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三級昇格依頼

 目の前にある紙を眺める。随分と難易度の高い依頼だな。そしてイラっとさせてくるのが、受付嬢の無理だろうという態度。実際、通常ならば昇格依頼は上がる等級と同難易度の依頼が普通だ。だが、これは正直二級でもおかしくない内容だ。

 大型の魔獣三体。それも面倒な爬虫類型だ。四足歩行型の魔獣が弱いわけではない。だが、爬虫類型は痛みによる恐怖などが全くない。完全に殺しきるまで動きが鈍らない。

 それにしても……妙な話だ。魔獣は中位から高位の魔族が使う尖兵である。主に人間の活動を邪魔をするための存在であり、相応に強い。前線の情報によれば育てるのにも手間がかかっているとのことだ。だが、場所は特になにもない岩石地帯。



「受けよう」

「えっ……後悔なさらないよう……」



 きっぱりとしたアランの一言に意外そうな反応を見せた受付嬢。文句の一つも出てくると思っただろうが……リーダーは我らがアランである。そんな常識はこの男に通用しない。



「誘われているな。目的は“夜蝶”の方だと思うが……」

「ああ……多分、魔族がいる」



 アランの澄んだ目が、一瞬濁った気さえする。この街の組合は俺たちを使い倒したくて、居残って欲しいのだろうが……それに乗っかってやる気持ちはないということだ。

 むしろ魔族の罠というのはアランにとっては燃料だ。俺の意見としても去る前に街に貢献してもいいし、リーダーの意見に逆らう要素は全くない。大体、この街の冒険者組合は性格が悪いんだよ。なんかムカつくだけで受ける理由としては十分だ。



「まぁ私も魔族は殺す派だけど、準備はしっかりしておかないと危険よ。これまで相手にしてきたのは下位魔族なんだから。中位や上位がどれだけ強いか未知数なんだから」

「そうですわね。とりあえず、いることが判明している魔獣への対策はしておきませんと」



 女性二人の意見は正しい。想像通り魔族が出たとして、魔獣と挟み撃ちにされるのは避けたい。仕方がないので趣味ではない武器も使うことにした。相手の意表をつくために、意外性は不可欠だ。


 そして来た岩石地帯。ここは石材にもならない赤茶けた岩が広がる区画だ。その何もないという点を活かして、何かの拠点にしてしまおうという計画が進行している。

 そこを少し離れた場所から注視していると、話に出ていた魔獣が確認できた。依頼主は冒険者組合自体。ならば同じように距離を取って観察したのだろう。



「確かに三体いるな。問題は三体以外にいるかどうかが確認できない。なるほど“夜蝶”向けの依頼だな」

「餌にしては大盤振る舞い過ぎる気もするけどね」

「っていうかその三体も見えないわよ。どういう目してるのよ」

「イサオ様、解説をお願いいたしますわ」



 あー、と口ごもってから相手の配置を仲間に説明する。トカゲを無理やり巨大化させたような魔獣が三体いる。問題は連中がそれこそ普通のトカゲのように壁に張り付いているところだ。岩石の上に他がいてもおかしくはない。相手が強大だったので調査員も深入りしなかったのだろう。



「予定通りだ。釣りを始める。ミュゼが目視できる距離から開始」

「了解した。久しぶりだな」

「使えるの?」

「【師匠】舐めんな。全部使える」



 相手が壁を動ける以上、戦場の選定は絶対必要だ。

 こちらが思う存分動ける場所に引き込むべく、近づいていく。獣が感覚で察知する範囲に入った瞬間、俺は弓(・)に(・)矢(・)を(・)つ(・)が(・)え(・)た(・)。

 曲射ではなく直線用の特注の強弓は、この日のために作られたものだ。三級に昇進するためには必要経費。金属と強板が入り混じった歪な弓は常人が引けるようなものではない。

 相手が動き始めた瞬間、矢を放つ。凄まじい速度で過たず魔獣の目を射抜く。しかし、流石は魔獣。片目と少々の脳みそぐらいでは止まってくれない。そんなことは知っているからどうでもいいぞ。そのように俺たちは動いていく。



「〈ファイヤーレイ〉! 我ながら、当たるのが不思議だわ!」



 距離を詰めてくる三体にこちらは曲射の熱線が降り注ぐ。ミュゼはマルグリットに抱えられながら、決まった角度に向けて魔術を発射しているだけだ。俺たちは下がりながら一定の距離を確保するという離れ業を成しているのだ。

