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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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冒険者カウンターの君

作者: 麦パン

 探していた人を見つけた時の僕の顔はきっとすごい変な顔をしていたのだろう。

彼女は不思議そうな顔で僕を眺めていた。


「……? 私の顔に、何か付いているか?」

「!? い、いえ、なんでも綺麗な長い耳だったので見惚れてしまいました……。ご不快でしたね、ごめんなさい……」

「変わったやつだな。……エルフなんて同じ耳だろうに」


 ぶっきらぼうに言い放った彼女の顔は頬杖の手で半分見えなかった。

けれど、エルフ特有の長い耳が真っ赤に染まってるのを見て、僕はこの人にだんだん惹かれていった。

綺麗な長い耳を持つエルフの女性。

名前も知らない彼女の瞳は吸い込まれるような眩い翡翠色だった。

どのエルフより綺麗で、どのエルフよりも悲しそうな目をしていた。

それが気になったのも話しかけた一つの理由でもある。


 ――冒険者ギルドのカウンター。

ダンジョンへの手続きや魔物のドロップ品の回収する場所とは離れて位置に存在し、いわば立ち飲みや軽食が食べれる場所。

そこは冒険者達の日々の労を労うための簡易食堂のカウンター席で、長耳のエルフさんとわざと隣になった。

最初はぎこちなくて会話もままならなかったけど、日数を重ねると言葉を交わしてくれるようになった。


「名前……? 私の名前なんか知ってどうする?」


 残念ながら、そこから会話は弾まなかった。次の日にリベンジだ。


「――パーティーは組まないよ。……すまない。そんな落ち込むな。私といるだけで不幸になるから組まない方が良い。他を当たってくれ」


 『そんなことはない』と反論したが『人間に何がわかる』と突き返されてしまった。

これ以上は話を聞けそうにない。次の日だ。


「最近私との関係を噂されているらしいな。……だから言ったのに。もう関わるな。私は一人で飲む。お前もそうしろ」


 そう言われても僕はまだお酒が飲めない歳だ。

仕方なく葡萄ジュースを飲む。少し酸っぱいがほんのり甘さがある美味しい。

ちらちらとエルフさんを見るがしかめっ面でエールを口に運ぶ様子が見えるだけ。

こちらが話しかけても上の空。またこれ以上は話は続けられそうにない。次の日だ。


「……最近来ないからびっくりした。――あぁ、もう。正直に言えば期待していたんだよ。お前が来ることを。う、うれしそうな顔をするな。まったく」


 一週間ほど間が空いてしまったその日、エルフさんは嬉しそうだった。

僕も久々に喋れて嬉しかった。頬の緩みが止まらない。おんなじ気持ちだったんだ。すっごく嬉しい。

エルフさんも会話(僕が一方的に喋ってるだけが多いけど)を楽しんでくれていたんだ。

そんな事を言ったら長い耳を赤らめたままそっぽを向いてしまった。

ここらで引き際だ。また次の日、だ。


「……なぁ、お前はどうして冒険者になった? 命をかけてまでやるものではないだろうに。……まぁ、私も言えた口ではないが。――なに、死んだ妹を蘇らせる魔道具を探している? そうか。お前も不幸になった身なんだな」


 あまり暗い話題はしたくなかった。エルフさんには少しでも笑って欲しかったから。

でも、エルフさんになら言っても良かった。僕の目的を。妹を救うために冒険者になったことを。

ダンジョンの最下層の財宝には伝説の魔道具という万能の存在があることを知っているから。

話を聞いたあと、遠い目をしたエルフさんは本日三杯目のエールを飲んで郷愁に浸っていた。

もう少し喋りたかったが邪魔をするといけない。また明日会いましょうと約束を取り付けよう。


「……なぁ。私の独り言を聞いてくれるか。――紆余曲折あって故郷から追い出された私は村を出る際に周りを不幸にする呪い(まじない)を掛けられてな。それ以来私に関わるものすべてが不幸になるんだ。不幸の強弱はある。クローゼットの角に小指をぶつけるなんて生優しい不幸もあれば人の命を脅かす不幸だって起こったんだ。故に一人で冒険者をやってるんだ。……だから、もう私に関わるな。お前を不幸にしてしまう前に。私は優しい子供を傷つけたくない。どうか、頼む」


