担になるのに進んで色々やっていただきました……」
「ちょ?!お……落ち着きなさいよ!アムシェ。っていうか、あんた変わりすぎ!今まであれだけ冷静沈着だったのに、どうしてこんなに感情豊かになったわけ?」
「あ……そうですね……。皆さんにも説明した方がいいですね」
アムシェは涙を拭き顔を上げて皆を見た。少し間を置いてから語り始める。
「元々、私も含め魔法生命体ラグセムタイプは戦闘用特殊生命体として製作された経緯もあり、戦闘時の戦果にムラが生じ易くなってしまう感情面は極力排除すべきだという設計思想の元、次々と作られていったそうです」
「ま、私も剣をたしなんでいるから、その辺は良くわかる。雑感情は戦闘ではマイナス効果にしかならないからな」
アムシェの言葉にフェニエルはそう言い頷いた。アムシェは言葉を続ける。
「しかし研究開発が進むにつれ、あることが浮き彫りになったそうです」
「あること?」
「はい、感情を極端に抑制すると確かに安定性は得られますが、生命体として製作した価値を多く失うということを、です」
「価値って、どんな?」
「そうですね。まず、それをお話しする前に、皆さんは「火事場の馬鹿力」という言葉、ご存じですか?」
「ええ、知っているわよ。火事のような緊急時に通常では持ち運べないようなものでも運ぶ力が出ることがあることから生まれた言葉よね」
「はい。その力はどうやって産み出されたものでしょうか?」
「そりゃあ、火事で大切なものを失うと大変だから、一生懸命になって普通以上の力が出せたんじゃないかしら」
「その通りです。感情で大切なものを守りたい、という思いが強く働くとき、人は普通以上の力が出せます」
「そんなの、人であれば当たり前……。ああ、そうか!」
ミュレスはアムシェが何を言おうとしていたか気付く。アムシェは微笑んだ。
「ミュレスさんは気付かれたようですね。私達は安定した能力を発揮するため感情を抑制してありました。しかし、それでは機械と大して変わらず、先程のような状況で事態の解決が得られなくなれば……」
「そこで終わり。事態は好転しないってことね」
「今回、私は……その……シニファさんを思うことで……い、いえ、大切に思う人が居ることで強い力を得ることが出来ました。感情を出すことで……あ……あの……」
アムシェは顔を赤らめて俯く。ミュレスとルミル以外のメンバーは初めて見せるアムシェのその態度に驚いていた。ルミルは微笑んだ。
「ま〜、アムシェはシニファちゃんを思うラヴラヴパワーでレビヤタンを倒したってことですね〜」
「ちょ?!ま……マスター?!や……やめてください……」
アムシェが顔を真っ赤にして俯く。ルミルは微笑んだ。
「要するにアムシェの中には感情を抑えて安定して能力を発揮する仕組みと、全く逆の感情を豊かに表現して強い力を得る仕組みの両方が組み込んであった。ということですね〜」
「で、シニファのことで切り替わったってことね。今までを知っているから、何だか極端に感じるわね」
ミュレスは苦笑しつつ、顔を真っ赤にして俯くアムシェを見ていた。皆は微笑んでみていた。
「さて、喜ぶことはいいことですが〜。今は後片付けを先にしましょうかね〜」
ルミルの言葉に皆が頷く。ルミルは微笑んだ。
「では〜。ミュレスとアムシェはシニファちゃんが目覚めるまでここに〜。あ、アムシェ、他の人のためにメディカルユニットは出しておいてくださいね〜」
「わかったわ」
「イエス、マスター。メディカルユニットを転送。周辺の人々の治療に当たります」
「で〜、あたしはレビヤタンの骸を店に運ぶのと、敵対した者を「消して」おきますから〜、フェニエルやロイ達は、その他の負傷者や死亡者の支援をお願いしますね〜」
「わかった!行くぞ、セレイラ、ラグ」
「は……はい!」
「は〜い!」
「了解した。行こうか、セフィルナ、ゴルワス」
「は〜い♪」
「わかりました」
各人はそれぞれ他の人々を手伝うため、また己の利益のため、また思惑のため行動し始めた。
「んあ……?」
