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第四話:鳴らさない一拍

(おさらい)昨日、スケルトンのカリナとサキュバスのヴェルベットが合流。今日は訓練初日、午前は無伴奏の基礎から。

今日は最初の練習では音を出さない。

全員で同じ場所に「ごくん」と止まれるか――そこから始める。打つ前に、止めが合うかを見たい。


王城の中庭。白チョークで輪を描き、楽器ケースは壁際に並べたまま。近衛が三人、鍛冶場の若い衆がちらほら。時間を見るのはレイ、合図は私。


レイが短くうなずく。「見学がいる。火花はナシ」

「了解。火花ゼロ」


私は指先に針一本ぶんの電気だけ通す。

――雷魔法は、皮膚の表面を「チッ、チッ」と叩く微弱パルスを作れる。耳ではなく“体で刻む”簡易メトロノームだ。室内で強くやると火花や焦げが出るし、驚いてリズムが壊れる。だから練習は安全域。今日は全員の手首にごく薄く流して、四つ目だけ少し強め――そこで全員「ごくん」(止め)にする。


「まずクリックのデモいくよ。今は私が送るから、四つ目だけちょい強め」


私は目で合図――見る→吸う→止める→踏む(言葉は出さない)。手首にチ、チ、チ、チ(やや強)。


カリナ「びりびりするね! ちょっと気持ちいいかも」

ヴェルベット「あん♡ あん♡」(パルスに合わせてうっとり)