 その時、僕はエルフさんがなぜ一人でいるのかを知り、真実に気づいた。

彼女が今のままで、呪いを受けたままでいることこそが不幸そのものだという事に。

だから、僕は静かに話を聞いて、静かにその場を離れた。


 ここは迷宮街、様々な迷宮が集う街だ。

様々な迷宮は攻略が進み、魔道具なんて滅多に出てこないらしい。

でも、最近現れた迷宮――エクシエルと呼ばれる迷宮ならまだ誰も手を付けていないはずだ。

そこならなんとかなるかもしれない。

僕はエルフさんを不幸から守るための一世一代の大博打をしに迷宮へと歩を進めた。

もちろん装備は万全にだ。


『また来ます』


と、誰にも聞こえない言葉で約束を残して。











 ――私はもうあの冒険者カウンターに寄ることも無くなってしまった。

それどころか冒険者としての活動も身に入らず休職中だ。

今は貯金を切り崩して迷宮街の外の森で野宿生活だ。

ストレス解消のために今は別の居酒屋に飲みに来ている。


「……案外、寂しいものだな」


 不幸の呪い(まじない)に掛かった私に近づくのはあの人間の小僧だけだった。

人畜無害な顔をして、無垢な笑顔で沢山話してくれた。それを突き放したのは私だ。

……結局少年も呪いを知ってどこかへ消えてしまった。

遠ざけた自分が言うのも女々しいが、寂寥感が胸の中を包む。

私は、どんな顔をしていたんだろうか。うまく話していたんだろうか。もっと少年の事を知っておけばよかった。

そんな後悔をしても今更無駄なんだろうな。

ズキリと胸が軋む。


 今はもう誰も私に近づかない。

ギルド職員さえ私の力を恐れて最低限の会話だ。

そういうこと事にはもう慣れた。

……慣れていたつもりだった。

いや、違う。

――誰かが喋り相手になってくれる事が嬉しかったの、か。

だから、他のものに冷たい対応をされようがあの子と喋ることで救われていたんだ。

存外自分の思っていた以上にあの人間を心の拠り所にしていた事に驚いた。


「……また、一人ぼっちか」


 静かにぼやきながらエールを流し込み、アルコールを身体に回す。

酔いにくい体質のはずだが不思議と身体がふわふわとした高揚感に包まれた。

いまや酒は喉を潤すものでも嗜好品でもなく、ただただストレスを紛らわすだけに飲む自己逃避の水となっていた。


「――久しぶりに酔った、か?」

「……お客さん、飲み過ぎです」


 自身の感覚を肯定するように店主が苦言を(てい)す。

テーブルを見るとそこら中に空の木製ジョッキが並んでいた。


「……こんなに頼んでいたか?」

「えぇ、お客さん。――悪いことは言いません。毎日通ってくださるのは嬉しいのですが、こんなに飲み続けていてはお身体を壊します。もしかして何か嫌なことでも? それとも別れ話でも切り出されましたか?」

「あ゛!?」

「い、いえ。失礼しました! 閉店までまだ少しあります。ご、ごゆっくり……」


 思わず声を荒らげてテーブルを叩いてしまった。

店主を驚かせてしまった。

……相当酔っているようだな、私も。


「帰るか。――先程はすまない。勘定を頼むよ」


 千鳥足ながらもなんとか会計を済まし、迷宮街の中心へ寄り付く。

酒場からそこまで距離はないはずなのに足が重かった。

本来であれば野宿の拠点まで行けばいいのに勝手に足が動いたのだ。


「……何をしているんだ私は」


 ここの所あの人間と会えないかと時間を変えながら冒険者ギルドの付近を右往左往している。

本当に女々しい女だ、私も。

突き放したのは自分自身だというのに。


「……おい、聞いたか」

「あぁ、あの不幸の呪い(まじない)をばらまくエルフ女の噂だろ?」

「!?」


 思わず身を潜めてしまった。

ギルド本部から出てきた無駄にガタイのいい男たちの言葉に、忌まわし種族特有のエルフ耳で聞き耳を立てる。


「あいつの所為であの小僧、未踏破ダンジョンに挑戦したんだろ? エルフさんを救うんだなんて息巻いてよぉ。まだ若いのに呪いに魅了されて可愛そうだぜ」

「へれへら笑いやがって。全然、そんなコト思ってないだろ、お前。……まぁでも、同情はするぜ。あいつ。どれだけあのエルフ女の傍にいた? あれだけそばにいれば不幸も伝播して今頃……、なぁ」