シニファは「吸血」された後、漸く目を覚ました。
「あ!気が付いたようです、ミュレスさん!シニファさん、大丈夫ですか?私、アムシェです!わかりますか?」
アムシェが笑顔でシニファに語りかける。ミュレスも傍に来て見守る。シニファは周囲を見回した。
「こ……ここは……」
「ここはシニファさんが倒れていたルーケルセリュア大聖堂の中です。レビヤタンに襲われてシニファさんは……死にかけていたのです」
「あ……そうでした……でも……私……生きてる」
「ミュレスさんが貴女をバンパイアにすることで生存できるようにしてくださったのです。本当に……本当に良かった……」
アムシェはシニファを抱きしめる。シニファはミュレスを見た。
「ありがとうございます、ミュレスさん。私、生き続けることが出来ました……」
「べ、別に感謝されるようなことはしてないわよ。只あたしは、アムシェやあんたが悲しむところは見たくなかっただけで……。あ?!忘れてた!シニファ、あんた両親が居るんじゃないの?」
「あ、はい。両親は居ました……」
「そう、やっぱり居るわよね……って?!ま、まさか?!」
ミュレスが焦ってシニファを見る。シニファは少し先にある二つの肉塊を見ていた。
「両親は……お父様とお母様は……化物が出した小さな化物に襲われて……あ……あんな……無惨な……う……うぅぅぅ……」
泣き崩れるシニファをアムシェが優しく抱く。ミュレスは悲しげに俯いた。
「ご……ごめん……。思い出したくなかったでしょうに……。あたしが無神経だったわね」
「い……いえ。心配してくださる気持ちはわかります。気にしないでください」
「……てか、えらくしっかりしているわね。シニファ、歳は幾つ?」
「今年で九歳になりました」
「え?!マジ?!……下手したらあたしの方が年下に見られそうね……」
「ミュレスさんはお幾つなのですか?」
「およそ五万歳」
「え?!」
「だ……だから、およそ五万歳よ!ば……バンパイアは外見は歳を喰わないの!」
「あ……すみません。私の少し上の方かと……」
「ま、そう見えるから仕方がないわよね。それより言わなきゃいけないことがあるのよ」
「何でしょうか」
「あたし貴女に「吸血」したわよね?」
「はい」
「バンパイアにとって「吸血」は自分の子孫を作る大事な儀式なの。つまり親子関係になるわけ。ここまでわかる?」
「あ、はい。つまり、ミュレスさんと私は親子ということに……ええ?!」
予想通りのシニファの反応にミュレスは苦笑した。
「ま、いきなり親子だって言われてもビックリよねぇ。しかも、この関係、少々面倒でね」
「え?面倒とは?」
「今回、シニファの場合、ご両親が亡くなっていたから、まだ難しくはないのだけれど」
「あ!そうか、二重の親子関係ですね」
「……頭いいわね……本当に九歳??」
「あ……はい。家では学識者の方と良くお話もしていましたので」
「……この子が特別なのかしら?あ、横道にそれちゃってたわね。で、バンパイアの親子関係は基本的に絶対関係なの」
「えっと……つまり……」
「親の命令に子は絶対服従。逆らえない訳じゃないけれど、凄まじい苦痛が伴うから、能力が親を超えるほどでもないとまず無理」
「じゃあ、例えば……」
「ん〜そうね……」
ミュレスはそう言い、おもむろにドレスを脱ぎ始め上半身裸になる。
「ちょ?!ミュレスさん?」
「ま、これも説明を兼ねているから。これを見て」
ミュレスは自分の刻印を見せる。
「これがバンパイアの証しともいえる刻印。あたしの場合、お腹から背中に巻き付くようにあるの。で……あたしがあたしのようにシニファも見せなさい、と命令すると」
「あ……はい。え?!ちょ?!なんで?!やだっ!」
シニファは着ていた汚れたドレスをおもむろに脱ぎ始める。
「あ……あの!身体が勝手に……や……やだぁ?!」
服を全て脱ぎシニファは立って自分の刻印を見せた。左股から下腹部中央を通り右胸のところにまで龍が昇るような刻印があった。
「は……恥ずかしいです……」