ルカ「(じー)」

カリナ「ヴェルさん、ちょっとふざけすぎじゃない?」

ヴェルベット「ち、ちょっと! しょうがないじゃない、あん♡……声、あん♡……でちゃう♡」

ルカ「えっろ……」ぽた、鼻血が一筋。

魔王「ルカちゃん! 鼻! 鼻!」

レイが淡々と締める。「四つ目“ピリ”が止め。そこを合わせる」


「次は四つ打ちのデモ。四回踏んで、四つ目で“ごくん”。好きな四文字で心の中で数えて」


「おにぎりでもいい?」カリナが手を上げる。

「最高。止まる場所だけ、私を鏡みたいに見て」


私は再合図。チ、チ、チ、チ(やや強)。


「お・に・ぎ・り――ごくん」

「い・け・め・ん――ごくん。あはぁ」ヴェルベットの頬が火照り、視線がとろり。

「……っ!」ルカの鼻から、今度は二滴。

「二回目きたー! ティッシュ! 誰かティッシュー!」魔王が走る。

「“ごくん”で止め。鼻は止めないで」レイが小声で釘を刺した。


私は肩を回す。「止められたら、合う。もう一回」


何度もやる。速さがときどき三つに割れる。私は息の高さと手の合図だけを変え、言葉は節約する。

一度だけ、音のない一拍で輪の全員の肩が同じ高さで止まった。


「いま、合った」ヴェルベットがウィンクする。

「うん。止められたら、合う」


  ◇


昼前。鍛冶場の匂いが風に乗る。焼けた金属と油――私には落ち着くテンポだ。


「持ってきたぞ」ドルンが台車を押して現れる。

刻み用の器(=ギター・仮)に加えて、低音用の器(ベース・仮/四弦)も一本。ストラップ穴に白い印がいくつも打ってある。


「午前でわかったのは身体のクセ。次は器を持って“重さの矢印”を見る」

私はカリナに軽めの無名ギターを渡し、ヴェルには四弦の低音器を差し出した。


ヴェルベットは迷いなく首を縦に振る。「ベース、やりたい。……指でやるやつ」

「了解。ストラップ低め、指は二本で刻むを基本に」


背負った瞬間、カリナの肩がきゅっと上がる。

「重さが一点に刺さる。構えると首が前に出る」

「言語化、ナイス。ひもを一段下げて、背中に薄板。重さの矢印を後ろへ」


若い衆が手早く調整する。ベースは短めの柄(ショート気味)に換え、右手の当たりが太弦でも無理しない角度になるよう合わせた。


「ルカ、指とピックの違い、ちょっと見せて」

ルカはこくりと頷き、人差し指と中指で太弦を撫でるように二発――腹の底に、どぅん、どぅん。続けてピックでカン、カンと輪郭の立つ二発。

空気の震え方が違う。指は肌、ピックは刃。


「……うん! ヴェルさんはベースも似合うよ……えっちです」ルカが真顔で言う。

「……ありがとう。よかったら、このあとどう?」ヴェルベットが微笑む。

見つめ合う二人。世界は二人きりのように感じた。

「……あ。私にはメタルがあるのでそういうのは大丈夫です」ルカがすっと目をそらす。

「おしい!」ヴェルベットが肩を落とし、周囲に小さな笑いが走った。


ドルンは無言でストラップをくい、と位置替えし、ネジをキュッと締めてから肩をすくめた。

「理屈は単純。負荷の向きを変えるだけだ」


カリナが肩を回して、ふっと安堵の息。「……ほんとに軽くなった。首、前に出ない」


私は手を叩く。石畳に一度、パンと響いた。

「じゃ、四つ言って“ごくん”。パルスは四つ目だけ強め。私を見て」


チャッ、チャッ、チャッ――(ごくん)。

三巡目で崩れた。けれど、午前より長く持った。


「痛くない持ち方になった」カリナが息を吐く。

「ベース、気持ちいい……腹にくる」ヴェルベットが低く小刻みに「どぅん、どぅん、どぅん(ごくん)」と口で刻んで笑う。

レイが板面にさらさらと書いた。「記録、“少し自信”の印」


  ◇


午後。人が自然に集まってくる。近衛が二人増え、若い衆は工具を抱えたまま腰を下ろし、厨房からは子どもが顔をのぞかせた。空気が少しあたたかい。


レイが宣言する。「午後はオープン練習。曲にはしない。今できるものだけ反復」

「見学の人はおやつをどうぞ〜……」魔王がそろりと出す。

「静粛に」レイが小さく咳払い。


「やることはひとつ。四つ言って、四つ目で“ごくん”。それだけ」

合図は目。手首にチ、チ、チ、チ(やや強)。


一巡目、三つ目で薄くなる。四つ目が転ぶ。止めの後に迷いが出る。

子どもの手拍子が入る。半拍早い。私は笑って、指でゆっくりを示す。

「ここで吸って、ここで止めて、ここで打つ」


ヴェルベットが観客へウィンク。「そう、そこで止まって。ナイス」

低い声で「とん、とん、とん、(ごくん)」と口ドラムを添えると、外の手拍子が気持ちよく寄ってくる。

カリナはつま先から静かに置くのを、今度は自分で思い出せた。

ルカはティッシュを片手に、もう片手で“止め”の合図を真剣に見ている。

魔王は観客の後ろで小さくリズムを刻み、肩が楽しそうに揺れていた。


二巡目。

「お・に・ぎ・り――ごくん」

今度は止めが綺麗に落ちた。音がないのに、みんなの肩の高さがそろう。

近衛の一人が思わず笑う。その笑いが伝染して、輪の内側にあたたかい空気が広がった。


三巡目でまた崩れる。けれど、誰も眉をひそめない。私は止めない。笑いも拍に入れる。

「大丈夫。下手なままで続けるのが、いちばんむずかしい。――でも今は、楽しいが先」


その瞬間、胸の中で気づく。

あ、音楽が“楽しく”なってきた。

うまい下手より前に、いまここにいる全員の顔がほぐれている。ヴェルの低音まねっこに子どもが笑い返し、カリナの目がきらっとする。ルカは鼻を押さえたままでも目でテンポを追えている。

この「楽しい」は、今日の練習のいちばん大きな収穫だ。


「もう一度。観客も一緒。四つ――ごくん」

輪の外も中も、「コ・ロ・ッ・ケ――ごくん」。

完璧じゃない。四つ目はまだ薄い。でも、無音のあとの最初の息が、全員で同じ方向へ流れた。


私はまとめる。

「ライブは、心でやる。うまい下手はあとから追いつく。今、一緒に止められるか――そして“楽しい”と思えるかで決まる」


観客の手が、少しだけ強くなる。近衛の靴先が、同じ場所で止まる。鍛冶の親方は腕を組んだまま、口の端だけ上がっていた。

レイが板面に最後の一行を書き込む。

「本日の記録:進捗=小/成果=“楽しい”に到達」


「楽しいは正義!」魔王が両手を上げる。

「今日はここまで。――ちょっとだけ近づいた」私はうなずいた。


笑い声と、鳴らさない一拍の余韻だけが、中庭に残った。

楽しんでいただけたら、そっとブクマで見守ってください!


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