「あぁ、ここ数ヶ月の間探索依頼も出ていたが危険な階層らしくまともに見つけられていないらしい。気の毒だぜ」

「まったくだ。呪い(まじない)なんて治るわけねぇのに無駄な事に命を掛けようと思い込まされているのかもな。それこそ本当の呪いだぜ」

「違いねぇ!」


 大笑いする二人に殴りかかる余裕も問いただす勇気も今の私には無かった。

――私のせいだ。

それに気づいた瞬間、心がぐしゃりと潰れる音がした。


「っ!」


 頬を叩き、酔った身体にムチを打ち、夜風を纏って迷宮街を駆け抜ける。

これほどまでに自身を呪ったことはない。

自身を愚者だとわかっていただろうになぜ呪い(まじない)の事を喋ったんだ。

呪い(まじない)なんてものを纏って誰かと仲を深めようなんてできるわけなかったのに。

――嬉しかったんだ。

誰も自分に話しかけてくれなくなって、誰かが不幸になっていくのを止められなくて。

涙はとうに枯れ果て、死んだように生きていたあの時。

綺麗だと言ってくれたあの人間の言葉に私は、救われたんだ。


「我が主よ、どうか、あの子を、あの人間を――」


 あの少年の名前を神に救わせてほしいと願った時、彼の名前も知らない事に気づいた。

覚えているのは優しい声と太陽みたいなオレンジ色の瞳だけ。

なにも知らないじゃないか、私は。

あの子のことを何もかも!


「――どうか、救わせてください!」

「え、ちょ、今は迷宮探索時間じゃないですよ! エルフのお姉さん!?」


 迷宮の門番の言葉や力ずくの制止など構ってられない。

あの子が潜ったとされるのは未踏破ダンジョン――エクシエル。

その階層数も不明なダンジョンに君はいる。


「待っていて。私はあらゆる不幸を纏うエルフ。君だけを不幸にさせない」


 不幸の呪い(まじない)の理外を求め、私は未知の迷宮(エクシエル)へ足を踏み入れた。






2






【一日目】


 運よく野営をしていた冒険者の忘れ物の弓矢と短剣を拝借した。

勢いで来てしまったから武器がなくて困っていたところだ。これで野宿先に帰らなくても済む。

床に落ちていた腐りかけの干し肉も懐に入れ、ダンジョン下部へ続く階段へ向かう。

 天井や壁に張り付く苔や床の隙間から生えるキノコが蓄光性の光を放ち、わずかばかりに明るい通路を歩いていく。

石床の罠や壁の切れ目に注意ししながら頭の中で階層をマッピングをしていく。

紙がないから仕方ない。最低限の帰り道だけを記憶し、脳内に書き込んでいく。

その後、攻略が済んでいた三階層までは魔物と遭遇せずに安全に潜れたが少年の手がかりとなる成果はなかった。


【二日目】

 ……最悪だ。

オークの群れのモンスターハウスに嵌った。

四の五の言ってられない。あの子だってこんな目にあっているのかもしれない。

気持ちを切り替え、全力で魔物の群れを屠ることにした。


 まず、うずくまり怪我をしたフリをして、相手を油断させた瞬間に溜めた脚力を開放して跳躍し、短剣を一際大きなオークの頭に刺突し絶命させる。

仲間が倒されたことで困惑する他のオークの頭に落ちていた魔物の糞を塗った矢を胴体めがけて連続で射出。

よろめき動きが鈍くなったところで足を切りつけ転倒。それを群れ全員に繰り返し行う。

モンスターハウスはダンジョンの罠。

魔物の群れを容赦なく放出する。

今回がオークの群れである程度人間のように組織的行動するので対処は容易だった。

弓矢が尽きれば死んだオークの身体から引き抜き、再利用。

オークの血溜まりを利用して相手の突進攻撃を無効化し、転倒したところに短剣を眼球から脳天へと突き刺し、殺す。

怪我が無かったわけではないが、()()なことにオークの群れはいずれも剣や矢の打ちどころが悪く死んでいった。

だが、この四階層で少年の手がかりとなる成果はなかった。

さらには冒険者ともすれ違うことはなかった。


【三日目】

あの子のマントを見つけた。間違いない。視界の端でいつも見ていたからわかる。匂いも血生臭くはなっているが概ね同じだ。……妙な霊気を感じるが悪い気ではない。

何かの守護霊が彼にはついているのかもしれない。

精霊術師や死霊術師であればわかるだろうが専門外だ。


ともかく私にわかるのは魔法が付与されたマントだけだ。

敏捷性を向上させる魔法が付与された高価なマントらしい。

高い金を払ったとか言っていたっけか。

くそ、こんなことならもう少し話を聞いておけばよかった。

……ばかか。私は。

こんな考えを抱くな。

彼は、生きている。守護霊がいるならまだ可能性はあるはずだ。


――六階層目、踏破。

骸骨の王(スケルトン・キング)よ。このマントはお前には似合わなかったな。

……クソが。



【四日目】

魔物が強く、多くなってきた。

冒険者の屍も多くなって、きた。

クソ。クソ。クソッ!