 綿密な計算と下調べによるものだ。これを立案したアランの正気を疑いたくなるが、実際にアランは正気ではない。彼は偏執して魔族に恨みを持ち、俺たち“不運(バッドラック)”のメンバーを病的に信頼している。

 結果としてこちらに到達するまでに三体中二体を戦闘不能に追い込んだ。その凄まじい生命力で生きてはいるが、目を潰され、手足を焦がされた二体はもう脅威ではなくなった。


 残り一体、ここからはいつものやり方だ。大トカゲは運よく、単純に強いタイプだ。逆を言えば力不足なら最悪なのだが、今の俺たちなら問題ない。



「左回りに賭けよう。マルグリットはそちらから、イサオはいつも通り正面から、止めは僕がやる」

「「了解」」



 ミュゼは待機ということか。俺は弓を背に戻した。マルグリットは盾を構える。

 この形状の敵を拘束するのは難しい。俺は向かってくる魔獣に鎖を叩き込んだ。顔面に見事命中して血を流しているが……魔獣は忠誠心を持つもの、この程度で止まってくれない。そして一番面倒なのは人間にはない部位である尻尾の一撃。



「賭けは成功ですわね」



 アランが賭けたとおり、左に回転した尾はマルグリットの堅牢な守りに止められる。これで大トカゲは中途半端な体勢になった。そこに俺は左手のエストックを突き刺すが、心臓には届かない。敵はもう一度回転して俺たちに向き直った。それで終わりだ。

 こうなると信じていたアランはすでに跳躍しており、頭が真下にきた瞬間に落ちて来た。更にアランは刃を引っ張り、かきまぜる。さしもの魔獣も脳みそをそこまで損壊しては、命はない。死体になってもまだビタンビタンと暴れているあたりに、その生命力が見える。

 俺は弓を再度取り出して、残った動けない二体を撃ち抜いた。



「依頼は終わりだね。依頼は」

「言い方が怖いぞ。まぁ次も厄介そうではあるな」



 依頼は達成された。“不運(バッドラック)”には予備メンバーがいない以上、大成功か大失敗のどちらかしかないのだ。それが終わってもまだ続く難題にため息が出る。

 それを肯定するかのように耳障りな拍手の音が響いた。音は上からだ。そもそもこいつを見越して開けた場所で戦う必要があったのだ。



「やるね、君たちは実に厄介そうだ。あのサイズの魔獣を、そちらの警戒網にかからずに持ち込むのには骨が折れたのだが……一人も削れなかったとは全く使えない」

「忠実な部下に言うことかね? 上司にはしたくないな。言葉ぐらいは飾って欲しいものだ」



 初老の男性の声。見上げると品のいい老紳士が浮(・)い(・)て(・)い(・)た(・)。だが耳の周りに巻き角があるあたり人間にはないイカしたファッションだ。



「ほぼ完全な人間型の魔族……いわゆる“魔人”だね。僕としてはようやくお目にかかれたというものだけど」

「君たちが“夜蝶”なのかな?」

「いや、“不運(バッドラック)”だ。不運なのがどちらかは始まってから分かるが」



 だが体が警戒を促してくる。修業時代は日常的に感じていた感覚……相手が強者であるという信号。なるほど、戦争が長引くわけだ。こんな連中を相手にしていたのでは身がもたないだろう。

 “不運(バッドラック)”の戦闘スタイルは先に挙げたとおりだ。圧勝か敗北か。圧勝できるか? こいつに……



「なるほど。任務外の相手ということか。ふぅむ、ここで提案なのだがね……お互い見なかったことにしないかね?」

「なに?」

「魔族にも色々とある、そういうことだよ。儂なぞ魔獣の扱いに長けているからと、こんな老骨まで担ぎ出されている。流石に最前線は拒否したがね。君たちが思っているより。戦争は魔族にも負担だ。というわけで、だ。義務以外には正直関心が無い。君たちを相手にして傷を負わない自信は儂にもないので止めようと提案している」

「それなら最悪の相手に手を出したな、ご老人」



 苦笑する他は無かった。魔族も位が高ければ、中々人間臭いということが分かった。それは俺にとっては面白いものだが……あの二人には文字通りの燃料にしかならない。



「殺す」

「焼けろ」



 身体強化を足に全開で回したアランが飛ぶ。ミュゼが炎をばら撒く。こっちにとっても任務外だが、やるしかない。俺も右手の鎖を回転させ始める。一人を除いて、全力で恨みの輪を回転させた。

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