顔だけでなく全身がほんのりと赤くなってシニファは言っていた。ミュレスが苦笑する。
「大丈夫、あたしとアムシェにしか見えてないから。アムシェが他から見えないようにしているからね」
ミュレスの言葉にアムシェが頷く。アムシェは微笑んだ。
「素敵です、シニファさん」
「あ……ありがとうございます、アムシェさん」
「ん〜……。一応、親子関係の説明は以上なんだけれど……。あんた達仲がいいのだから、さん付けじゃなくて素で呼び合えば?その……あたしとルミルみたいにさ」
ミュレスの言葉に二人は顔を赤くした。ミュレスは苦笑する。
「べ、別に今すぐそうしろって訳じゃないから!只、気楽に呼べるようになれば更に親密になれると思うわ。もちろん互いに敬意もいるけどね」
「はい。ありがとうございます、ミュレスさん」
「わかりました、ミュレスお母様」
シニファにお母様と言われミュレスは少し顔を赤くした。
「ま……聞き分けのいい子達だこと。あたしもルミルといちゃつこうかしら?」
「それもいいですね〜。あ〜、まずはベットを二つにしないといけませんね〜」
「わぁ?!ルミル!いつの間に来たのよ?」
「今ですよ〜。レビヤタンとかの処理を済ませましたので〜」
「そ、そう……。ん?そのドレスは?」
ミュレスはルミルが持つ白いドレスに目を留めた。ルミルは微笑む。
「シニファちゃんがミュレスの家族になった、お祝いも兼ねてプレゼントです〜。丁度、服を着ていませんし、早速着てみてくださいね〜」
「あ……ありがとうございます、ルミルさん」
シニファはルミルから白いドレスを貰い、着た。ピッタリと身体に合ったそのドレスはシニファを更に美しく見せていた。
「素敵ですシニファ。私もドレス姿になりましょう。イメージングフィールドナンバー十七装着します」
アムシェがそう言うと身体が輝き今まで着ていた重装甲は消え、草色のワンピース姿になった。
「アムシェも素敵ですよ」
シニファは笑みを浮かべた。アムシェも微笑んで応える。ミュレスがやれやれと表現した。
「何だか妬けるわねぇ。ルミル、あたし達も何かしましょうよ」
「ん〜……。したいのは山々なのですが〜……」
ルミルが周囲に目を向けた。まだ周囲では戦いの傷跡から癒えることが出来ず苦しむ者が数多く居た。ミュレスは苦笑する。
「あちゃ……。まずはこっちが先だわね。シニファ、アムシェ、まずは人助けからしましょう!二人の関係はまた後で」
「あ……はい、お母様」
「了解、ミュレスさん」
二人はミュレスに付いていき、負傷者など苦しむ人々の元へ行った。ルミルはその姿を見て微笑んでいた。
戦いの傷跡は深く、簡単なものではなかった。そして、アイネアという求心力を失ったルーケルセリュアは次の問題を抱えることになる。そう、今後どうしていくかであった。紛糾しかねない、この問題、どうなっていくのか?詳しくは次回にて……。
ルミル 「と言うことで、アムシェの新しい彼女です~」
アムシェ 「ま、マスター?!それちょっと表現が……」
ルミル 「え?!シニファ、そうですよね~?」
シニファ 「あ、はい!アムシェの彼女になりましたシニファです!」
ミュレス 「いきなり子供は彼女持ちとか……お母さんは複雑な気分だわよ」
ルミル 「まあ、あたし達も楽しみましょう~」
ミュレス 「ちょ?!ま?!あ……だ……ダメ!や……やぁ?!」
アムシェ 「相変わらず激しいですね……」
シニファ 「アムシェ!私たちも負けられないわ!」
アムシェ 「え?!シニファ何を言って……んあ?!ちょ?!いやぁん!……」
フェニエル 「あ~……。いいコメントが見つからないな……」
セレイラ 「フェニエル様~わたし達もしましょ~?」
ラグ 「しましょ~」
フェニエル 「ちょ?!ま、まて!お、おおい!!」
ゴルワス 「困ったものですな……」
……いやはや全くで……( ̄▽ ̄;)
しかし、問題は山積みです。次回も色々問題が続きます。
人間はいかに脆いか……。
嫌な面ですが、これも回避できません。
次回もお楽しみに。
あ、題名は「玉は誰に?」の予定です。