寝ていない為か、変な想像が頭から離れない。

認めたくない。

……あの子はどこだ?


【五日目】

――十階層目、踏破。

鎧兜甲虫(アマード・ビートル)、撃破。

眠れない。

安全地帯を確保しても、眠気が来ない。

エルフの種族特性を恨む。

眠ってしまえば楽になれるのかな。


【六日目】

――――。

私は、あの子のことを助けたいのか?

こんな無謀な探索も全部私のためじゃないのか?

私の掛けられた呪い(まじない)で、私の所為で死なせてしまったことが嫌だからこうしているのではないか?

あぁ。

そうか。

これは全部、私のエゴなんだ。

――――十一階層踏破。

混成魔獣(キメラ・ブロンド)

撃破。

――してしまった。


【七日目】

結局、なんの手がかりもない。

これ以上進んでも先がどれだけあるのかが見えないのが未踏破ダンジョンだ。

百階層まであるかもしれないし、もうすぐ下の階層が最下層かもしれない。

もう、疲れてしまった。

――弱音ばかり出てくる。

諦めたくなってくる。

一縷の望みを持つことさえ許されないのだろうか?

……十二階層踏破。真血の悪鬼(イノセント・デーモン)撃破。

足、瞼、それらが異様に、重い。


【八日目】


 先導していた捜索隊と合流した。十三階層の途中だ。

合流した瞬間、彼らは驚いていたが私の話を聞いて俯いていた。


 ――誰もがあの子の遺品を持っていた。

彼の持っていたマントは私が。

先導した探索隊はあの子の顔や名前が刻まれたギルドカードとイニシャルの入った銀の短剣。

……もう、決定的であった。

骨が見つからなかったのは魔物が食べた可能性が高い、もしくは見過ごしている可能性があるとのことだ。

ダンジョン内では時間の流れが狂うらしく、白骨化も早く進むことが多いそうだ。

どちらにせよ専門的なスキルや魔法を持つものが居なければ判断はつかない。

彼は死んだ。そう、ギルドも断言し捜索は打ち切りとなった。


――ギルド職員や探索隊からいろんな話は聞いたがまったく入ってこなかった。

無駄に長いこの耳には何も響かない。

あの子が褒めてくれた長い耳。

いや、もう誰も褒めてくれることも無いのだ。


 九日目をもって――探索完全終了。

あの子の顔をついぞ私は見ることができなかった。

遺品としてもらったマントとギルドカードだけは手放すことができなかった。

これらが唯一あの子を記すものだから。

あの子が生きた証明だから。

私は不幸を齎す厄災のエルフ。

ただ、その罪を背負ってただ、生きていく。

――もう誰も不幸にしないために。

彼を殺したダンジョンへのみ不幸を向けよう。


私は魔物共に不幸の誓いを交わした。










 長くこの店冒険者カウンターでマスターを続けてきた。

俺で三代目。

中でも常連ってのは頼むものが同じだ。


「……エールを」

「あいよ」


 古馴染みの彼女が入店する前にすでに準備していたエールを注いだガラスジョッキを渡す。

カウンター席に座る彼女はそれを一息で飲み込む。


「もう一杯、頼む」

「……あいよ」


 このやり取りを何十年も続けた常連のエルフ。

もう、何十年も同じ場所で閉店時間まで飲み続ける酒豪。

込み入った事情があるのか話してもロクに会話をしてくれない変人だ。

英雄と呼ばれるほど活躍した記録はないが、なんでもダンジョン内の魔物を殺した数ならどの冒険者にも負けないようで、【魔物殺し(デモン・スレイヤー)】なんて呼ばれてるらしい。

また、不幸をばら撒くなんて噂もあったがこの冒険者カウンター自体には聖域の加護が掛けられているのでそんな兆候もない。正直な話をすればすれば不幸をばら撒くどうこうなんて高名なエルフさんを妬んでの僻みかなんかだろうと思ってる。馬鹿らしい。

