記憶喪失
俺は、指輪を机に置く。これは俺の合図で毒が流れる指輪だ。GPSも付いている。こいつが工作員かは、まだ確信が掴めないから、これを付けさせ泳がせることにする。
「おい。かんづめ。これをつけろ」
「あ…うん。分かった」
かんづめが指輪を嵌める。
「何?これ?」
「それは嘘発見器だ。お前が嘘ついているか見抜く」
ハッタリだ。嘘なんて見抜けるわけがない。
「嘘発見器!?」
かんづめが指輪を外そうとするが、外れない。
「外そうとしても無駄だ。とにかくいくつか質問をする。お前は記憶喪失なんだな?」
「は…はい。そうです」
「自分が組織に所属していたかどうかも覚えてないか?」
「はい。憶えてません」
指輪は反応しない。そんな機能はないから当たり前だ。
「ふむ…嘘はついてないようだな。分かった。信じよう」
「ありがとぉぉ!心の友よ!」
泣きそうな顔から一転、かんづめは満面の笑みを浮かべた。胸の奥がちくりと痛んだ。
「悪いが、俺も裕福じゃない。ここに住むなら、働いてもらう」
「わかった!何をすればいい?やっぱりバイトとか?」
「おまえ履歴書は書けるのか?何も覚えてないんだろ?」
「確かに…え、これ追い出される?」
そうすると普通の仕事は難しいが…こいつはなかなかに腕が立つ。クラフトラインの戦闘要員として使えるかもしれない。
「かんづめ、一応おれが今やってる仕事なら履歴書はいらない」
「まじで!?」
「ただ、普通とは違う仕事だ。それでもやるか?」
「やります!やらせてください!」
「よし。決まりだ。おれが上司に紹介しておくから、面接の準備をしておけ。」
「はーい!」
はしゃぐかんづめを尻目に、俺は上司に連絡するのだった。
その日の夜。俺は買い出しを済ませ、帰路についていた。買い物袋はいつもより重い。あいつも買い出しに誘うべきだったか…家に着き、扉を開ける。
「ただいま。買い出しいってきたぞ」
「おかえりー」
少し間を空けて、間延びした返事が返ってくる。
リビングを見ると、かんづめがソファーの上で寝っ転がっていた。周りには漫画が山のように積み重なっている。
ちらりと部屋の隅の本棚をみる。
案の定、中身はからっぽになっていた。
「本棚の中ひっかき回しやがって。お前は動物か」
「俺はかんづめだよ〜」
「好きだなそれ」
俺は深くため息をついた。
「この本、片付けておけよ」
散らかった本の山をまたぎながら台所に行く。
「てか、玲哉も漫画とか読むんだね〜」
「俺のじゃない。それは知り合いの物だ」
「えー!玲哉に知り合いなんていたんだ〜。意外〜」
「は?」
「すみません…」
全く、こいつにはデリカシーというものがないのか。
それはともかく、生肉が痛む前に冷蔵庫に入れないとな…
━━プルルル
携帯が鳴った。
「夕飯前だってのになんだよ…」
かんづめに静かにしているように伝え、電話に出る。
「もしもし」
「面接の準備が整った。今すぐ本部に連れてこい」
「…分かりました」
電話を切る。ちっ。夕飯は後回しか。
かんづめが話しかけてくる。
「誰からだったの?」
「俺の職場からだ。面接の準備ができたから連れてこいと言っている」
「え?いまから?夕食は?」
「それより面接だ。いくぞ」
「そんな殺生な…お腹と背中がくっついちゃうよ!」
「いいから来い!」
嫌がるかんづめの腕をつかみ、半ば引き摺るようにして、俺たちは本部に向かうのだった。
本部は街の郊外にある古民家だ。俺達は合鍵を使って中に入る。扉を開けた瞬間、古民家特有の土の匂いがただよってきた。
かんづめが周りを見渡しながら言う。
「人っ子一人いないね。玲哉入る場所間違えた?」
「間違ってないから安心しろ。ここはただの偽装だ」
俺は書斎に入り、赤い本を押す。
━━カチャ
軽い音が鳴り、本棚が動く。
隠し通路が現れ、そこには底が見えないほど深い階段があった。
かんづめは目をキラキラと輝かせながら言う。
「おっ!隠し扉!ロマンの塊だねぇ!」
「騒ぐな。早く行くぞ」
俺達は階段を降りる。階段を降りきると、そこには地上の都市をそのまま持ってきたような街並みが広がっていた。しかし、上に空はなく、鉄パイプが張り巡らされた暗い天井が張り付いている。その姿はまるで常夜の街のようだ。
「これが…本部…でかい…」
かんづめは口をあんぐりと開け、呆然としている。
「おーい。大丈夫か?」
かんづめは反応しない。この地下都市がよほど衝撃的だったようだ。まぁ俺も最初見たときは驚いたな。
「久しぶりね。玲哉」
突然、懐かしい声が聞こえた。