 

 エルフさんは先々代の時から飲み続けてるらしく、長命種族の特性故かその美貌は変わらないそうだ。

死んだ親父もその見目麗しさに玉砕した一人だったらしい。

まぁ、その御蔭でお袋と結ばれて俺が生まれたんだろうがな。

そんな昔の美貌もだんだん失われつつある。親父が盗撮した写真では綺麗なんだがなぁ。いまや見る影もない。

その理由は知らないが、なんでも噂では死んだ待ち人をずっと待っているとかなんとか。

随分と健気なことだ。


 ――俺が思うにエルフ特有の時間間隔というものがあるのだろうかと勘ぐってしまう。

それともそういうのは長命種族は皆同じなんだろうか。

これは他の街での噂だが、エルフやアラクネ、ドワーフやドラグーンなんかが人間と待ち合わせをして数十年時間を間違えていたとか、そもそも集合場所を国ごと間違えていたってのを聞いた事がある。

彼女もその類なんだろうと思う。

最初はこのエルフを冷やかすやつもいた。

そんなやつはマスターの俺が注意する前に本人の顔を見ればすぐに立ち去っていった。

俺だって、商売じゃなければこんなしみったれた憂鬱な顔の女とカウンター越しにやり取りしたくはない。でもお得意さんだし、事情もあるだろうしな。そこはしっかり対応するさ。


 落ち窪んだ眼孔に、ひどい隈を両目に宿し、翡翠色だっただろう瞳はいまやくすんで見える。

背中も丸く猫背に成り、胸も貧相な体つきをしていた。

見るからに不幸ですって言わんばかりの風貌だ。

冒険者らしく、魔法のマントをしているがそれもボロボロだ。変えればいいのにとさえ思う。

見た目を不健康、と言い切れればいいんだろうがこれはまた別の問題を抱えているのだろう。

 

 ――所謂、心の病ってやつだろうな。冒険者カウンターの仕事が長いとわかるのだ。

よく他の冒険者の悩み相談もよくやっている。

だから、あんまり気は進まないがちょいと相談ぐらいは乗ろうと思う。

だが彼女は何も話さない。

金払いがいいからと経営者目線でエールだけを提供するのも忍びないので、サービスでいろんなものを提供しているのに、だ。

手軽に食える軽食や酒のアテなんかをな。

……まぁ、それに手を付けてくれたことは無いんだが。


「……マスター」

「――! あ、あぁ。エールかい? すぐ用意する――」

「違う。聞きたいことがある。……人間はいつまで生きていられる?」

「……? そりゃあ60まで生きていらればいいほうだろう。長命種じゃあるまいし」

「やはり、短いのだな」

「あ」


 ――しまった。突然喋りかけられてやらかしてしまった。脂汗がぶわっと体中から吹き出す感覚がする。

注文のやり取りぐらいでしかまともに喋ったことも無いのでつい失言をかましてしまった。

噂は本当だったんだ。

ずっと待ち人を待っていたんだ。この女エルフは。

しかも人間ってことは、もうそいつは死んだかバックレたか……。


「……気にしないでくれ。また会えるかもしれないと妄想の類と思い出に縋って通っていただけだ。そうだな。変な希望も死んだ事実を認めなられない。まったく女々しいな、私は。――大将。すまなかった。もう、ここには来ないよ」

「ちょっと、お客さん!」

「代金だったな。払うよ」

「――そうじゃねぇ。そうじゃねぇよ。あんた、なんでそんなに泣いてんだ?」

「え?」

「貧相な身なりだからあんたを客として見てねぇとでも思ったか? しみったれた女が泣いてるのをこの俺が放って置くとでも思ったか? 俺はこの店を代々引き継いできた期待の次男坊だぜ? 客の心に寄り添うことぐらいはやらせてくれよ。……なぁ。どうせなら話してくれねぇか? その待ち人ってやつの事をよ」


 俺の言葉に静かに、彼女は泣いていた。

席に座り直した彼女は身につけていたボロボロの――こほん。

――ほつれや穴開きを修正した後のある手入れのよく行き届いたマントを抱きしめながら、ポツリポツリと語ってくれた。


――曰く、ずっと後悔していると。

――曰く、直接謝りたいと。

――曰く、もっと喋りたかった、と。


 ……正直、俺には全容は掴めなかった。涙声まじりでまともに聞き取れなかったからだ。

けど、その想いはしっかり伝わった。こちらも涙を飲んで、労いの言葉を掛けようとした。

だが、ついぞ言葉が出ることはなかった。なんと言えばいいか困ったからでもない。

ただ、感情に流されちまった。それだけだ。

静かに冒険者カウンターはすすり泣く声だけが響いた。

……俺は泣いてねぇ。ただ目にゴミが入っただけだ。

不思議と他のお客はいなくなっていた。空気に耐えられなかったか、他の要因か。

そういえば、皆転んだり、店内で怪我をして出ていっていたな。


「……ありがとう。すこし、気持ちがスッキリした」

「――そうかい」


 顔をあげた顔はわずかに目が腫れていた。久方ぶりに流した涙だからだろう。

 ――どちらにせよ彼女が救われることはないのかもしれない。

救えるのはずっと待ちぼうけさせているどっかの誰かさんの所為だ。俺にはもう話を聞いてやるぐらいしかねぇ。帰ってくるならさっさと帰ってきやがれ。


 すぐ帰ろうとする女エルフに待ったを掛け、サービスのエールを取りにいった直後だった。

窓の外から何かが打ち崩れるような轟音と凄まじい光が漏れ出たのだ。

急いで外を見ると迷宮街の中心であるダンジョンの光柱――それすなわちダンジョンが完全踏破された時の女神様の祝福の光であった。


 ……この街では別に変わったことではない。だが、珍しい事もあったもんだ。

あんなに太い光の柱なんてここ十数年見たことねぇからな。

よっぽど攻略が難しかったダンジョンだったんだろう。天の女神様も喜んでらぁ。

っと、エールを忘れてた。


 ――カランカラン。

俺がエールを手に持って感慨に浸ってる女エルフへ向かう最中、小さく入店の鈴がなった。

まだ閉店じゃない開店時間だ。他の客も来ることをすっかり忘れていた。

いつまでもノスタルジックに浸ってる場合じゃない。

閉店ギリギリの客でも平等に扱う。

でも、どうしても気持ちが引っ張られてしまう。

僅かに浮かんだ涙をさっと袖で拭い、接客だ。


「……いらっしゃい」


 ――入ってきたのは身なりの悪い大男だった。小汚いというべきか。

年季の入った軽装の装備を見れば歴戦の戦士、いや魔剣士に見えるが、そのすべてがボロボロに朽ち掛かっていた。

大柄なくせにインナーのサイズが合っていない。

所々引き裂けて古傷まみれで筋肉質な身体が隠れきれていない。見るからに不衛生で変な冒険者だった。

右腕は無いのか袖がブランブランと宙を漂っている。腰に据えている高価そうな剣だけが妙に磨かれて見えた。

ローブを深く被り、顔も見えない。そんな男は空気も読めずに女エルフの真横に座った。

そして、あろうことか女エルフは感慨に浸るために深く被っていたローブのフードをめくりやがった。


「おわっ! こいつ!?」


 思わず言葉が出てしまった。

たちの悪い野郎だった。そんなマナーの悪いやつは出禁だ。

この店の常連さんを守るのがマスターの仕事だ。


「……な」

「良かったいつものエルフさんだ。後ろ姿でわかったよ」


 カウンターの外に出ていったがどうも様子がおかしい。

二人は見つめ合ったまま動かない。

……どういうことだ? 知り合いか? それなら早く言ってくれよ?

振り上げた拳が寂しく宙に固定される。


「……誰だ。お前。勝手に触るな。――不幸を移すぞ?」

「――ははっ。その言い方懐かしい。やっぱりエルフさんだ」

「っ! 私を気安く呼んでいいのはあいつだけだ! 触るな!」


 バシッと女エルフは怪しいローブ男の手を払った。

そりゃそうだ。やはり不審者だったか。よし、とっちめるか。


「あ。そうか、フードをしたままだったね。……どう、思い出した?」

「ふん。お前みたいにキザな顔した青臭い男なんぞ知らん。もう、これ以上私に喋りかけるな」


 大男がフードを外して見えたそのキザな尊顔は奇行さえ除けば十分にモテる男前な顔をしていた。

柔らかな目尻にオレンジ色の瞳。整った眉に筋の通った鼻、そして身体に似合わぬ童顔。

実年齢はもっと若いのか、年を取ってるのかわからない判断に困るそんな顔だ。

そんな青年は頬を掻きながら、困っていた。


 ――いやいや、困っているのは女エルフの方だろう。

どう介入しようか迷っていたがひとまず静観を貫く。

少しでも胸や身体を触るような変な動きをすればマスター権限で取り押さえ、出禁だ。

そうしよう。


「――長い、永い旅をしてきました。沢山死にかけましたし、沢山死んだとも言えます」

「おい、私に話しかけるなと言ったよな? 耳がついていないのか?」

「……いえ。貴方のような綺麗な長耳ほどじゃないですがその綺麗な声はずっと心のなかに残っていましたよ」

「何を、言ってる。その言葉はお前なんかが言っていい台詞じゃない! 痛い目に遭いたいようだな」


 怒号を上げた女エルフは青年の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

華奢な腕に似合わぬ怪力。

歴戦の冒険者というのは伊達じゃない。

その威圧感を前に俺は見守るしかできなかった。


「私を褒めていいのは、あいつだけなんだ……」

「ははっ。嬉しいなぁ」


 青年は火に油を注ぐように破顔した。頬を緩めながら、だらしない顔をしていた。

――こりゃもうだめだ。青年が殴られて、ぶっ飛ばされて、瀕死になるまでボコられる。

そんな未来予想図まで見えた。


「……まて、その顔。その表情。まさか」

「僕、頑張ったんです。沢山、沢山頑張ったんですよ。ほら」


 青年が取り出したのは金色のアミュレット。

豪華な装飾などはなく、ただ金色に光り輝くだけのどこの露天にでも売ってそうなごく普通の見た目であった。おそらく、魔道具かなにかだろう。

それを困惑している女エルフの額に軽くあてがった。

 

 瞬間、まばゆい光を放ち女エルフから溢れでたどす黒い瘴気を取り込み、金色は漆黒に染まると砕けて床に散った。

女エルフは力を緩めて青年を静かに下ろした。


「な、んだ? 私の不幸の呪い(まじない)が、消えた……?」

「――約束は果たしましたよ。僕、あの日からあなたの不幸を取り除こうって決めたんです。随分時間がかかってしまいましたけど」


 へへへと笑う青年。対象的に女エルフはまた涙を流していた。


「……ありえない。だってお前はあのダンジョンで死んだはずじゃ……」

「生きてますよ。ほら、触れられるでしょ?」


大男はぎゅっと女エルフを抱きしめた。

――俺はそれを眺めるしかできなかった。邪魔をしてはいけない。拳を戻し、静観に徹することにした。


「私は、お前にこんな事をしてもらう資格なんてない……。呪い(まじない)を解いてもらう資格なんてない」

「いいえ、僕がしたかったんです。貴方に笑顔になってもらいたくて」

「私はお前を突き放したんだぞ? それにその右腕……大事な腕を無くしてまでどうして!?」

「あははは、馬鹿ですかね、僕」

「っ! 私はお前を傷つけた。お前に救ってもらう権利も無いはずだ」

「そんなことありません。僕はあなたに助けられたんです。覚えてないですか?」


 気持ちを爆発させ、涙を流し、硬い床にぺたんと座り込む彼女は首を静かに横に振った。

青年は懐かしむようにオレンジの目を細め、優しく、愛に溢れた笑みで語る。


「初めて冒険者ギルドに来た時、僕が弱っちい子供だったからすぐ追い返されて。そんな時、貴方が僕を救ってくれたんです」

「……そんな、事してない」

「まぁ、一瞬でしたものね。雨でびしょびしょになって、途方に暮れ(うずくま)る僕にパンをくれた。優しい言葉をくれた。本当にそれだけです」

「そんなの救われた事にならないだろう! 誰でも小さな子には優しくするだろう!」

「少なくとも他の大人はそんなことありませんでした。貴方だけ。――貴方だけが僕を救ってくれたんです。綺麗な長い耳をもった美しい貴方に。お礼を言いたくて。でも、喋る勇気も出なくってずっと見つめてしまいましたけどね」


 二人は見つめ合い、存在を確かめるように手を取り合った。

彼女の濁った翡翠色の瞳は美しい光を取り戻した。

オレンジ色の青年の太陽のような瞳に照らされて。


「私は何もできなかった。お前を助けてやれなかった。諦めてしまった。そんな愚者でも許してくれるのか?」

「許すも何も怒ってもいませんし、恨んでもいません」

「私は、ずっと謝りたくて、お前に聞いてほしかったんだ。私の所為でお前を――」

「だから、そんな言葉はいりませんよ。……あ、でも一つだけお願いが」

「!! あぁ、金でも財宝でも命でも私の身体でもなんでもやる! 今度は私が全身全霊でお前の願いを叶えてやる!」

「いいえ。一言だけほしいのです」


 少し身体の距離を開けて青年は太陽の如き満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げた。


「――ただいま。エルフさん」

「あ、あぁ! おかえり! おかえり! ずっとお前を! ずっと待っていたんだ!」


 声を大きく荒げ、再度抱きしめ合う二人。

ワンワンと泣きわめく女エルフを静かに宥めながらも青年の瞳にも涙が浮かんでいた。

再会の喜びを分かち合う二人に俺のような邪魔者はいらない。

静かにお店の札を閉店に変え、しばらくは二人っきりにするのがいいだろう。

祝のエールでも入れてやることにしよう。


 ――語り足りぬほど長い時間が掛かったのだろう。

ともあれ、無事に再会できた二人に心からの祝福を。


 冒険者カウンターのマスターである俺にできるのはただそれだけだ。

高評価・感想していただけると嬉しいです。


以下、蛇足なので読みたい方はどうぞ。


《簡単すぎる人物設定》


《女エルフ(アイギス)》

長耳の綺麗なエルフのお姉さん。実は高貴な生まれだったり。

政略結婚させられることになったが好みでは無かったのでアイギスは反対。

その結果、仕来りを破ったとして不幸の呪い(まじない)を掛けられることになる。

生きるために王都で給仕や宮廷魔術師として活躍したこともあるが、周りが相次いで不幸になるため追放された。

結果、なんでもありの迷宮都市で冒険者として活躍する事に。

美貌と実力でパーティーを組まされるがどれも陰惨な結果になることが多く一人で行動するように。

そこからは最低限人と喋らず、ただ呪いを解く方法も考えず、それを罪として受け入れ過ごしていたところにミシェルがやってきて本編となる。

年齢はほにゃらら歳。乙女の年齢に深く聞いてはならない。ここからは禁域ですので。

ちなみに呪い(まじない)の発動条件は接触なのでミシェルは発動条件外だったりする。

喋ってただけだしね。アイギス自体発動条件も呪い(まじない)効果範囲も知らなかったり。

この後恋心が芽生えたり、下記で記す守護霊と言い争いになったり。



《少年 (ミシェル・ゴードン)》


ダンジョンで成長しすぎた幸運のダンジョン攻略者。

彼は死んだ妹から女神のギフトを託されていた。

それは幸運の祝福。

彼自身それに気づくことはない。

余談だが妹――シセル・ゴードンは心からのブラコンであり、ギフトの譲渡はもはや呪いに近い。

自身の魂を守護霊として顕現させ、ギフトとして兄に宿らせるぐらいには。

ちばなみに自身を蘇らそうと躍起になってダンジョンで魔道具を探索していた時は守護霊として幸運のギフトを限界まで稼働させ、死なないようにした。

自身の復活よりも女エルフに靡いたときは血涙を流しながらもダンジョンで死なないように頑張った影の立役者。本編での活躍はない。悲しいね。

ミシェルのダンジョンでの活躍は全カット。

入れるとページ数が多すぎて短編じゃなくなっちまう。悲しいね。

腕は最終階層でもぎ取られました。

腕を犠牲に【迷宮王龍――ウロボロス】の心臓をサクッとやりました。すごい。

ちなみに彼は綺麗な耳フェチになってしまった。男の性。

彼は常にエルフさんとエルフさんの耳を心の支えにしてダンジョン攻略を頑張っていました。

作品内での時間経過ですが、ダンジョン内では時の流れがおかしくなっているので彼が帰ってくる頃にはダンジョンの外の時間が大きく進んでいました。浦島太郎状態です。

その間エルフさんはずっと待っていました。これも一種の呪いかもしれませんね。

本編の後では自己紹介をして、お互いのことを知っていきます。

しばらくはエルフさん――アイギスがなんでもかんでも心配して食事もお風呂も睡眠さえ共にしようとするのを魔道具の力で見えるようになった妹の亡霊が邪魔するなんて展開もあったり。


《次男坊の店主》


冒険者カウンターの三代目。憎めないいい奴。鍛えてはいるが小心者。その為、いかに舐められないか言葉遣いを冒険者を真似て日々研鑽を積んでいる努力家である。

嫁さんの貰い手が無いので誰か紹介してあげてください。


余談ですが本編中名前を入れてないのは性癖です。なんでだろうね。

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